ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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昨年の夏に続き、今年もトークイベント出演や雑誌取材の仕事に関連して、夏の関西飲み歩きツアーへ行くことができた。関西飲みは本当に楽しく、確実に僕の人生最大の楽しみのひとつになっている。
今回の行程は、1日目が大阪でイベント出演~打ち上げ。3日目は帰宅時間ギリギリまで神戸で取材。そして2日目が自由行動。そこでその日は、大阪在住のフリーライターで飲み友達、スズキナオさんと、昼くらいからのんびりとハシゴ酒をしましょう、ということになった。
まずは大好きな「ユートピア白玉温泉」に入ってさっぱりし、アーケード商店街ならば日差しも避けられるだろうと、千林という街にある「千林商店街」を散策してみることに。大阪には規模の大きなアーケード商店街がいくつもあり、今まで行ったどこも、活気あふれる楽しい場所だった。さて、どんな店に出会えるか。

「千林商店街」
と、歩きはじめてまだ3分ほどの場所に、いきなり素通りできない店構えを発見。老舗の雰囲気満点の「春倉」という酒場だ。

「春倉」
カウンターとテーブル数席というコンパクトなサイズ感の店内は、やはり歴史を感じさせるたまらない雰囲気。なにより、チャーミングかつ整然とした手書き文字でずらりと並ぶ豊富すぎるメニューたちが圧巻だ。まさに、メニューで飲める店。

間違いなくいい店

それにしても品数が多い
お店を切り盛りするのはいかにも大阪らしい明るいキャラクターのお姉さん3人。常連さんともみな顔なじみのようで、テンポの良い会話を聞いているだけで楽しい。

ナオさんと乾杯
ではでは、それぞれ「生ビール」(税込550円)をお願いし、いざ乾杯! いや?......涙が出るほどうまいな。
選択肢がありすぎて迷う気力もなくなりそうな料理たちは、インスピレーションで選んでゆく。「小いも」(385円)、「マカロニサラダ」(330円)、「鱧(はも)ちくわきゅうり」(495円)、「とうもろこし香ばし」(495円)。

「小いも」

「マカロニサラダ」

「鱧ちくわきゅうり」

「とうもろこし香ばし」
どうしたらこんなに手際よく料理が提供できるんだろうと驚くばかりのテンポで、次々と届く小皿たち。優しい味わいの小いもやマカロニサラダ。
ゆっくりとそれらの味わいを空間とともに堪能しつつ、実はさっきから、ふたりとも昼食を食べていないこともあって、なにかひとつだけごはんものを注文したいですね、と話していた。うどんにそばにオムライス、ドライカレー、焼きそば、ナポリタンなどなど、魅力的なメニューがありすぎるというのも理由のひとつだ。ここはさすがに迷い、最終的にどこか関西の風を感じさせる「ホルモン焼うどん」(990円)を選んでみることにした。

「ホルモン焼うどん」
見た瞬間にわかる。これは確実にうまいやつ。
少し細めでふわふわもちもちの麺に、たっぷりの野菜、かつお節、そして牛ホルモン。さっそく皿にとって食べてみると、これまでこの店で食べてきた料理たちに共通する、ほっとする味つけ。シンプルな塩味とだしの風味がベースになっている。ところがそこにパンチを加えるのがホルモンで、噛み締めるとじゅわっと甘く、上品な旨味が口に広がる。

癒される味
毎日でも食べられるくらいの優しさと、しっかり酒のつまみになる力強さを合わせ持った焼きうどん。あぁ、こんなうまいものが日常的に食べられる大阪は、やっぱりいいなぁ。

「チューハイ プレーン」
ところでさっきから、ひとつだけ気になっていたことがある。壁に何枚か貼られている「祝開店」という紙。きっと客からプレゼントされた花などに添えらていたものなのだろう。それが、妙に真新しく見えるのだ。そこで、おかわりの「チューハイ プレーン」(462円)が届いたタイミングで、店員さんのひとりに聞いてみる。
「ここって何年くらいやられているお店なんですか?」
「去年の11月からです!」
なんと! まだオープンから1年にも満たない新店だったとは。
あとから聞いた話によると、この場所はもともと創業から70年も続いた老舗「丹倉」という店だったのだとか。そういえば表に重厚な丹倉という文字があったな。その場所を受け継いだのが現在の店員さんたちで、内装などはほとんど当時のままらしい。
酒飲みにとって、好きな店が閉店してしまうことほど寂しいことはないが、せめて空間だけでも残り、同じその場所で飲めるのは嬉しいことだ。しかもこんな名店。詳しい経緯までは聞けていないけど、きっと丹倉時代から通う常連さんも多くいるのだろう。
あぁ、大阪にまたひとつ好きな店が増えてしまったと嬉しくなりつつ、さて、次の店を求めてハシゴ酒を続けるとしよう。
取材・文・撮影/パリッコ