ひろゆき×進化生態学者・鈴木紀之のシン・進化論③「なぜ生物の...の画像はこちら >>

「個々の遺伝子にとって、2つの性を利用するのが最も効率的だったと考えるのが自然」と語る鈴木紀之氏

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。進化生態学者の鈴木紀之先生をゲストに迎えた3回目です。

生物はオスとメスの2つの性が基本です。なぜ、3つの性にはならなかったのでしょうか? また、昆虫にはたくさんの眼を持つものがいるのに、脊椎動物は2つの目が基本です。それはなぜでしょうか?

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ひろゆき(以下、ひろ) 鈴木先生は進化生物学を専門にしているということで「なぜ生物の性は〝2つ〟が基本なのか?」ということを聞きたいんです。生物ってほとんどがオスとメスじゃないですか。

鈴木紀之(以下、鈴木) そうですね。性が3つ以上ある生物も報告されてはいますが、ごく一部のアメーバなど非常にレアなケースです。逆に性を持たずに単独で増える「無性生殖」の生物もいますが、これも全体から見れば少数派です。動物や植物を含め、身近な生物の基本システムは〝2つの性〟ですね。

ひろ でも、多様性を求めるなら、性が3つあったほうが組み合わせは圧倒的に増えるはずですよね。生物学的に〝第3の性〟はなぜ広く成立しないんですか?

鈴木 生物の進化では「どうすれば〝自分の遺伝子〟を効率良く次世代に伝えられるか」という視点が重要です。ひろゆきさんがおっしゃった「多様性を生み出す」という視点は〝種という全体〟を見ていますよね。「多様性があったほうが、気候変動のような環境の変化が起きても誰かが生き残れて種としては安泰だ」というのは、そのとおりです。

しかし、今を生きる個々の生物は、将来のリスクや種全体の多様性のことまで考えて行動しているわけではないんです。

ひろ なるほど。

鈴木 遺伝子が自分を複製することを最優先した結果として、今の生物の姿があります。進化はあくまで〝個〟のレベルで起きる現象です。

ひろ まあ、人間も「この人と子供をつくれば遺伝子的に最強になる」とか考えていませんもんね。

鈴木 はい。性というシステムは、一見するとオスとメスの遺伝子を混ぜて多様な子供をつくるためにあるように見えますが、進化の原則に立ち返ると、「種とか集団全体の多様性を維持するために個々の生物が交尾する」という説明は、実はあまりしっくりこないんです。あくまで「個々の遺伝子にとって、2つの性を利用するのが最も効率的だった」と考えるのが自然です。

ひろ 例えばコンピューターは、オン(1)とオフ(0)の2進法で計算しますよね。でも、昔から「弱い電圧」「強い電圧」「オフ」みたいに3つの状態を使って計算したほうが効率的じゃないかっていう研究があるんです。それと一緒で、例えばオスとメスが作った受精卵に、さらに〝第3の何か〟を振りかけるような生物がいてもよさそうな気がするんですが。

鈴木 それも「進化はあくまで個のレベルで起きる」で説明ができますよね。


ひろ そうか。個々のオスとメスからすれば、自分の子供の遺伝子がさらに変化するかどうかなんて、どうでもいいのか。となると、2つの性というのは、ある意味、最もシンプルで効率的なシステムなのかもしれませんね。

鈴木 それに〝生きた化石〟と呼ばれるシーラカンスのように、何億年も姿を変えずに暮らしてきた生物にも性があります。彼らが「将来の環境変動を見越して性を維持してきた」とは考え難いですよね。だから性にはもっと別の理由があるはずだと考えられています。

ひろ 以前、メスにオスのような生殖器があり、オスにメスのような役割がある昆虫が日本人によって発見されたというニュースがありました。こういう例外を見ると、性のあり方にもっと多様なバリエーションがあってもよさそうなのに、現実は2つという形に収斂しているんですね。

鈴木 ひろゆきさんがおっしゃったのは「トリカヘチャタテ」というブラジルの昆虫で、洞窟の中という特殊な環境に適応した変わった種類です。性の役割がここまで逆転した例は極めて珍しい例です。栄養豊富な「精包」というプレゼントをオスが持っているため、メスたちが希少なオスを確保するために特殊な交尾器を発達させたといわれています。

このように例外的なパターンは存在しますが、それでも「オスとメス」という2つの性のシステムは圧倒的に普遍的です。

だからこそ、研究者はその裏に何か大きな理由があるはずだと考えているんです。

ひろ もうひとつ気になるのが、体のデザインです。昆虫だとたくさんの眼を持つものがいますが、動物になると目は基本的に2つですよね。目が3つだったり1つだったりする脊椎動物っているんですか?

鈴木 僕が知る限り、脊椎動物にはいません。

ひろ 昆虫はあれだけ多様なパターンがあるのだから、動物にももっといろいろなパターンがあったほうが生存に有利な場合もあるはずじゃないですか。クジャクの羽のような、一見ムダに見えるものが許されるなら、目が3つあったほうがよほど実用的です。なのに、目や鼻の穴は2つ、口は1つという基本設計は絶対に崩れない。このルールはなんですか?

鈴木 それに対するひとつの重要な答えは「生物は、それぞれの系統が持つ〝歴史〟を背負っている」ということです。私たち脊椎動物は、何億年も前に共通の祖先から進化してきました。そして、受精卵が細胞分裂を繰り返して体をつくっていく「発生」のごく初期の段階で、「脊椎動物としての基本的な体の仕組み」があらわになってきます。

その設計図は、あまりにも長い時間をかけて完成されてきたため、今さら根本的な部分をいじるのが非常に難しいんです。系統は過去を背負っているんですね。


ひろ へたにいじると、設計図全体が崩れて体が正常につくられなくなるのか。もうひとつ疑問があって、一説には豊臣秀吉の指は6本あったとされています。

鈴木 いわゆる多指症ですね。

ひろ 有名なインドの俳優にも指が6本の方がいます。彼はインドでは神様の化身みたいに扱われることもあるという話も聞きます。すると「指が6本=すごい人」と評価されるケースがあると思うんですけど、なぜ指が6本の人がもっと増えないのでしょうか。

鈴木 興味深い視点ですね。人間の指が基本的に5本なのも、系統を背負っていることの好例です。多指症は先天的な変異として時々現れますが、それが集団に広まるにはいくつかのハードルがあります。まず、その特徴を持つ人が子孫を残し、かつその特徴が確実に遺伝しなければなりません。しかし、秀吉の子孫は最後に大坂城でどうなったか......。

ひろ 豊臣家は途絶えてしまいましたよね。


鈴木 それに多指症の原因となる変異が、必ずしも子供に受け継がれるとは限りません。そして何より、私たちの体をつくる遺伝的な仕組み全体が、指を5本形成するように最適化されているんです。そこに6本目の指をつくるという変化は、発生の過程でほかの部分に予期せぬ不具合を生じさせる可能性がゼロではありません。文化的に有利だとしても、生存や繁殖において少しでも不利であるなら、多数派になるのは難しいんです。

ひろ なるほど。歴史の積み重ねがあるわけですね。

鈴木 そうです。進化とはゼロからイチをつくるのではなく、「今あるものをどう改良していくか」という積み重ねなんです。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■鈴木紀之(Noriyuki SUZUKI) 
1984年生まれ。進化生態学者。三重大学准教授。

主な著書に「すごい進化『一見すると不合理』の謎を解く」「ダーウィン『進化論の父』の大いなる遺産」(共に中公新書)などがある。公式Xは「@fvgnoriyuki」

構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上隆保

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