規制法施行から25年。なぜ「凶悪ストーカー犯罪」はなくならな...の画像はこちら >>

8月に殺人事件が起きた神戸市の現場マンション付近を調べる兵庫県警の捜査員ら。双方に面識はなく、谷本容疑者が一方的に好意を抱き、つきまといをしていた
1999年に発生した桶川(おけがわ)事件を契機にストーカー規制法が施行されて25年。
幾度かの法改正を経て規制は厳しくなっているものの、ストーカー犯による凶悪な犯罪が今なお頻発している。

警察の捜査体制のほころびから、ストーカー犯罪を根絶できない理由が見えた。

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■凶悪なストーカー事件が多発

1999年、埼玉県桶川市で起きた桶川ストーカー殺人事件を契機に、それまで処罰が困難だったつきまといや嫌がらせ行為などの立件を目的とした「ストーカー規制法」が2000年に施行されてから、今年で25年。ストーカーの危険性は社会に認知されてきたが、凶行はいまだ後を絶たない。

兵庫県神戸市では8月、自宅マンションに帰宅した会社員女性(24歳)が、2日間にわたって尾行を繰り返した谷本将志(まさし)容疑者(35歳)にエレベーター内でナイフで刺されて殺害された。両者に面識はなく、谷本容疑者は「好みのタイプだと思って後をつけた」などと供述している。

谷本容疑者は22年に、別の女性に対して約5ヵ月間、つきまといや動画撮影を繰り返した挙句に首を絞めたなどとして有罪判決を受けている。当時の判決で裁判長は「再犯が強く危惧される」と指摘したものの、執行猶予を与え、その期間中に今回の事件が起きてしまった。

神奈川県川崎市でも4月、無職の白井秀征(ひでゆき)被告(28歳)の自宅から白骨化した遺体が発見された。

鑑定の結果、遺体は白井被告によるストーカー被害を警察に訴え、昨年12月から失踪していた同市内の女性(20歳)と判明。検察はその後、女性の殺害やストーカー行為で白井被告を起訴した。

一方、事件前に女性から被害相談を受け、白井被告にも接触していたにもかかわらず、事件を未然に防げず、遺体発見にも長時間を要した神奈川県警には厳しい批判が集中。被害者の関係者らが所轄警察署に大挙して乗り込む事態に発展した。

規制法施行から25年。なぜ「凶悪ストーカー犯罪」はなくならないのか?
4月に起きた川崎ストーカー死体遺棄事件の現場住宅前で手を合わせる被害女性の友人ら。白井被告からのストーカー被害を繰り返し訴えられるも、警察はまともな捜査をしなかった

4月に起きた川崎ストーカー死体遺棄事件の現場住宅前で手を合わせる被害女性の友人ら。白井被告からのストーカー被害を繰り返し訴えられるも、警察はまともな捜査をしなかった
中部地方の警察本部に勤める現職刑事は、ストーカー捜査の難しさを明かす。

「神戸の事件は事前の被害申告がなく、通り魔的に襲われた。裁判長は再犯の恐れを指摘していたようだが、薬物や放火、わいせつ事件でも判決で同様の文言が述べられる。こういったヤツらを24時間、365日監視するのは不可能で、防ぎようのない事件だった。

一方、川崎の事件は、もっと前のめりになっていれば防げたはず。ただ、過去に婚姻、交際関係だった場合のストーカー相談でよくあるのが、被害者は当初は深刻に訴えるが、数日間で相手とヨリを戻して被害届を取り下げること。ふたりの間に子供がいた場合、『父親がストーカー犯になったら子供がかわいそう』と心変わりするケースも。そうなると捜査が水の泡になるので、被害相談を懐疑的に受け流すムードはある」

福岡県警で10年近くストーカー対策を担い、今年3月に退官して現在はもりやま行政書士事務所に勤める盛山隆志氏が、現職時代を振り返る。

「まずストーカー相談においては、当事者双方から話を聞き、俯瞰(ふかん)して判断しなければなりません。警察に被害を申告しているのに、その裏で自ら加害者に親しげに連絡を入れているなんてケースはザラにありますし、被害者の一方的な思い込みの場合もある。加害者への聴取や、通話やメールの履歴なども基に総合的に調査します。

緊急性を要するか否かの判断力も大事。慣れている私でも、『明日、加害者に話を聞きに行こう』と油断した矢先に、加害者が被害者の自宅に突撃してきたことがあった。幸い事件には発展しませんでしたが、肝を冷やしました。ストーカー事案は事態の展開が読みにくい上、警察が先走ると相手が逆上して『職権乱用』『人権侵害』と訴えてきて、状況が悪化する可能性もあるんです」

人間の心の機微を読む専門的な作業で、対応できる人員は限られる。その上、膨大な業務量が待ち受けている。

「小さい警察署だと一班3人で、ストーカーだけでなくDVや虐待などの人身安全事案も扱います。こうした事案は経過確認が必要なので、解決までに一件で3~6ヵ月を要し、私は常に50件近く抱えていました。

また、被害相談者との密なコンタクトが必要になりますが、こちらから電話をかけても常に出てくれるわけではない。連絡が取れないなら解決したのだろうと放置して、実は殺されていたとか、監禁されていたとなっては責任が問われるので、何度も自宅を訪問したり手紙を書いたりする必要がある。1人当たりの業務量が多いので、担当の警察官の経験や覚悟が欠けると、重大事件を招きかねません」

■ストーカー事件を腫れ物扱いで敬遠

ストーカー事案は、加害者に〝問題行動〟だという自覚がないのも特徴だ。

「私の経験では、事案のうち高齢者が関わっているのが2、3割あり、最高齢は78歳でした。スマホやネットがない時代を過ごしてきたお年寄りは、好意のある相手を待ち伏せして声をかけることこそが、愛情の証明だと誤解しているケースが多い。

被害相談が入って注意しても聞き入れず、『美徳だろ』と逆ギレされることも多々ありました」

警察もストーカー問題を重要課題と認識し、危機意識を募らせているというが......。

「夜間や休日は当直態勢になるので、刑事や交通など他の部署の者が対応することになる。ストーカー事案は恋愛や怨恨が介在した複雑な問題なので、一部の警察官からは『専門外のもめ事に首を突っ込んで、厄介事に巻き込まれたくない』という空気を感じます。 

当直が明けて私のところに報告が上がると、明らかに急を要する事案なのに手つかずで驚かされたことも。逆に、大した事案でもないのに、ストーカー問題に敏感になりすぎて、重大事案のように報告されたこともあった。世間の関心事になるあまり、警察が翻弄(ほんろう)されている印象すらあります」

神戸市の事件のように、再犯の可能性をはらむストーカー犯。欧米では、前科者にGPSの装着を義務づけることもあるという。

「GPSで監視しても、神戸で起きたような通り魔的な事件まで防ぐことは難しいでしょう。そもそも、ストーカーで凶悪犯罪に及ぶのは一握り。しかし、それすら起こさせないためには、ストーカー事案に精通し、被害相談に真剣に向き合える警察官を増やすべきです」

ストーカー犯罪の犯行態様は多岐にわたるが、事前に被害申告や前科情報を把握し、適切な対応を取ることで、最悪の事態を防ぐことも不可能ではないだろう。被害者の安全と、加害行為をするかもしれない者の人権という二律背反に向き合いながら、警察の苦闘は続く。

取材・文/武田和泉 写真/共同通信社 時事通信社

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