ひろゆき×進化生態学者・鈴木紀之のシン・進化論⑤「暑すぎて虫...の画像はこちら >>

「カブトムシは、かつては夏休みの主役でしたが、最近は8月にはあまり姿を見かけない」と語る鈴木紀之先生

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。進化生態学者の鈴木紀之先生をゲストに迎えた5回目です。

今年は猛暑で各地で最高気温が更新されています。暑さで体調を崩す人も多いようですが、昆虫はどうなのでしょうか? 暑すぎると活動しなくなったりするのでしょうか?

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ひろゆき(以下、ひろ) 大学の先生って、夏休み期間はやっぱり暇になるんですか? 世間的には長期休暇のイメージがありますが。

鈴木紀之(以下、鈴木) 講義がないぶん時間の融通は利きます。私も帰省したり、比較的ゆったり過ごす時間はありますね。

ひろ でも、先生のように昆虫を研究されている方だと、やはり昆虫の活動が活発になる夏こそ、フィールドワークとか一番忙しい時期になりそうですけど。

鈴木 本来であれば、そのとおりなんです。しかし、近年は少し違います。というのも、もはや「夏は暑すぎて虫がいない」という状況なんですよ。特にカブトムシなどは、かつては夏休みの主役でしたが、最近は8月にはあまり姿を見かけない気がします。だから、夏休みに子供向けの昆虫観察会などをよく依頼されるのですが、それも難しくなってきています。

ひろ 確かに、夏休みといえば昆虫採集は定番ですよね。

鈴木 ええ。

最近は7月から猛烈な暑さが続くため、肝心の虫たちが活動できず、観察会を開いても主役がいないんです。昆虫が最もよく観察できるのは、今や春から梅雨時までの時期にシフトしてしまった印象です。

ひろ 虫がいないというのは、暑すぎて活動していないだけなんですか? それとも、暑さに耐え切れず死んでしまっているのでしょうか?

鈴木 おそらく両方だと思います。昆虫は変温動物なので、外気温に体温が左右されます。猛暑が長期間続けば、当然、耐え切れずに死んでしまう個体も増える。あとは、植物の葉を食べる昆虫は、夏の暑さで植物が枯れてしまう「夏枯れ」と呼ばれる現象によって、食料を失い個体数を減らしてしまいます。

ひろ 夏枯れ、ですか。

鈴木 もともとは亜熱帯地域の沖縄でよく言われていた言葉です。沖縄では7、8月は暑すぎて植物も昆虫も元気がなくなり、涼しくなる10月頃に再び活動が活発になるんです。その現象が、だんだんと本州でも見られるようになってきた印象ですね。

ひろ そういえば、個人的な感覚ですけど、蚊が減った気がします。この前、久しぶりに日本に帰ってきて、石川県の加賀地方の山の中を歩いたんですけど、ほとんど刺されませんでした。


鈴木 蚊の幼虫であるボウフラの発生には水たまりが不可欠です。猛暑や降水量の減少によって、蚊の繁殖場所となる小さな水たまりが減り、蚊の減少につながっている可能性は高いです。

ひろ じゃあ、涼しい場所を求めて、昆虫たちが東北や北海道に生息域を北上させているんですか? と聞こうと思ったんですが、今はもう東北も北海道も十分に暑いですもんね。

鈴木 ええ。それにもともと北海道に生息していた昆虫たちが、数を減らしているかもしれません。これは生態系全体から見れば、非常に深刻な事態だと言えます。

ひろ じゃあ、受粉を昆虫などに頼っているような作物は、生産量が下がってしまう可能性があるんですか。

鈴木 そのとおりです。例えば、ソバなどがその典型ですね。ソバは広大な畑で栽培され、その受粉は周囲の自然環境にいる昆虫に大きく依存しています。

あと、温暖化は別の問題も引き起こします。最近、大発生して問題になっているカメムシのように、暑さに強いタイプの害虫が増える可能性があるんです。

そして害虫が増えると、益虫が減るという二重の打撃を受ける恐れがあります。

ひろ そっか。暑さに強い害虫が増えるとほかの昆虫が減って、その昆虫を食べる鳥も減ってしまうと......いや、害虫が増えれば鳥の食料も増えるわけだから、鳥も増える? どっちなんですか?

