ひろゆきが睡眠学者・柳沢正史に聞く、眠りについての本当の話⑫...の画像はこちら >>

「まったく別のプロジェクトが『オレキシンと睡眠』という結論に収束したんです!」と語る柳沢正史教授

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。睡眠学者の柳沢正史先生を迎えての12回目です。

睡眠の世界的権威の柳沢先生ですが、覚醒物質「オレキシン」を発見したのも睡眠研究の道に進んだのも偶然とのことです。そして、さらに偶然がつながっていきます......。

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ひろゆき(以下、ひろ) 今では「睡眠研究の世界的権威」として知られている柳沢先生ですが、ここまでのお話を伺っていると、「睡眠の道に進んだのは偶然だった」と思ってしまいます。先生が発見した「オレキシン」という分子も、最初は「食欲に関わる物質ではないか」と思っていたわけですし。

柳沢正史(以下、柳沢) 本当にそうですね。研究を始めた当初は、まさかオレキシンが睡眠、それもナルコレプシー(日中に突然強い眠気に襲われる睡眠障害)に直結するなんて、まったく予想していませんでした。まさに「セレンディピティ(予期せぬ幸運な偶然)」による発見としか言いようがありません。

ひろ そもそもオレキシン発見の出発点も非常に基礎的な研究でしたよね。脳内の神経細胞の間で信号を伝える新しい神経伝達物質を見つけようというプロジェクトだったと。

柳沢 ええ。神経細胞には、ある特定の分子(鍵)を受け取る受容体(鍵穴)が存在しますが、当時は機能がわからない「オーファン受容体(みなしご受容体)」がたくさんありました。私たちは、その「みなしご受容体に結合する鍵を探す」というアプローチで研究を進めていたんです。


ひろ ということは、もし先生が最初にターゲットにしたみなしご受容体がオレキシンの受容体でなかったら。あるいは「みなしご受容体探索プロジェクト」自体を始めていなかったら、今、睡眠の研究をされていなかった可能性もあるわけですね。

柳沢 大いにあります。さらに言えば、遺伝子操作でオレキシンを欠乏させたマウスが突然倒れる様子を見て、最初は「てんかん」ではないかと疑いましたが、もし本当にてんかんだったら、おそらく論文を一本だけ書いて終わっていたでしょう。当時のてんかん研究は、すでにメカニズムがかなり解明されていたので、研究テーマとして興味がそれほど高くなかったのです。

ひろ 先生がオレキシンを発見した1990年代後半は、睡眠の研究はどれくらい進んでいたんですか?

柳沢 睡眠学はすでに歴史がありましたが、睡眠や覚醒が脳のどの分子や遺伝子によって制御されているのかという分子レベルの理解は非常に限られていました。睡眠に関わる脳内の化学物質と睡眠現象を結びつけて語ることが、まだほとんどできなかった時代です。

ひろ では、研究者としては、まだ誰も足を踏み入れていないフロンティアに見えたわけですね。

柳沢 そのとおりです。「あれ? 睡眠はこんなに普遍的な現象なのに、分子レベルではほとんど何もわかっていない未開拓分野じゃないか」と気づき、非常に興奮したのを覚えています。そして、セレンディピティという点では、実はもうひとつすごい話があります。

ひろ 気になります。


柳沢 私たちとはまったく別に、米スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョー教授のグループが驚くべき発見をされていたんです。ミニョー先生の研究室では、遺伝性のナルコレプシーを発症する系統の犬を研究のために何十年も飼育していました。

ひろ へぇー。代々つないできた犬たちなんですね。

柳沢 そのミニョー先生が、犬のナルコレプシーという遺伝的な症状から出発して、病気の原因となっている遺伝子を特定する「ポジショナルクローニング」と呼ばれる研究をしていたんです。

ひろ はいはい。

柳沢 そして驚くことに、彼らの研究成果が、私たちとほぼ同時期に、科学学術誌『セル』に掲載されました。

ひろ 先生は98年にセル誌でオレキシンに関する論文を出されていますよね。そのときは〝食欲に関係する物質〟として。

柳沢 はい。その後、私たちはオレキシン遺伝子を欠損させたマウスがナルコレプシーを発症することを発見し、オレキシンが覚醒をつかさどる物質であると結論づけました。一方のミニョー先生たちは、犬のナルコレプシーの原因を調べた結果、それがオレキシンの受容体の欠損であることを突き止めました。

そして、99年の6月頃、ほぼ同時期に「オレキシンがナルコレプシーに関与している」という論文がセル誌に掲載されたんです。

ひろ まったく異なるアプローチから、同じ分子にたどり着いたと。すごい偶然ですね。

柳沢 さらに裏話があって、ミニョー先生の論文のほうが少し先にセル誌に投稿されていたんです。当時、有名なベン・ルインというエディターがいたんですが、彼がいきなり私に電話をかけてきて、「おまえが1年前に出した『オレキシン=食欲物質』の論文があるだろ。今、スタンフォード大から、それが睡眠に関係しているという論文が来てるんだけど、査読してくれないか?」と言われたんです(笑)。

ひろ うわ、それはビックリしますね(笑)。

柳沢 それで「おまえたちのラボでは、睡眠やナルコレプシーの研究はしてないのか?」と聞かれたので、「今、まさにそれをやっている!」と(笑)。それで「こちらもすぐ投稿するから、そっちも載せてくれ」とお願いしました。結果的にミニョー先生たちの論文の2週間後に私たちの論文が掲載されたわけですが、投稿時期は完全に重なっていました。まったく別の独立したプロジェクトが見事に「オレキシンと睡眠」というひとつの結論に収束したんです。

ひろ しかも、お互いの研究が完璧に補完し合っているので、査読者もツッコミどころがなかったでしょうね。


柳沢 ええ。このふたつの別々の発見によって「オレキシンというのは覚醒物質だ」ということが強く示唆されました。そして、それまで謎だったナルコレプシーの原因が「脳内の覚醒物質の欠乏によって起こる」ということが証明されたのです。これは大変なインパクトでした。

ひろ すごいドラマですね。まさに〝科学のセレンディピティ〟。

柳沢 一連のオレキシンに関する発見の功績を認められて、ミニョー先生と私は、23年に「ブレークスルー賞」という大きな科学の賞を共同受賞することができました。発見から約25年後のことで、とても長い道のりでしたが、非常に光栄なことでした。

ひろ ブレークスルー賞は、ノーベル賞の前哨戦ともいわれている権威ある賞ですよね。んで、柳沢先生の名前を一気に世界的なものにした。でも、このブレークスルー賞も「鍵穴」に合う「鍵」を探すという、まったく別の目的からスタートして生まれた産物だったんですね。

柳沢 そうです。

人生も、そして科学の道も、本当に何が起きるかわかりませんね(笑)。最初から睡眠分野の新発見を狙っていたら、おそらく一生かかってもたどり着けなかったかもしれない。「目の前にある糸を手繰り寄せたら、偶然とんでもない大物がかかっていた」、そんな感覚です。そして、この発見がナルコレプシーの治療方法の開発など、今後の睡眠研究のさらなる発展につながっていくことを願っています。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA) 
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある

構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾

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