米国でテスラを支持してきたリベラル層が、イーロン・マスクCEOの言動に猛反発。購入回避や売却の動きが広がっているという
世界のEV(電気自動車)市場を牽引してきた米テスラが岐路に立たされている。
■SNSで拡散された#ボイコットテスラ
今年上半期(1~6月)、大手EV専業メーカーの米テスラは世界で72万台超のEVを販売。一方、中国大手自動車メーカーのBYD(比亜迪)は102万台超を記録し、テスラを大きく上回った。海外の自動車関係者の間では、「年間販売でBYDがテスラを抜くのは確実では」との見方が急速に広がっている。
2017年にテスラ・モデルSでレース活動も行なった自動車評論家の国沢光宏氏は、テスラの首位陥落の理由について次の3点を挙げる。
「まず、中国市場での販売不振。テスラと同等の性能を持つ中国製EVが、より安価に大量に出回っており、競争力を失っている。
次に、テスラはソフトウエアの更新は頻繁ですが、モデルチェンジの概念が希薄で、消費者に新鮮味を与えにくい。そして最後に、イーロン・マスクCEOの政治介入。これが欧米での反発を招き、企業としての信頼性を損なっている」
EVの〝絶対王者〟として君臨してきたテスラだが、大逆風にさらされている。今年に入ってからSNS上には、「#ボイコットテスラ」「#テスラテイクダウン」のハッシュタグが急速に拡散。欧米の自動車専門家によると、これらのハッシュタグは単なる不買運動を超え、企業の姿勢や経営者・マスク氏の言動に対する抗議の象徴に変貌したという。
今回の騒動の元凶は政治への深い関与だ。すでに離職しているものの、彼がトップとして率いた米政府の新設機関「DOGE(政府効率化省)」では、連邦職員の大量解雇や政府機関の閉鎖といった強硬策を次々と断行。この急進的な改革は、当然ながら賛否両論を巻き起こした。
さらに火に油を注いだのが、マスク氏自身が所有するSNS「X」での挑発的な投稿の数々。政治的メッセージを繰り返し発信し、批判者をあおるような言動が続いたことで、世論の反発は一気にフル加速!
抗議の声は、もはやアメリカ国内だけの話ではなく、欧州やカナダにも飛び火した。各地のテスラ関連施設前には抗議のプラカードを掲げる人々が集まり、中には暴徒化するケースもあり、投石や放火といった破壊行為にまで発展。こうした動きは、一時的な反発ではない。
消費者の意識が確実に変化していることを示す、象徴的な出来事だ。その証左とも言えるのが、各市場におけるテスラの販売台数の大幅な落ち込みである。
■トランプ大統領の〝脱EV宣言〟
テスラの失速には、トランプ米大統領の言動も影響しているという。自動車誌の元幹部は苦笑いしながらこう語る。
「〝トランプ関税〟の動きを見ていればわかりますが、トランプ氏は今や地球最強国家アメリカの〝大皇帝さま〟。そのトランプ氏が『EV生産は不要』と明言し、補助金や税額控除の廃止を打ち出した。
EV市場の急成長を支えてきたのは、手厚い補助金制度。特に米国では、最大7500ドルの税額控除が消費者の購買意欲を支え、EVの普及を加速させてきた。だが、トランプ政権はこの制度の段階的な廃止を決定。テスラのようなEV専業メーカーにとって、事業の根幹を揺るがす事態なのは言うまでもない。
EV市場の構造的変化について、自動車ジャーナリストの桃田健史(けんじ)氏はこう分析する。
「米国と欧州を中心に広がっていた〝EVバブル〟はすでに一段落しています。現在では中長期的な市場成長の見通しが不透明となり、各社はOEM供給を活用しながらEVモデルの拡充に取り組んでいます。選択肢が増えているように見えても、実際には競争が激化しているのです」
さらに桃田氏は、テスラの立ち位置についても言及する。
「テスラは、これまでのブランド力や技術力だけでは十分とは言えない局面に差しかかっています。商品力の再定義が求められる今、EV市場の変化にどう対応するかが問われています。今回の首位陥落は、その転換点と言える出来事でしょうね」
■中国BYDの進撃の舞台裏
中国経済が減速する中でも、BYDの新車販売は好調を維持。EVとPHEV(プラグインハイブリッド)の〝二刀流〟の戦略が功を奏し、特に中国国内では圧倒的なシェアを誇る。国沢氏は言う。
「BYDは電池から車両までを自社で一貫して生産する垂直統合型のビジネスモデルを採用しています。これによりコストを抑えながら、高性能なEVを市場に投入することが可能になっているのです」
桃田氏は、BYDの技術力と市場対応力をこう解説する。
「BYDは、エンジンを発電機として活用する『レンジエクステンダー型EV』の需要を的確にとらえ、国内市場での販売を伸ばしています。さらに、最大1360kWの急速充電に対応する『スーパーeプラットフォーム』の導入など、技術面でも積極的な展開を進めており、商品力の強化が目立ちます」

"デフレEV"で世界市場に攻勢をかける中国BYD。EVの年間販売首位確定の声も飛ぶが!?
海外市場でも存在感を高めているが、課題もあるという。
「東南アジアなど新興国では、充電インフラの整備が追いついていない地域も多く、現地市場の成長性には不透明な部分があります。BYDの今後の成長は、こうしたインフラ面の課題をどう乗り越えるかにかかっています」
欧州市場では、関税障壁があるにもかかわらず、2025年第1四半期の販売台数は前年同期比で4倍以上の3万7201台を記録。EVシェアは急伸し、テスラや欧州勢を脅かす存在となっている。ただし、国沢氏はBYDの急所を指摘する。
「欧米での輸入制限や貿易摩擦など、地政学的リスクは無視できません。ちなみに無条件でBYDを受け入れ、補助金まで出しているのは日本市場だけ。欧米からすると、〝奇異〟に映るでしょうね」
■日本市場でEV普及のカギを握るのは?
今年上半期の国内EV新車販売台数は2万7321台。
国沢氏は厳しく語る。
「私は日産の初代リーフのオーナーでしたが、バッテリーに問題がありました。トヨタの初代プリウスは無償でバッテリー交換を行なったのに(現在は終了)、日産は対応せず、その結果、中古車市場では二束三文の評価に。
この対応の差が、両社のブランド力と市場価値に大きな影響を与えたことは否定できません。要は、クルマが売れていないメーカーがEVを推しても、説得力がない」
日本市場でEV普及のカギを握るのは、結局のところ5年連続で世界新車販売を制したトヨタだと国沢氏は言う。
「トランプ氏のいわゆる〝脱EV宣言〟はあったにせよ、世界はすでに2050年の脱炭素という不可避の目標に向かって動いている。
日本市場でEVを本格的に伸ばすには、大巨人・トヨタ抜きには語れません。ただし、トヨタは消費者のニーズやバッテリー価格を慎重に見極め、〝ジャストインタイム〟での投入を狙っている」
米国ではEV補助金の廃止や政策の転換が進み、世界の脱炭素戦略は不安定さを増している。そうした国際的な潮流を踏まえ、日本がどこまで民間を巻き込み、実効性のある脱炭素戦略を描けるのか。まさに力量が試されている。
取材・文/週プレ自動車班 撮影/山本佳吾 写真/時事通信社