中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは...の画像はこちら >>

日本でもプレ値で取引されるようになったPOP MARTの主力キャラ、LABUBU

日本でも原宿や東京ソラマチに店舗をオープンしているPOP MART。LABUBUが大ヒットする同社は、中国本土やグローバルでどのようなビジネス展開をして成り上がったのか? ジャーナリストの高口康太さんが解説します!

■世界を熱狂させるキモカワ・フィギュア

不気味だけど癖になるかわいさ。中国発のキャラクター「ラブブ(LABUBU)」が世界的なブームとなっている。

と言われても、ピンとこない人も多いだろう。ディズニーのようにアニメがヒットしているわけでもなければ、ハローキティのようにコラボ商品が至る所で販売されているわけでもない。興味がない人はまったく遭遇する機会がない存在だ。

だが、ファンの熱気はすさまじいレベルに達している。ラブブ販売元のポップマート(POP MART)は日本でも直営店や自販機を展開しているが、いきなり店に行っても購入はできない。まずは購入予約券をネット抽選で当てる必要がある。店頭でラブブを巡る殴り合いが起きたための措置だという。

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 
中国・上海市にあるPOP MARTのグローバル旗艦店は平日でも大行列

中国・上海市にあるPOP MARTのグローバル旗艦店は平日でも大行列

抽選になかなか当たらないのはもちろんのこと、申し込みすら難しい。アクセス殺到を避けるため、申し込みも制限中なのだ。自分の順番が回ってくるまで、120秒に1回確認するという苦行が待っている。この原稿を書きながらチャレンジしたが、1時間ほど待つ羽目になった。

ラブブ人気に火がついたのは昨年のこと。

関連売り上げは前年比8倍の30億元(約600億円)を記録。今年は1000億円の大台を優に超えるだろう。販売元ポップマートの株価は1年前の6倍に上昇。時価総額は約6兆円、あのサンリオの約4倍に達している。

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 
日本でも見かけるようになった自販機「ROBO SHOP」。中国ではショッピングモールから地下鉄構内にまで設置されている

日本でも見かけるようになった自販機「ROBO SHOP」。中国ではショッピングモールから地下鉄構内にまで設置されている

■日本から学んだ成功の秘密

ラブブで世界的ブームをつくり出したポップマートとはどんな会社なのだろうか。

2010年に中国・北京市で創業......というが、当初は大学街にある小さなフィギュアショップでしかなく、経営的にもかつかつだったという。

状況が一変したのは15年、日本のフィギュア「ソニーエンジェル」の販売代理権を取得したところ、飛ぶように売れた。

この成功でアートトイの可能性に目覚めたポップマート創業者の王寧(ワンニン)は、さまざまなシリーズを展開していった。最初に成功したのはモーリー。香港のデザイナー、ケニー・ウォンが生み出したキャラクターで、ポップマートがグッズの独占販売権を取得している。

その後も世界各地のデザイナーと契約したほか、自社企画のキャラクターも生み出していく。現在では100近いシリーズを保有している。

そして、ガンダムやスター・ウォーズなど、他社IPとのコラボ商品も販売しているが、売り上げに占めるシェアはわずかに13%。自前キャラで稼いでいるのが特徴だ。中国では自前キャラと外食チェーンとのコラボも活発で、日本でも8月からユニクロとの再コラボがスタートする。

ソニーエンジェルからはブラインドボックスという手法も学んだ。簡単に言ってしまえばガチャである。箱を開封するまで中にどんな商品が入っているのかわからない。出現率の低いレアキャラだと、転売価格でかなり稼げる。このガチャ要素も中国人のハートに火をつけた。

レアを当てればちょっと儲かるというのは宝くじ感覚で楽しい。また、フィギュアに色を塗り加工して転売する同人制作も、けっこういい稼ぎになると話題に。

ちなみに、このブラインドボックスの手法はほかの業種にも飛び火し、何が出てくるかわからない化粧品ガチャ、行き先不明の旅行ガチャなども登場した。あまりの過熱っぷりに政府も規制に乗り出す騒ぎとなった。

■人気のきっかけはセレブのインスタ

ポップマートは18年から海外展開を始めた。日本には20年に正式に進出している。同社によると、売り上げは毎年倍増して、24年には約45億円に達したもようだ。もっとも、日本旅行に来た中国人が日本限定商品や海外で売り切れた商品を買っていくパターンも多かった。

昨年、Kポップ・ガールズグループ「ブラックピンク」のリサがインスタで、ラブブのフィギュアを投稿したことで、本当の意味での海外人気に火がついた。これを機に東南アジアを中心にラブブ人気が爆発する。

25年に入ると、歌手のリアーナ、元サッカー選手のベッカムら欧米のセレブもラブブの写真をインスタに投稿。これによって人気は欧米圏に広がり、日本人にも飛び火した。

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 
台湾の台北店

台湾の台北店

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 
東京の原宿店

東京の原宿店

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 
今月オープンしたドイツのベルリン店。お客さんやプレス勢が殺到するほどの過熱状態となっている

今月オープンしたドイツのベルリン店。お客さんやプレス勢が殺到するほどの過熱状態となっている

銀座のハイブランドショップ店員は「VIPのお客さまは皆さん、ラブブをお持ちです。100万円以上するようなブランドバッグに、ラブブのフィギュアをつけています」と明かす。

ちょっと面白いのが、欧米のラブブ人気が中国に逆輸入された話だ。それまではラブブは数あるキャラのひとつという位置づけだったが、「外国人が熱狂している!」というニュースにあおられて中国人が欲しがり出した。