鈴木 それは生態学がまさに扱う「種間相互作用」の複雑な部分ですね。鳥といっても、そのエサはさまざまです。害虫も食べますが、イモムシもほかの昆虫も食べます。鳥にとって害虫は、あくまで数ある餌のひとつに過ぎない場合が多い。だから、特定の餌が少し増えたからといって、鳥の個体数がすぐに増えるわけではありません。生態系の「食う・食われる」の関係は、単純な一対一の対応ではなく、無数の種が絡み合った複雑な関係になっています。

ひろ なるほど。そもそも論として、日本全体で見たときに、昆虫の総量は減っているんですか?

鈴木 ヨーロッパやアメリカなど、詳細な調査が行なわれている地域では、軒並み「全体的に減少している」という結論が出ています。日本も例外ではありません。私個人の感覚としては、戦後の高度経済成長期に、大規模な開発や農薬の使用で大きく数を減らしたと思っていたのですが、ここ10年、20年という期間で見ても減少傾向は続いています。


ひろ それは意外ですね。バブル期のように大規模な宅地造成が行なわれることも減って、日本の自然は、ある程度そのまま保たれているようなイメージですけど。

鈴木 それでも新築の家は建っていますからね。あと、ほかの問題として「耕作放棄地」の増加があります。使われなくなった田んぼや畑が、草がぼうぼうに生い茂った荒れ地になっている。一見すると自然に返っているように見えますが、特定の植物ばかりが繁茂して、かえって生物の多様性が失われることが多いんです。

ひろ 簡単には戻らないんだ。

鈴木 一度、人の手によって更地にされた場所が、元の豊かな自然に戻るには数百年、あるいはそれ以上の時間がかかるかもしれない。とてつもない時間が必要です。

ひろ 森林が元に戻るのに時間がかかるのはわかりますが、昆虫は世代交代のサイクルが速いから、環境さえ整えばすぐに増えるものだと思っていました。

鈴木 すぐ戻ってこられる種もいますが、残念ながらそういうタイプは、いわゆる害虫寄りの増殖力が強い種が多いんです。

ひろ なるほど(笑)。

ゴキブリみたいに人間社会の環境にも適応して、簡単に増えるようなタイプですね。手つかずの美しい森林や清流といった、非常に繊細な環境でしか生きていけない種ほど、一度姿を消すと戻ってくるのが難しいのか。そう考えると、世界的に見て昆虫は減る一方ですね。

鈴木 短期的に見れば、その傾向は続くと考えられます。しかし、これは時間スケールをどうとらえるかによります。「自然を回復させよう」という機運が世界的に高まれば、数百年後には生物の多様性が再び豊かになっていく時代が来るかもしれません。

ひろ あと、進化生物学のような、何万年、何十万年というスパンで見れば、ここ数十年で昆虫が減ったなんて話は、正直、誤差みたいなものですよね。

鈴木 そのとおりです。そう考えると、われわれが今話していることは、地球の歴史から見れば本当にちっぽけなことなのかもしれません。そもそも、ヒトという種が何十万年後まで存続しているかどうかもわかりませんからね。

ひろ 温暖化が進んで、先に消えるのは虫じゃなくて人間......って未来も十分ありそうですね。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。

近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■鈴木紀之(Noriyuki SUZUKI) 
1984年生まれ。進化生態学者。三重大学准教授。主な著書に「すごい進化『一見すると不合理』の謎を解く」「ダーウィン『進化論の父』の大いなる遺産」(共に中公新書)などがある。公式Xは「@fvgnoriyuki」

構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上隆保

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