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今回の大統領選挙で一貫して他候補から優位を保ってきた最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)新大統領
6月3日に投開票が行なわれた韓国大統領選は、李在明(イ・ジェミョン)氏が勝利した。混乱が続く韓国社会の新しい大統領は、どんなリスクを抱えているのか? 対日関係の今後も見据えながら取材した!

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■「左派独裁」政権が誕生する?

6月3日の韓国大統領選で最有力と目されてきたのは、左派系野党「共に民主党」の李在明候補(61歳)だった。

しかし、選挙戦終盤になって、保守系与党候補に追い上げられ、現地では「逆転されるかも」という声もあった。5月最終週の世論調査(エースリサーチ調べ)で、支持率46.5%の李在明氏に対し、与党「国民の力」の金文洙(キム・ムンス)候補(73歳)が40.4%と肉薄されたためだ。

また、3位につけていたもうひとりの保守系候補、「改革新党」の李俊錫(イ・ジュンソク)候補(40歳)の支持率は10.3%。保守系候補ふたりの支持率を合わせると50.7%と、李在明候補を上回る。そのため、李俊錫候補が一本化に同意して保守票を金候補に集めれば、李在明候補に競り勝つことが可能との期待が浮上していた。

韓国・李在明政権が誕生...これから起きるかもしれない4つの怖いこと
必死の追い上げを図っていた保守系与党「国民の力」候補の金文洙(キム・ムンス)前雇用労働相

必死の追い上げを図っていた保守系与党「国民の力」候補の金文洙(キム・ムンス)前雇用労働相
とはいえ、韓国政界ウオッチャーの多くは「結局は李在明候補が逃げ切り、次の大統領になるだろう」と占っていた。

「李俊錫候補の支持者の多くは穏健な中道層で、昨年12月3日に宣布された尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の非常戒厳令には批判的。今回の大統領選では与党から野党への政権交代が必要だと考える人々も少なくありません。

一方、金支持層は「尹アゲイン」(尹前大統領の再登板)を叫ぶ右派が中心。同じ保守陣営でもそのスタンスはかなり違う。だから、一本化したとしても李俊錫票が丸ごと金候補に乗るとは限らないのです。

事実、保守一本化で李在明候補と金候補との一騎打ちになった場合、どちらに投票するかという問いには李52%、金42%(5月24、25日、韓国ギャラップ調べ)という結果が出ていました」(韓国紙東京特派員)

そして、李在明新政権は立法、行政、司法を牛耳るほどの強大な政権になることが予想される。

共に民主党は国会300議席中175議席を占める。法案は過半数の賛成があれば可決できるので、共に民主党は3分の2以上の賛成が必要な憲法改正案や大統領弾劾案以外はほぼ思いのままに自党の案を通すことができる。

こうした国会の状況を少数与党の国民の力は「左派独裁」と批判してきた。前出の東京特派員が続ける。

「その独裁状態を牽制(けんせい)し、法案可決を阻んできたのが尹前大統領による拒否権発動です。発動した場合、国会は3分の2以上の多数で再可決しなければいけない。さすがにこのハードルは高く、尹前大統領は31ヵ月間の在任期間中に27回も拒否権を出しまくり、共に民主党の法案を廃案に追い込んできました。

ただ、李在明氏が新大統領になり、法案はスムーズに成立するはず。しかも、共に民主党は裁判官が法を歪曲(わいきょく)して判決を下した場合、懲役刑とするなどの刑法改正も進めようとしている。実現すれば、裁判所の独立も揺らぎかねない。

つまり、李在明新政権は立法、行政、司法の三権をコントロールできるほどの強大な権力になる可能性があるのです」

《怖いこと①》分裂のリスク

こうなれば、李在明新大統領にもはや怖いものはない――と思いきや、危険な爆弾も抱えているようだ。そのひとつが、巨大化した共に民主党の分裂リスクだ。

今回の大統領選で、李在明候補は従来の左派的ポジションを踏み越え、共に民主党の立ち位置を「中道保守の党」と宣言した。選挙の勝敗を左右する中道票を取り込むための、よく言えば果断、悪く言えばあざとい戦略と言える。狙いはまんまと当たり、李在明候補は中道層の支持を集め、大統領選レースのトップをひた走ってきた。韓国情勢に詳しい『コリア・レポート』の辺真一(ビョン・ジンイル)編集長が言う。

「李在明氏が中道保守にアプローチした結果、共に民主党は尹前大統領の弾劾に賛成する元保守系の議員などの入党が相次ぎ、膨張しました。大統領選まではこれはプラス材料でしょう。