中国発の高性能AI「ディープシーク」も世界で人気になった後、中国で火がついた。「世界に認められた」という看板は、中国では最強の広告なのだ。

その結果、世界のポップマート・ストアには中国人転売ヤーが殺到、中国から輸出されたラブブを転売ヤーたちが中国に送り返すという謎ムーブが展開されている。

■長期目線での育成がポップマートの強み

中国では成功者が現れると、すぐにそのビジネスモデルをコピーする模倣者がわんさか登場するのが常。ポップマートがつくり出したフィギュア市場は「カジュアルトイ」と呼ばれ、多くの中国企業が参入している。

中国版ダイソーと呼ばれた、格安日用品ショップのメイソウも大々的に参入し、タオルやプラスチック用品が並んでいた棚がフィギュアに置き換わっている。メイソウは日本の「ちいかわ」のライセンスを取得しグッズを販売しているが、高額転売が出るほどの人気っぷりだ。

というわけで、カジュアルトイを手がける会社は無数にあるが、ポップマートは一線を画する、異色の存在だ。

ドラえもん、ポケモン、ドラゴンボール、マーベル、ディズニーなど、長寿のキャラクターを生み出した国は日本と米国しかないと、エンタメ社会学者の中山淳雄氏は指摘する。どんな人気キャラクターでも落ち目になるタイミングは必ずある。そうした際に根気強くテコ入れできるかどうかが長寿の秘訣だという。

中国は良くも悪くもフットワークの軽さが売りで、良いときにはわっと金が集まるものの、落ち目になるとすぐに見放してしまう。

そのため、ヒットしたアニメやゲームがあっても、そのキャラの人気は長続きしないのだ。

メイソウをはじめとする中国カジュアルトイ企業は海外の人気キャラのライセンスを買ってくるばかりで、自前で育てようとはしていない。

一方、ポップマートはまだ新しい会社とはいえ、長い目でキャラを育てようとしている。世界的なヒットとなったラブブについ目がいきがちだが、最初のヒットとなったモーリー、次のエースとなったスカルパンダも新作を出し、売り上げを伸ばし続けている。

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 
中国・上海にあるPOP MARTのグローバル旗艦店は現在モーリー推し

中国・上海にあるPOP MARTのグローバル旗艦店は現在モーリー推し

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 

中国発のトイブランド「POP MART」。進撃の世界戦略とは? 
同店の入るビルには、サンリオの旗艦店もあり、どちらも連日の大行列。バチバチのライバル関係となっている

同店の入るビルには、サンリオの旗艦店もあり、どちらも連日の大行列。バチバチのライバル関係となっている

ポスト・ラブブと目されているクライベイビーも順調に伸びている。いまいち人気が出ないキャラでも丁寧に面倒を見ているのだ。日本のサンリオは一度生み出したキャラクターを長く育てることで知られる。ポップマートは中国版サンリオの風格が漂う。

■課題は偽物。百戦錬磨の海賊たち

中国でのキャラクタービジネスには海賊版という大きな障害がある。世界一の海賊版大国だけに、すぐにパクリ商品が登場してしまう。

実際、ラブブの偽物も大量に登場している。

ひと目でわかるような劣悪なコピー品は、中国では「祖国版」と呼ばれている。ちょっとクスッとしてしまうチャイニーズ自虐ネタだ。

正規品の半値ぐらいで売られているので、買うほうも偽物とわかって購入しているのだろう。そうかと思えば、出来の良い「優質版」もあれば、まったく見分けがつかない「一比一(イーピーイー)」(完璧なコピーの意)と呼ばれるスーパーコピーもある。

また、一部の海賊版業者は空き箱を買い取り、偽物を詰めて再販するという手口を取っている。箱は本物で開封しないと見分けがつかないが、ガチャとして販売されているので購入しないと開封はできないというジレンマがある。

この空き箱を使った海賊版ビジネスは、中国ではあるあるのテク。高級ウイスキーの空き瓶などはけっこういいお値段で売れるのだとか。ちなみに、中国の酒造メーカーは対策として、口を割らないと開封できない瓶を作るなどの対抗策を講じている。

ずーっと海賊版大戦争を繰り広げている中国と比較すると、海外はのどかそのもの。もっとシンプルな海賊版......というか、名前をちょっとだけ変更した、わかりやすい模倣品が販売されている。

ポップマートは7月、米国でセブン-イレブンを提訴した。〝ラフフ〟という名称のコピー品を販売していたことが理由だ。『ファミスタ』の選手名的な雑なもじりなのが面白いが、この手の商品が無限に湧いて出ている。

海賊版を輸出しているのも中国企業、だったら輸出時点で差し止めようとポップマートは試みている。中国税関はポップマートの知財を侵犯した商品、累計14万件を押収。すごい数だが、これでも氷山の一角だというから切りがない。今後もポップマートと海賊版業者のいたちごっこが続きそうだ。

製造業やITはめっぽう強いが、エンタメやブランドづくりはめっぽう苦手......というのがこれまでの中国。だが、ポップマートはひと味違う。長期的視点でキャラクターを育て、世界の人々をとりこにしている。

日本政府は昨年、コンテンツ産業を新たな基幹産業として、輸出額20兆円を目指す方針を打ち出した。そこに現れたのがラブブ、中国は手ごわいライバルとなりそうだ。

取材・文・撮影/高口康太 写真/picture alliance/アフロ ZUMA Press/アフロ 直井裕太

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