【緊急ルポ】外資に狙われた北海道「廃金山」に鉱毒危機が迫って...の画像はこちら >>

かつて「金湧く静狩」と呼ばれた静狩金山の跡地。今も山を削った跡が段々畑のように残っている

近年、金価格の高騰や鉱業法の改正を背景に、外資企業による廃鉱山の試掘申請が相次いでいる。

資源の再発見や地域経済の活性化への期待の声がある一方、土地の関係者からは鉱害による自然破壊を危惧する声も多い。

かつての静狩金山がある自然豊かな街・北海道黒松内町でも、外資企業と住民たちによる戦いが、ひそかに始まっていた。

■豊かな水と大地の町に忍び寄る不穏な影

2020年に開場した北海道黒松内(くろまつない)町のグラッドニー牧場(畜産。81ha)では、牛たちは自然交配と自然分娩で生まれ、広大な敷地を自由に移動して草を食む。化学薬品や農薬は一切使わない。

牛が野草を食べることで土地は美しい牧草地に変わり、牛ふんは土を肥やし、虫や微生物が環境を改善する。牧場を流れる幌加朱太(ほろかしゅぶと)川には、秋にはマスの群れが遡上(そじょう)するまでになった。

経営者の森塚千絵さんとアメリカ国籍の夫ティム・ジョーンズさんは「これは単なる畜産ではなく、環境再生活動の実践ととらえています」と語るほど仕事への誇りは高い。

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グラッドニー牧場は、親子を引き離さない飼育、自然交配と自然分娩、冬季以外は餌いらずの放牧で一切の農薬を使わずに牛を育てている

グラッドニー牧場は、親子を引き離さない飼育、自然交配と自然分娩、冬季以外は餌いらずの放牧で一切の農薬を使わずに牛を育てている

アメリカでも畜産を営んでいたティムさんは千絵さんとの結婚を機に、日本で理想の場所を探し、たどり着いたのが黒松内だった。決め手は「放牧できる広さときれいな水」。

だが昨年、この場所が鉱山再開発に巻き込まれていることを知り驚く。

黒松内町と隣接する長万部(おしゃまんべ)町にまたがる静狩地区には、金鉱山の「静狩(しずかり)金山」が戦時中の1943年まで稼働していた。オーストラリア企業「キンギン・エクスプロレーション」の日本法人「ジャペックス社」がその再採掘をもくろみ、前段階として金鉱脈の有無を確認する試掘を計画しているのだ。

「346haもの試掘エリアは牧場に隣接しています。将来、採掘や製錬で発生する処理水が付近の幌加朱太川に流されれば、牛の飲み水は汚染され、川の生き物が消える。不安でなりません」(千絵さん)

この計画を知った住民有志が動いた。日本北限のブナ林を有し、湿原もあれば丘陵もあり、広い大地に穀物やソバの農家、牧場が散在し、ダムのない朱太川には天然アユが泳ぐ......。こうした町の多様性の喪失を危惧したからだ。

「見慣れない人たちがウロウロしている」

黒松内や長万部でこうささやかれるようになったのは21年からだ。その目的がわかったのは23年7月。ジャペックスのグレッグ・フォウリス上級取締役らが長万部の木幡正志町長を訪問し「静狩金山で試掘をしたい」と説明した。

かつて静狩金山は日本有数の金鉱山だったが、「戦時下に金は不要」との理由で43年に閉山していた。それを知ったジャペックスは「強制的な閉山なら、まだ鉱脈があるはず」と読んだのだ。

試掘の許認可権は自治体ではなく経済産業省にある。ただし、鉱業法第24条で「経産大臣は、鉱業出願があれば知事と協議を」と、まずは国と知事との協議を定めているので、その判断材料として北海道は、ジャペックスの町訪問後、町に「試掘権を認めた場合の影響」についての問い合わせをしてきた。

これに町産業振興課は「健康被害の発生に適切な対応をお願いする」「ホタテ養殖、サケマス孵化場があり、河川海洋汚染への配慮を」といった条件付き同意文書を返した。

同社は長万部と前後して黒松内でも鎌田満(かまだ・みつる)町長に試掘の説明に回り、やはり後日、町は北海道に条件付きの同意を示す。それを受け、経産省は24年2月にジャペックスに試掘権を付与するが、町議会がそれを知ったのは同年6月10日。定例議会で町長が「こういう話がある」と切り出し、議員は初めて計画を知った。

■「魚介類が死滅」過去にもあった鉱毒被害

ここから風向きが変わる。

「問題はないのか」との疑問を覚えた岩澤史朗(いわさわ・しろう)町議が鉱山について文献調査を始めた。

「調べると、80年以上前の静狩金山でも、鉱毒で無数の魚介類が死滅していたんです」

確かに『北海道金鉱山史研究』(浅田政広著、99年)を読むと、「昭和14年3月頃、ホッキ貝が無数に打ち寄せられた」「川に流された青酸塩はヤマベの致死量の30倍」「鉱山からの排水を飲んだ放牧中の子牛や畜犬の斃死(へいし)」など被害事例の報告が多数ある。