でも、その後はどうか? 戒厳反対、尹前大統領罷免では一致できても、安全保障政策や経済政策では党内左派と新参の中道保守ではかなりの差異がある。いずれ、意見の違いがほころびとなって表れるかもしれない。

特に来年は地方選挙、3年後には総選挙もある。左派グループと中道グループの間で公認争いでも起きれば、党分裂、集団離党などの内紛が起きてもおかしくありません。そのときには李在明大統領の影響力は大きく低下するはずです」

《怖いこと②》司法リスク

司法リスクも潜在的な爆弾として新大統領を脅かす。

李在明候補は現在、公職選挙法違反、業務上背任など、5つの容疑で起訴されている。

そのうちの公職選挙法違反は高裁で無罪となったが、最高裁が一部有罪を宣告し、ソウル高裁に審理を差し戻した。この差し戻し審で罰金100万ウォン(約10万円)以上の刑が確定すれば、李在明候補は5年間の公民権停止となる。

「問題は大統領当選後の裁判の行方です。憲法の規定で大統領は不起訴特権を与えられている。この不起訴特権によって進行中の裁判も停止されるのかどうか、明確な憲法判断が示されていないんです。

共に民主党は裁判停止が可能となる刑事訴訟法改正案を成立させ、李在明候補の司法リスクを消そうと動いていますが、右派保守層の猛反発は必至。政局含みの混乱になることもありえます」(前出・韓国紙特派員)

《怖いこと③》トランプ通商リスク

対外関係でも李在明候補は爆弾を抱えている。まずは対トランプ通商リスクだ。

韓国の5月上旬の対米輸出が30.4%も急減したとのニュースが流れたのは5月19日のこと。25%のトランプ関税の悪影響を受け、対米輸出が前年同時期の約180億ドルから128億ドルへと細ってしまったのだ。

韓国にとってアメリカは輸出総額の2割を占める上顧客。貿易黒字に至っては1位の445億ドル(2023年度)にもなる。

そのアメリカへの輸出が減れば、韓国経済は壊滅するしかない。

焦った韓国はなんとかトランプ関税を軽減してもらおうと、アメリカ産エネルギーの購入、牛肉輸入規制の緩和、不採算が確実なアラスカ州のLNGパイプライン建設への出資などの"お土産"を繰り出し、トランプのご機嫌取りに必死となっている。韓国経済に詳しい朴一(パク・イル)大阪市大名誉教授が言う。

「対トランプ交渉は新大統領の最初の重要な仕事になる。李在明氏の公約のトップは民生経済の向上。経済が良くなってほしいと李在明氏に投票する有権者も多いはず。なのに、対米交渉に失敗し、韓国の主要輸出品である半導体や自動車の輸出などがさらに落ち込めば、政権への期待は急速にしぼむでしょう」

《怖いこと④》いまだ残る反日の火種

日本との外交でも李在明氏は火種を抱えている。

福島第一原発の処理水の海洋放出を「汚染水テロ」と批判してハンガーストライキを行なうなど、李在明氏は対日強硬派として知られる。

しかし、今回の大統領選では対日批判を封印、国益を重視する実用主義の外交方針を打ち出し、「日本人は働き者で好感の持てる隣人。仲良くしたい」と発信した。

「ロシアと北朝鮮が軍事同盟を結び、中国もアメリカと関税バトルをして緊張感が高まっている。そんな状況では日米韓の連携は不可欠。

そのことをよく理解しているから、へたに反日カードを切り、日米韓の連携にヒビを入れるようなことはしないでしょう。李在明氏が大統領になっても、尹前政権が築いた良好な日韓関係は維持されると予測しています」(朴教授)

ただし、李在明氏の「日本と仲良くしたい」発言は時限付きという見方もある。

「李在明氏は大統領選挙キャンプに『国益中心実用外交委員会』まで設置し、対日関係の維持など、実用主義的アプローチの公約を打ち出している。『日本と仲良くしたい』という発信は本気でしょう。

ただし、李在明氏はポピュリズム的な傾向が強く、状況に応じて主張を変える政治家でもある。『日本と仲良くしたい』という政策は大統領選の公約だけに、任期5年の前半、少なくとも来年の地方選挙までは維持されると思いますが、3年後の総選挙時になると、どう転ぶかわからない。

もし、そのときに支持率が低下していて、反日カードが支持率回復の助けになると判断すれば、躊躇(ちゅうりょ)なく前言を翻すはずです」(前出・韓国紙特派員)

写真/共同通信社

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