まねき食品・竹田典高社長。1981年生まれ、兵庫県出身。
兵庫県姫路市で長く愛される、和風だしに中華麺を使用した独特なそば"えきそば"。そんなローカルフードが、万博内で3850円の高級メニューとして売り出されることが話題となった。今注目されているえきそばのこれまでの歩みを竹田典高(のりたか)社長に聞いた!
■姫路名物えきそばはこうして生まれた!!
筆者の出身地は兵庫県姫路市。県外から姫路にやって来た人に必ず薦める姫路のソウルフードこそが、まねきの「えきそば」だ。
えきそばとは、戦後間もない1949年に姫路駅のホームで販売開始された立ち食いそば。ただし、普通のそばとは違い、和風だしに中華麺という独特のスタイルで発売から76年目の現在まで基本的な味を変えず、いまだに売れ続けている。
そんなえきそばが世界的イベント、大阪・関西万博に出店。神戸牛を使った1杯3850円の究極の神戸牛すき焼きえきそばが話題となった。姫路駅で売られているえきそばはワンコイン程度の庶民価格。何ゆえ万博で高級えきそばが提供されることになったのか?
さらに、最近では冷凍えきそばも発売され、これまたネット上で「おいしい」と評判に......。
このように、何かと話題の多いえきそば界隈。ロングセラーフードに今、何が起こっている? えきそばの製造販売を手がける「まねき食品」の竹田典高社長に話を聞いた。
* * *
――そもそもなぜ、中華麺を使っているのでしょう?
「戦後すぐに駅で立ち食いそばを売ろうとなったようですが、戦後の混乱期で物が手に入らない。
ただ、当時は冷蔵庫がない時代。保存するすべがなく、せっかく作った麺がすぐに腐ってしまったようです。そこで、麺にかんすい(アルカリ性の水)を加えて腐りにくくした。その結果、中華麺のような黄色い麺が生まれたんです」
――だしにもこだわりが?
「通常のだしは昆布やかつお節から取ることが多いのですが、うちはそのほかにさば節を多く使っています。魚介を生かしただしに中華麺という唯一無二の組み合わせでえきそばは成り立っています」
――76年間も基本形を変えずに売れ続けている理由はどこにあるのでしょう?
「駅のホームでお店をやらせていただいていることが大きいと思います。乗り換えの合間に時計を見ながら、サッと出されたものをパッと食べる。そのためには『早い、安い、うまい』という3つの条件をクリアしないといけない。
これらを満たしているえきそばは変えたくても変えようがなかったんです。逆にそれが長年愛されている一番の理由だと思います」

姫路駅構内在来線上りホームの店舗


オリジナルの中華麺と和風だしがマッチした天ぷらえきそばは480円
■なぜ、えきそばは唯一無二なのか!?
――そんな社長の経歴を教えてください。
「私は今44歳になったばかりなんですが、大学を卒業していったん他社に就職。2006年、25歳のときにまねき食品に入社しました。入社してからはいろいろ失敗もしました(笑)。
それでもえきそばを多店舗化したり、大阪に進出したのも私が入社してからです。祖業である弁当に関しても、百貨店さんがやっている駅弁大会に積極的に参加するようにしました」
――09年に阪神梅田本店に初の大阪進出。10年に日清食品からカップ麺発売と、確かにこの頃からえきそばの名前を広く聞くようになりました。
「特にカップ麺化は難しかったです。何度もサンプルを日清食品さんの研究センターに送りました。ですが、送られてきた最初の試作品がいまひとつだったんです(笑)。
『カップ麺だから仕方ないですかね』と思っていたら、安藤(宏基)社長が現場に直々にNGを出して『こんなんじゃまねきさんに失礼だ』と作り直しを命令されたようなんです。次に送られてきたカップ麺はすごくおいしくなっていて、さすが日清さんと感心しましたね」
――確かに再現は難しそうで、ほかの立ち食いそばチェーンでえきそばのようなものを食べたことがありますが、味は似て非なるものでした。
「なかなか難しいようですね。思うのは、えきそばという食べ物は半分脳で食べてるんじゃないかと。あのとき、友達と食べたなぁとか。母親に連れられて行ったなぁとか。
――その後、社長に就任されたのが19年。直後にコロナ禍が襲ってきます。
「売り上げは7割減。とにかく時間があったので、社員を集めて新弁当100種類ぐらいを作ってくれと伝えました。そのサンプルの一部を冷凍保存していたんですが、工場長がさらに冷凍の実験をいろいろやってくれて、それが現在の『冷凍駅弁』の展開につながっています。
冷凍弁当ができるならと、えきそばも冷凍にチャレンジして、現在『冷凍えきそば』として売り出すことができています」
■なぜ姫路のローカルフードが万博に!?
――そして万博に出店へ。そもそも今回の万博にまねき食品として出店しようと思ったのはなぜでしょう?
「15年のミラノ万博に私と総料理長のふたりで行って、弁当の盛りつけのプレゼンをしたんです。それがすごく好評をいただいて、日本館は一番人気で最終的には7時間待ちとかの人気になっていました。
万博っていいもんだなぁという感想を持って帰国したんです。それから大阪で万博が開催されることになって、せっかくだから手を挙げてみようと思いました」
――社内で不安視する方はいなかったのでしょうか?
「よしやるぞ!と意気込んでいたのは正直私ひとり。社員は不安を漏らしたり、先代の父はいつものように何も言いませんでしたが、心配そうな顔はしていました。
でも、社員には『絶対に評価してくれる人がいるから』『きっと喜んでもらえるから』と言い続けていましたね」

