首脳会談にサーカスの猛獣使いがいれば、うまくいくのでは?(写真:タス=共同)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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佐藤 プーチンがイランに対して、「核濃縮はさせないし、原発の平和利用もさせない」と伝えましたね。
――はい、報道されていました。自分の脳内には映画『ゴッドファーザー』のテーマが鳴り響きました。ついに、首領(ドン)・プーチンがイラン問題に介入。プーチンにそう言われたら、イランも「原発を作りたい」とは軽々しく言えなくなりましたね。
佐藤 ポイントは6月22日に行なわれたアメリカのイラン核施設への攻撃を、ロシアが歓迎していることです。
イランとの地理的距離は、アメリカよりロシアの方がはるかに近いですよね。だから、イランみたいな国が核兵器を持つことは好ましくないわけです。このリアリズムを理解しておかなければなりません。
――ロシアがイラン核施設へのバンカーバスター攻撃を喜んでいる。そのことをトランプは、わかっているんでしょうね。
佐藤 そうです。それから、これも重要です。
――わかりません。
佐藤 ウラン燃料と肥料です。
――両方とも必要不可欠なものであります。
佐藤 このふたつはほとんど他の国にはありません。だから、ロシアに徹底的に制裁を与えたとしても、このふたつはロシアから買わざるを得ないんです。アメリカにとって死活的に重要なものであるにもかかわらず、自国で作ることもできないので。
――するとどんな展開に?
佐藤 アメリカはロシアからの輸入をやめられない。しかし、他国に対しては「ロシアと取引したら追加関税を課す」と強要しています。今月6日には、ロシアからの原油購入を理由として、インドに50%の関税をかける大統領令を発令しました。
これ、矛盾していませんか?
――もちろんです。自分のことは棚に上げて、さすがに無理かと。
佐藤 とりあえず格好をつけないといけないので、「ロシアへの制裁を徹底的にやろう」と言っているだけです。もっとも自国はウラン燃料や肥料をロシアから輸入していて、他国にはロシアから輸入すると制裁をかけるぞ、と脅すような矛盾した態度をとることができるのは、アメリカが超大国であるからです。超大国だけが矛盾したことを平気でやったり言ったりできるのです。
――なるほど、国内向けのプロパガンダ。ところで、プーチンはイランの原発は否定しましたが、ラブロフ外相の北朝鮮訪問は、大サービスでございました。
佐藤 サービスというか、要するに「北朝鮮の核開発は理解する」と言っていますよね。
――はい。
佐藤 イランとの差がよくわかりますよね。自分の国、ロシアのために血を流したということで、北朝鮮に対するロシアの信頼度は非常に上がっているわけですよ。
――血の同盟。英米同盟と同じなのですか? アメリカはイギリスのために多くの血を流していると。
佐藤 そうです。
――バックボーンの違いもあるんですか? 北はバックボーンが宗教ではなく、金一族という血族です。
佐藤 その点も核施設に対する対応の違いは関係しています。北朝鮮は、システムとしてはイランより脆弱なんです。
要するに、金一族が始末されてしまうと、北朝鮮は大混乱に陥ります。しかし、イランは宗教(12イマーム派のシーア派)という歴史的に確立したシステムがあります。最高指導者が死んでも、次の最高指導者に代替わりするだけで、組織は崩れません。
――首がすげ変えられるだけということですね。
佐藤 その通りです。すると、逆に北朝鮮はアメリカと妥協する可能性が高いですよね。
――それはありますよね。
佐藤 トランプもプーチンも金正恩も気が合っています。
そして、トランプも関税で250%とか300%と言っても、あれは積算根拠のない心の中の数字です。だけど、根拠がないからこそ重要なわけですよ。
――頂いた資料にありましたが、佐藤さんはモサドの幹部と話したそうですね。そこでの一節に、さすがモサドと感動しました。
「重要になるのはトランプ氏の心理状態で、アメリカ合衆国という超大国の政策ではない」
と。しかし、そのモサドの幹部もその先はどうしたらいいのか、大きな疑問にぶち当たりました。
佐藤 そう、彼も心の中の問題だと理解しているんですよ。そして、心の時代だからこそ、トランプの機嫌が良さそうな時にスッと話を持っていくのがベターです。
――心はその人の機嫌に現れる。不機嫌よりも、機嫌が良い時に行くと。
佐藤 会社のワンマン社長と同じです。
――はい、よくあることですね。
佐藤 そう。だから、心の時代では怒らせては絶対にダメです。トランプが「張り子の虎」なんていうのは大間違いですよ。本物の虎ですからね。
そして、尻尾を踏むのはもちろんですが、交渉で数字を出して論破するのは、虎の目を竹箒(たけぼうき)で突くようなものです。絶対に駄目です、それは。トランプの心の動きに関する研究がますます重要になります。
――「ガチな虎」なんですね。すると、首脳会談では誰を連れていくといいですか?