また、ジャペックスは道内4ヵ所の試掘申請をしたが、そのひとつが北海道北東部の紋別(もんべつ)市の鴻之舞(こうのまい)鉱山だ。73年に閉山したが、今でも1日3000tの鉱毒水処理が続く。

岩澤町議は24年7月の臨時議会の常任委員会で、「静狩の試掘にわれわれ議会も調査を」と訴えると、「そうだ」と議員の総意での賛意を得た。

そしてティムさんと千絵さんも、「グラッドニー牧場に行きたい」と要望していたジャペックスに対し、「これは牧場だけの問題ではない」と住民説明会の開催を訴えた。

果たして、同年7月19日に住民説明会が開催される。

■非難囂々となった住民説明会

その日、ジャペックスの動きは慌ただしかった。午前中に朱太川漁協と会談をすると、すぐにグラッドニー牧場、次いで隣町の寿都町(すつつちょう)漁協で挨拶と簡単な事業説明をし、夜からの説明会に臨んだ。

この日初めて会った同社の代表から「鉱山から汚水は朱太川に流さないから被害はない」との説明を受けた朱太川漁協の中嶋藤生組合長は「流さないなんてできるものなのか」との疑問を覚え、ほかの漁協組合員も「寝耳に水の訪問。なぜこんなに拙速なのか」と同社の急ぐ姿勢をいぶかった。

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朱太川でのアユ釣りの様子

朱太川でのアユ釣りの様子

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朱太川漁協組合長・中嶋藤生さん。朱太川にいるのは、放流ではなくすべて自然産卵のアユ

朱太川漁協組合長・中嶋藤生さん。朱太川にいるのは、放流ではなくすべて自然産卵のアユ

住民説明会には町内外から80人以上が参加したが、参加者に言わせれば「炎上した」。住民の質問に説得力のある回答が少なかったからだ。

ジャペックスの細川泰行執行役員は、「われわれの3原則は、木を切らず、山も削らず、水を出さないこと」と環境配慮型の事業であると強調した。

この説明に、黒松内町の住民で、かつて紋別で暮らし、鴻之舞の経緯を知る上田茂さんが「鴻之舞では今も鉱排水が流れ、有毒マンガンは3分の1も処理されず藻別(もべつ)川に放流されている。わが町の宝である朱太川に鉱毒を流せば土地が死ぬ」と訴えると、細川氏は「懸念はわかった。検討する」とだけ回答した。

海外の鉱山での汚染を問いただした質問も上がった。

フォウリス氏がCEOを務めるタイの現地法人「アカラ・リソーシズ社」は、タイのチャトリ鉱山を運営したが、近隣住民に皮膚病やしびれが多発。15年の成人住民1004人への血液/尿検査では、数十人~数百人から安全基準超のマンガン、ヒ素やシアン化物が検出された。

住民の訴えを受け、16年、プラユット首相(当時)は暫定憲章第44条を発動し鉱山を閉鎖。だが翌年、アカラの親会社の豪企業、キングスゲート・コンソリデーテッド社が数億ドルの賠償を求め国際仲裁裁判所にタイ政府を提訴。敗訴しての賠償金支払いを恐れたのか、タイ政府は22年に鉱山再開に同意した。

この強権的な振る舞いを黒松内の住民は恐れた。

「黒松内でも健康被害の訴えが起これば、日本国を相手取り国際訴訟を起こし操業再開にこぎつけるのか、イエス、ノーで答えてほしい」

当事者のフォウリス氏は答えなかった。細川氏も「初めて聞いた事例だ。皆さんの懸念は当然。次回の宿題とする」と明言を避けた。

ティムさんも手を挙げた。

ジャペックスは鹿児島県の菱刈(ひしかり)鉱山をモデルにすると説明したが、菱刈では毎分7tの処理水を、3分の1は地元温泉街で活用し、残りは川内(せんだい)川に流す。

ティムさんは、「牧場地である幌加朱太川に毎分7tが排水されたら、アユやサクラマスの稚魚はどうなるのか」と訴え、「あなた方は21年から調査しているが、昨日までの3年間、私に挨拶もなかった」と、信頼関係を構築しようとしない姿勢に疑問を投げた。

