「ようこそ!日本一ホットする町丹波市柏原町へ」の文字が躍る、のぼり
7月30日、それまでの全国最高気温記録を41.2℃に塗り替えた兵庫県丹波市柏原(かいばら)町。しかし、その天下はわずか6日だった。
その間、町おこし企画は何かあったのか!? 暑さは大丈夫だったのか!? 急な日本一に揺れた小さな町の声を聞いてみた!
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■小さな町にテレビ取材がやって来た!
今年7月30日。兵庫県丹波市柏原町で気温41.2℃が観測され、国内の観測史上最高気温を更新した。丹波市の人口は約5万9000人。最高気温を出した柏原町の人口は約9700人と小さな町で、これまで最高気温などで名前が挙がったこともなかったが、急に日本一になってしまった。
ただ、町が何か変わるかもしれないと皆が期待し始めた直後の8月5日、群馬県伊勢崎(いせさき)市で最高気温41.8℃を記録。たった6日で暑さ日本一の座から陥落してしまった。

この夏、国内最高気温を巡って右往左往した小さな町、丹波市柏原町を訪ねて町の人たちの声を聞いてみた!
まず、JR柏原駅構内にあるレストラン「山の駅」の店主に話を聞いた。
「お昼のランチのとき、異変を感じました。うどんやそばは、真夏でも熱いのと冷たいのとで出るのは半々ぐらいなんです。ところがその日(最高気温を記録した日)はみんな冷たいほうを注文。外は相当暑いんだろうなと思いました。
さらに、なぜかこの日はお昼に、かき氷を注文する人が続出。
駅で客を待つタクシー運転手も、いつもと違う様子にドギマギしたという。
「いきなりテレビ局の人らがたくさんカメラを抱えてやって来て、駅で電車を待ってる人や高校生、ワシら運転手にまで話を聞いてました。こんな小さな田舎町にテレビの取材が来るなんてめったにないこと。ちょっとテンション上がってしまいましたわ(笑)」

今回取材に応えてくれた、かいばら観光案内所
丹波市観光協会かいばら観光案内所で、柏原の歴史のレクチャーや案内を担当する「柏原歴史の会」の竹内脩会長は当日をこう振り返る。
「『今日は人いないなあ』とため息をついてました。そしたら突然、『すぐに案内してほしい』と人が案内所に飛び込んできたんです。
この暑いのにどこを?と思って話を聞くと、『気温の日本最高記録が出たというニュースを聞いたんで、その記録を出したアメダスの所に連れてってくれ』というんです。長年柏原の観光案内をしてますけど、『アメダスのある場所を案内してくれ』と頼まれたのは初めてです(笑)」

7月30日に全国最高気温が記録された丹波市柏原町のアメダス。観光案内所に場所を案内してほしいとの問い合わせもあったという
そんなこんなで"暑さ"で急に有名になった町。もちろん今年の暑さに「参った」という声が多かった。街中の喫茶店の店主はこう嘆く。
「集客に最悪な影響を与えてます。7月30日は客ゼロでした。暑すぎて、誰も外を歩いてない。店は開けてましたけど、誰ともひと言も話さなかった日でした(笑)」
70歳の電器店の店主もため息交じりに話してくれた。
「この暑さで、夏のエアコン取りつけ工事が一番きつい仕事になってます。私が若い頃は午前中に1台、午後から2台、1日最低でも3台はいけたんです。ところが高齢になって、さらにこの暑さ。朝の涼しい時間に1台取りつけるのがやっとになってきました。
さらに今年はかつてないほど暑い。1日仕事をするとそのダメージがきつくて、次の日は休まざるをえなくなって、今は2日で1台のペースがやっとです」
柏原町は緑豊かな農業の町でもある。深刻なのは、この暑さで稲の生育が悪く、米の収穫量がかなりダウンしているということ。稲刈りをしていた農家の方に話を聞いた。
「稲は温度の低い水を入れてあげることで、いいお米が取れる。気温と一緒に水田の水の温度も上がってしまったので、稲には悪影響でしたね。
ただ、それよりも今年の稲作への一番のダメージは、あまりにも暑いので、私ら農家が水田の様子を見に行くことができず、その影響で水田が雑草だらけになってしまったことです。
黄色い稲穂の合間に緑色の草が生えているのが見えると思いますが、あれが雑草です。雑草のせいで収穫量はいつもの年より2、3割は落ちてます」

