ラクダをめぐる冒険3~アディスアベバ、セベタ(3)【「新型コ...の画像はこちら >>

エチオピア国立博物館に向けて、荒野(アディスアベバの道なき道)を歩く、ふたりのラボメンバー。ロマン!

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第117話

筆者のラボメンバーふたりと合流し、今回のカウンターパートである研究者と共同研究について話し合う。途中、悪名高い、エチオピアの主食「インジェラ」も食してみたが......。

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■ラボメンバーと合流!

アディスアベバ・ボレ国際空港で、ふたりのラボメンバーと合流する。フィリピンからの留学生である大学院生のJと、日本人ポスドク(博士研究員)のU。ちなみにUはなんと、これが初めての海外とのこと。初海外がエチオピア、というのもなかなかにハードコアな男である。

ホテルにチェックインし、3人ですこし近所を散策しつつ、ランチに出かける。そこでさっそく、「見た目は雑巾、味はゲロ」と悪名高い「インジェラ」が登場。意を決して、ひと口。

ラクダをめぐる冒険3~アディスアベバ、セベタ(3)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
(上)インジェラ。いろいろな具材をこれで包んで食べる。(下)盛りつけの例。現地の人たちは、右手だけでインジェラをちぎり、盛りつけられた具材を器用に包んで食べていた。

(上)インジェラ。いろいろな具材をこれで包んで食べる。(下)盛りつけの例。現地の人たちは、右手だけでインジェラをちぎり、盛りつけられた具材を器用に包んで食べていた。

......こ、こ、これは......。

「見た目は雑巾、味はゲロ」とかいう噂は大抵、話が盛られている場合が多く、実際口にしてみるとそれほどでもない、ということがままある。

しかしこのインジェラは......。

別の表現を探れば、「めちゃめちゃ酸味のある、ふわっとした厚みのあるクレープ生地のようなもの」。発酵に由来するというこの酸味のパンチがすさまじかった。インドカレーのようなアクセントの強いものと食べても、その風味が消えることはなかった。

ただしこのインジェラ、さすがに「個体差」があるようだ。この初見のインジェラは正直耐えがたいレベルの酸味だったが、翌日以降に別の店で出てきたものは、さほど酸味が強くなく、「食べようと思えば食べられる」感じではあった。

噂に違わぬレベルのものもあれば、それほどでもないものもあり、その辺はケースバイケース、というところのようである。チャレンジャーであれば、いくつかの店で試してみるのがいいかもしれない。

ちなみに私は、この初見のインパクトがあまりに強すぎて、それ以降はインジェラは敬遠し、インドカレーかパスタを食べるようにした。

■ルーシー!

前年(2023年)に訪れたエクアドルの首都キト(58話)と同様、「ハイランド(高地)」に位置するアディスアベバは標高が高い(「首都の標高ランキング」では、標高2850mのキトが世界2位で、2355mのアディスアベバは世界4位。ちなみに1位はボリビアのラパス)。

まずは体を慣らすために、すこし散歩することにした。目的地はエチオピア国立博物館、2キロほどの道のり。

......しかし。気温自体はさほど高くはないのだが、標高が高いからか、日差しがめちゃくちゃ強く、汗が止まらない。周囲の道の未開拓さも相まって、どこかの荒野を旅している錯覚に陥った。

エチオピアは、「人類発祥の地」とも呼ばれる。1974年に「アファール猿人」、正式には「アウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)」が発見されたことが、その理由のひとつである。現生人類の誕生につながる霊長類の進化を考察する上で、とても重要な発見である。

そしてその中でももっとも有名なものが、「ルーシー」と呼ばれる、女性のアファール猿人の化石である。

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アファール猿人「ルーシー」の化石のレプリカ。

アファール猿人「ルーシー」の化石のレプリカ。

なにかの頭文字をとった略称なのか、あるいは発見者の名前に由来しているのかと思っていたが、どうもそういうことではないらしい。ちょうどこの出張の前に、ルーシーにまつわる記事が科学雑誌『サイエンス』に載っていたのだが、それによると、ことの顛末は以下のようなもののようだ。

私の大好きなアルバムに、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)』がある(詳しくは100話を参照)。

このアルバムに、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ(Lucy In The Sky With Diamonds)」という曲が収録されているのだが、なんとエチオピアの「ルーシー」の名前は、この曲から取られているのだという。

この化石の発見した発掘員たちが、夜通しでお祝いのどんちゃん騒ぎをしている中、ずっとこの曲が流れていた。それでいつしか発掘員たちが、発見したこの化石を「ルーシー」と呼ぶようになったのだとか。

■「動物健康研究所」へ

翌朝。遠くから聴こえるアザーン(お祈りの時間を伝える、イスラム教の歌というか呪文のようなもの)で目が覚める。あれ? と思って改めて地図を見てみる。

「アフリカの角」に位置するエチオピアから、エリトリアやソマリアを挟んで、紅海のすぐ向こうにはサウジアラビアがある。地理的にも文化的にも、中東とは交流があるのだ。そしておそらく、ラクダもそのひとつなのだろう。

今回の目的地は、セベタという町にある、動物健康研究所(AHI:Animal Health Institute)。エチオピアの農林水産省のようなところが管轄の研究所である。朝、私たち3人で集合すると、AHIからの送迎の車がホテルの前で待っていた。

■ラゴス登場

ホテルのロビーで、今回の出張のカウンターパートである、ラゴスと「再会」の握手を交わす。

ラクダをめぐる冒険3~アディスアベバ、セベタ(3)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
ラゴスと私。(左)2023年11月、サウジアラビア・リヤドにて。(右)今回。およそ5か月ぶりの再会となった。

ラゴスと私。
(左)2023年11月、サウジアラビア・リヤドにて。(右)今回。およそ5か月ぶりの再会となった。

ラゴスとは、前年(2023年)11月に、サウジアラビア・リヤドでWHOが開催した会議(72話)で知り合った。と言っても、いろいろ話して懇意になった、というわけではない。

WHOが用意していた私とラゴスの席次のテーブルがたまたま同じだっただけだ。116話で紹介したように、「中東とアフリカでは、流行しているMERSウイルスの系統が違う」ということをこの会議で学んだ。そこで私は、未解明なところが多い、「アフリカ系統」のMERSウイルスのことがとても気になっていた。

......で、隣を見てみると、アフリカのエチオピアから参加しているやつがいるではないか。地図を見てみると、エチオピアは東アフリカに位置している。よし、ちょっと聞いてみるか。というノリで話しかけてみると、なんとラクダからサンプリングできる、というではないか。

72話でその経緯を紹介しているが、このリヤドで開催された会議は、WHOが人選・選抜したクローズドな会議であった(私はゴネて潜り込んだ)。そこに出席しているということは、おそらくエチオピアで選抜されて参加した人に違いない。

ということであれば、彼のいうことには信憑性があるはず。そしてさらなる追い風として、この会議の直前にちょうど、国際共同研究を推進するためのある研究費の採択通知が届いていた(27話)。

――よし、それでは一度実際に訪問して、具体的に話を詰めてみよう。というのが、今回の魂胆である。

※(4)はこちらから

文・写真/佐藤 佳

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