細川氏は「だからこそ、この住民説明会がある」と回答したが、説明を尽くしたとは言えない。

計画地に林地は含まれるのか、試掘権の許可での付帯事項は何か、工程表はないのか等々の基本的な質問に会社は「次回説明会への宿題」と答えるだけだった。

■反対署名運動には約2200筆が集まる

上田さんは説明会後も動いた。きっかけは、フォウリス氏が説明会後に町長に「反対するのは(ティムさんら)一部の住民だけ」との文書をメールで送ったことだった。

「さすがに頭にきました」

上田さんは、計画への反対署名活動を決意。自身も含めた7人の呼びかけ人が広い黒松内町を一軒一軒回った。

地元の地下水でミネラルウオーター「水彩の森」を製造する「黒松内銘水」は、ペットボトルも自社製造し小売価格を抑える良心的企業だ。小谷孝夫社長は署名に応じた。

「弊社の仕事は水がすべて。昔、町の養豚場から未処理排水が川に流れ魚が大量死したら、弊社に苦情電話が相次ぎました。鉱山の排水でもあれば風評被害は確実です」

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黒松内でミネラルウオーター「水彩の森」を製造する「黒松内銘水」の小谷孝夫社長。地下水汚染を危惧しているので、計画には反対

黒松内でミネラルウオーター「水彩の森」を製造する「黒松内銘水」の小谷孝夫社長。地下水汚染を危惧しているので、計画には反対

幌加朱太川が合流する朱太川を管轄する朱太川漁協(前出)も関心が高い。「アユの塩焼き」の味を競う「清流めぐり利き鮎会」で朱太川のアユは16年にグランプリを受賞した。それほどに川はきれいだ。

「役場と漁協との川の保全努力があったからこそです。その川を汚すわけにはいきません」(中嶋組合長)

ただし漁協はまだ正式な反対声明は出していない。

「まずは説明会で宿題とされた回答を次回説明会でしてもらいます。そのデータに基づいての『反対する』なら説得力がありますから」

署名は町議会宛てが人口約2400人の町で637筆、事業者宛てが、町外住民も合わせると約2200筆を集めた。

このうち前者の署名は「事業中止を求める請願」とともに11月に町議会議長に渡され、果たして、議会は全会一致で請願を採択。さらに、「環境破壊に通じるいかなる鉱山開発にも反対する」決議案も可決した。この決議は今年3月に北海道にも国にもジャペックスにも報告された。

すると、ジャペックスから「反対決議の詳細を知りたい」との質問が寄せられた。だが議会は回答をしなかった。

「理由は簡単。議会として出した結論を変える必要はない。だから回答の必要もないということです」(岩澤町議)

疑問もあった。黒松内が反対でも長万部が同意して長万部側から掘削すれば、結局、朱太川は汚されるのでは? これに岩澤町議は、「試掘は両町にまたがる申請。どちらかの町がNOを言えば事業は止まる。これは北海道経済産業局にも確認済みです」と情勢は会社には厳しいと読む。

不可思議なのは、第2回説明会の約束をしたジャペックスが1年以上も沈黙していることだ。筆者は連絡窓口である2人の社員に「第2回説明会はいつか」「水を汚さない技術はあるのか」との質問を送ったが回答はなかった。

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黒松内町で号外として配布されたかわら版。人口約2400人の町で600人超の署名を集めることに成功した。上田茂さんが作成

黒松内町で号外として配布されたかわら版。人口約2400人の町で600人超の署名を集めることに成功した。上田茂さんが作成

■背景には鉱業法改正と金価格の高騰

仮にジャペックスが計画を断念しても、留意すべきは、北海道では多くの元金鉱山が外資に狙われていることだ。

カナダの鉱山会社の日本法人は複数あるが、そのひとつは国内26ヵ所の金鉱山の調査を進め、うち7ヵ所は道内。3ヵ所で試掘権を取得した。

鉱山開発に外資が参入できるのは、12年の鉱業法の改正で、日本法人をつくれば掘削が可能になると明確化されたからだ。

なぜ彼らは日本を狙うのか。ひとつには金価格高騰がある(日本では23年に1g8834円だった金価格が24年には1万1718円〈いずれも年平均〉に急騰【田中貴金属HP】)。外資は黄金の国ジパングにまだ残る金鉱脈で採算を取ろうとしている。

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外資企業が国内廃金山の調査を進める背景には、国際情勢不安に伴う金価格の高騰がある

外資企業が国内廃金山の調査を進める背景には、国際情勢不安に伴う金価格の高騰がある

だがティムさんは「鉱石1tから採れる金は10gに満たない。99.9%が廃棄され、川を汚し、会社は採掘された鉱物の価格の1%を鉱産税として地元に落とす程度。これだけのために、こんな大切な環境を壊すことは許されません」と強調する。

投機のため、装飾のために買われる金。その裏で失われていく尊い自然と健康。今後、日本で本格化する外資の金採掘には、注視すべきだろう。

取材・文・撮影/樫田秀樹 写真/PIXTA

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