この暑さで農家の方もあまり外に出られず、稲に交じって雑草が生えていることがわかる(稲より背の高い草)。生育に影響を与え、米の収穫量は減った
別の農家の方も同様に語る。
「最高気温が30℃をちょっと超えるぐらいの夏なら、田んぼを見に行って、草でも生えてたら抜いとこうかな、除草剤でも使おうかなということがやれたんです。
ところが今年のように最高気温が35℃、40℃超えとなると、見てのとおり米を作っているのは皆高齢者ですから、なかなか外に出て田んぼを見て回ることができない。稲作も命懸けになってきてます」
暑さが直接稲に被害をもたらすことよりも、農業従事者に与えるダメージが大きく、結果、稲作に悪影響を与えているようだ。
強烈な暑さに辟易(へきえき)する声もあれば、一方で突然の日本一をもっと有効活用しよう!という声も当然上がった。
丹波市観光協会かいばら観光案内所の中野浩明所長はこう語る。
「柏原は織田家や明智光秀と関係の深い場所で、実は歴史好きにはたまらん町なんです。
そんな柏原の良さを知ってもらおうと制作したのが『41.2℃日本歴代最高記録を更新!!』と書かれたのぼりです」
のぼりは、オレンジを基調として「ようこそ!日本一ホットする町丹波市柏原町へ」の文字が躍る。オレンジは暑い太陽のイメージかと聞くと......。
「それもありますし、柏原は秋になると紅葉がすごくきれいなんです。そんなイメージも込めました。
また、工夫したところは『日本歴代最高記録』の後に『更新』とつけたことです。これで、たとえ記録が抜かれても、更新した事実は変わらないのでずっと使えるなと(笑)」
のぼりを作ると決めたのはいつだったのか。
「記録が出た当日の30日に作るぞと決めて発注してました。完成したのが8月の3日か4日ぐらい。早速、完成したのぼりを案内所の前に掲げました。皆さん足を止めて写真を撮ったりされてました」
ところが、わずか6日間で日本一の座から陥落......。
「明智光秀ではないですが、三日天下に終わりました(笑)。
以前、日本一の最高気温を出した町なんだねと思い起こしていただければ、それでいいかなと思っています」
前出の「山の駅」の店主はこう語る。
「最高気温の41.2℃にちなんだセールをやりました。鱧(はも)のバター焼き、天ぷら、すき鍋などが出てくる『鱧コース』を通常ひとり4800円のところ、最高気温41.2℃にちなんで4120円に割引。テレビ局さんからもぜひ取材させてくださいと頼まれてました。
ところが、8月5日に伊勢崎に抜かれた直後から状況が一変。テレビ局から『日本一ではなくなったので、あの企画なくなりました』と取材のお断りの電話がありました。鱧コースの割引セールは今もやってるんですが、日に日に注文する人は減ってきてますね」

飲食店では41.2℃という数字にあやかったセールを実施
ドタバタだったこの夏の最高気温騒動はどうだったのかと、感想を町民に聞いて回った。商店主はこう喜ぶ。
「柏原を"かしわら"ではなく"かいばら"と呼ぶことを全国にアピールできたことは良かったですね。今夏の甲子園の大阪代表が『東大阪大柏原(ひがしおおさかだいかしわら)』やったんで、ますます柏原をかしわらと読む人が増えそうやなあと思ってたんです。
そんな中、この日本一騒動でかいばらと読む地もあると知ってもらえたのはものすごくうれしいです」
さらに駅の利用客からはこんな話も。
「社会人になってから、ほとんど会う機会のない友達から久しぶりに『柏原が全国最高気温になってるけど大丈夫か。元気にしてるか』とニュースをきっかけに、まったく連絡を取っていなかった同級生から連絡がいくつも来ました。
もし日本一を記録してなかったら、死ぬまで話をする機会はなかったと思います」


柏原町内には織田氏の末裔を祭る織田神社(上)や明智光秀が本陣を置いたとされる柏原八幡宮(下)など歴史好きにはたまらないスポットもある
最後に、のぼりを作った中野所長のアピールで締めてもらおう。
「柏原には丹波攻めを成功させた明智光秀が本陣を置いたとされる国の重要文化財『柏原八幡宮』や、織田信長の流れをくむ織田家の末裔(まつえい)を祀った『織田神社』など、戦国時代の歴史の遺構もたくさん残っています。これをきっかけに来てもらえたら最高です!」
取材・構成・撮影/ボールルーム 写真/時事通信社