佐藤 動物園の虎やライオン、ゴリラの飼育係ですよ。
――上野動物園の飼育係を外交専門コーチとして雇う!! ......それは無理そうです。
佐藤 ゴリラ研究の第一人者である山極壽一先生のゴリラの本、『老いの思考法』ですね。
――本当にゴリラが出てくるとは。それでトランプの心の中を推し量る、と。すさまじい展開であります。
佐藤 その本ではゴリラと人間を比較しています。そういうことが勉強になるんですよ。これからはゴリラやチンパンジー、猿が、どうしたら怒るとか、そういう研究が必要になってきます。
――ホワイトハウスをウロウロし始めるとやばいとか、会談中に部屋のある一点を見つめていると危ないとか、飼育係にじゃれ噛みしている虎は何をきっかけに本気噛みになるかとか......。
佐藤 虎というと猫もそうですが、尾を踏んだ時ではなくて、離す時に噛まれます。それから、人間は掌を叩いて拍手しますが、猿は掌と手の甲を合せて拍手します。トランプのいる世界はそんな拍手をしている人たちの世界です。
――つまり、それは歓喜の拍手ではなく、批判の拍手でありますか?
佐藤 猿の拍手にはどういう意味があるのでしょうか? 私にはよくわかりません。
――猿の拍手、なんと無粋な。その米露外交ですが、これからは「18、19世紀の王国間の外交」となると佐藤さんは仰っています。これはどういう意味ですか?
佐藤 その時代は「よくも侮辱的な態度をとったな?」とか、感情で外交が動いていました。心の時代だった、ということですよ。
――その18、19世紀の王国外交なんか知っている人はいるのですか?
佐藤 歴史家ですよ。
――しかし、トランプもプーチンも歴史家ではないです。自ら王や皇帝になると自然にそうなるのですか?
佐藤 というより、人間は自然にそうなります。
――すると、そうなってない方々の集う、外務省やマスコミに登場する専門家、評論家の方々はわかっているのですか?
佐藤 う~ん、どうですかね。
――評論家の方々は、「トランプは張り子の虎」だなどと頭良さそうに仰っていますが。
佐藤 よくわかっているのは、権力の中枢にいる超エリートと民衆ですね。中途半端なところにいる有識者、学者は一番わかっていないでしょう。なぜなら、古いイデオロギーに囚(とら)われているからです。
それに比べて、民衆は日々の生活があるし、国家最高権力者には自国の生存があります。最高権力者はリアリズムになるけど、民衆は基本、リアリストですよね。だから、勇ましい事が好きではないんですよ。
――有識者や学者より、民衆のほうが肌感覚でわかっていると。
佐藤 そうです。だから、民衆は難しい国際関係についてよく考えずに、何となく愛国っぽい感じを持っていますが、実際に彼らが戦争に行くかというと行きませんよね。民衆は自分や家族が戦争に巻き込まれることを嫌います。これは健全な感覚です。
それから外交でいうと、グレゴリー・ベイトソンという人類学者が1962年のキューバ危機はタコに似ていると分析していて、言葉が信じられない国家間の行動は動物に近くなると唱えているんですよ。
私もベイトソンの言う通りだと思いますよ。米露間、そしてイスラエル・イラン間においても、言葉が信用できないから動物の喧嘩のようになっていますよね。
――イランに関しても、プーチンがアメリカの空爆を歓迎しているというのは、お互いに動物同士でやっているとトランプは感じている。
佐藤 はい。だから、トランプがプーチンをなぜ信用しているかというと、プーチンがロシアの利益しか考えてないからです。
一方でプーチンがトランプを信用している理由は、人権、民主主義、LGBTQなどに全く関心がなく、個別の利益やアメリカ(≒トランプ自身)の面子と名誉にしか関心がないからです。
お互い、逆に考えると、何をどこまでやるとマイナスになるか把握できるから、信用できているんです。
――すると、その虎たちの中に、サーカスの猛獣使いを入れるのは?
佐藤 猛獣使いのように言うことを聞かせることは無理ですよ。ちゃんと動物の機嫌をとれる動物園の飼育員くらいでいいんです。サーカスみたいな高度なことはやらないほうがいいです。
――機嫌を損ねてしまうと。
佐藤 そういうことです。
次回へ続く。次回の配信は8月22日(金)を予定しています。
取材・文/小峯隆生