万博会場内のまねきの店舗
テーブルやイスは段ボール素材で作られていてエコ
――万博内の飲食店の多くは大手チェーンばかり。そんな中、なぜ地方の規模もそれほど大きくない、まねき食品が選ばれたと思いますか?
「なんででしょうねえ(笑)。スシローさんやくら寿司さんから比べるとわれわれは小さな企業。でも、僕らみたいな中小企業でもこれだけできるんだということを示すことで、周りに元気が与えられる。背伸びして頑張っているのを見て、何か感じてもらえると思われたのかもしれません(笑)」
――ではそんな中、3850円のえきそばを作ることになった経緯を教えてください。
「万博には海外からもたくさんお客さんが来られるということで、やはりお肉メインがいいだろうと。そうなると兵庫の誇る神戸牛を世界に発信したいと思いました。
それと石川・能登の震災に対して、何か応援できないかなと思い、輪島塗の食器を使うことに決めました。漆塗りですので、当然食器は完全手洗い。たまにお客さんから『この器は食べた後持って帰れるんですか?』と聞かれたりするんですが、持って帰られたら困りますよ(笑)」
――味にもこだわっている?
「お肉の味が強いので、負けないようにホタテとハマグリをだしに使っています。また、麺も生麺をその場でゆでて出しています。
そういうことをひと通り決めて、部長にこれだとどれくらいの価格になりそうかと聞いたら『3850円』という答えが返ってきたんです。少し考えましたが、いろいろこだわっているわけですし『これでいこう!』となったわけです」

これがこだわりにこだわった究極の神戸牛すき焼きえきそば(3850円)
――批判も多かったのではないでしょうか?
「記者発表では、先に述べたようなこだわりを伝えたのですが、翌朝の新聞には3850円という値段のことしか書かれてなかったですね(笑)。ネット上でも『これはひどくないですか。人として』などの書き込みがありました」
――マイナスのイメージからのスタート。始まってからの反響はどうでしたか?
「大変好評をいただいており、初日は午前中に用意していた分が完売しました。その後も1日200食から300食がコンスタントに出ています。1日1000人近く来店されていますので、3人に1人ぐらいはこの究極のえきそばを注文されていることになります。
辛坊(しんぼう)治郎さんやカンニング竹山さんら影響力のある方にホメていただいているのが効いているのかもしれません。本当にありがたいです」

カップ麺や冷凍食品としてその味は全国に届けられている
――社長の揺るがないマインドが成功に導いたわけですね。
「ネット社会における今の日本のように、相手が何も言えなくなるまでとことん叩く風潮が嫌なんです。意見が違うところが出てきたら、それをぶつけ合ってお互いを高めたらいい。
やっぱり社員からも意見が出るとうれしいですよね。
* * *
今後はえきそばのほかに、弁当を海外に持っていって勝負をするという。社長の次なる動きからも目が離せない。
取材・撮影/ボールルーム