34年ぶりの東京開催となった世界陸上が閉幕しました。私は今大会、国立競技場に3度足を運び、そのたびに胸が熱くなりました。
スタンドに観客が一人もいない東京五輪の国立競技場。静まり返った空間には選手紹介と競技結果のみがアナウンスされ、淡々と競技が進んでいった
こうした感慨は、私だけでなく、現地で顔を合わせた多くのスポーツ関係者(各競技団体、JOC、メディア、スポンサー企業の方々)も口にしていた言葉です。あの静まり返った五輪の記憶があるからこそ、今回の歓声と熱気はより特別に感じられたのだと思います。
開催9日間の入場者数は61万9288人。1991年大会を上回り、毎晩のように熱気に包まれた国立競技場では、観客の声援がアスリートの背中を押していたように感じました。
選手たちに超満員の観衆から大声援が送られる。競技を終えた選手たちはメディアの前で「背中を押してもらった」「鳥肌立ちました」と、応援への感謝の気持ちを次々と口にした
テレビの前でも同じ熱狂がありました。最終日(21日)の中継は平均視聴率19.1%、瞬間最高は31.7%を記録。期間中は連日2桁を超える視聴率が続き、日本列島が陸上競技で一つになった時間でした。
放送面では、中継を担当したTBSが28年ぶりに女性アナウンサーを実況に起用するなど、変化の兆しも見えました。スポーツ実況といえば男性という固定観念が徐々に崩れつつあり、これはジェンダー平等の視点からも意義のある一歩です。
競技面では、日本代表の健闘が光りました。メダル数は銅2つでしたが、入賞数は過去最多タイの11。競歩の勝木隼人(かつき・はやと)選手、藤井菜々子選手のメダルに加え、男子110mハードルの村竹ラシッド選手(5位)、女子10000mの廣中璃梨佳選手(6位)、男子400mで日本新を出した中島佑気ジョセフ選手(6位)など、多様な種目での躍進が目立ちました。混合リレーや走高跳、3000m障害などでも決勝に進出し、日本陸上の地力が着実に上がっていると感じました。
その背景には、日本陸連が2014年に創設した「ダイヤモンドアスリート」制度の存在があります。U20世代の有望選手に対し、競技力だけでなく語学やメディア対応、リーダーシップまで含めた多面的な育成が行なわれています。やり投げの北口榛花(きたぐち・はるか)選手、100mのサニブラウン・アブデル・ハキーム選手、競歩の藤井菜々子選手、3000m障害の三浦龍司選手、走幅跳の橋岡優輝選手ら、国際舞台で活躍している多くの選手がこの制度から巣立ちました。
私もこの方針には強く共感しています。どれだけ才能があっても、それだけで世界と戦えるほど甘くはありません。才能を磨くためには、そのプロセスを支える環境と仕組みが不可欠です。
競泳と陸上は、ともに「記録」で評価される競技ですが、国内大会と世界大会の決勝で叩き出す記録では意味合いがまるで違います。世界のトップと肩を並べ、勝負の中で生まれる記録こそが真の実力です。その実力を身につけるには、選手だけでなく、指導者やスタッフも含めてグローバルに戦える人材育成が欠かせません。この点は、どんな競技にも共通する「強化の本質」だと私は思います。
また、今大会が広く受け入れられた背景には、東京五輪が開催された当時の社会状況との違いも大きいと感じます。2021年はコロナ禍の真っ只中で、無観客、厳戒態勢、そして大会前から不祥事も重なり、どこか緊張感や疑念が漂っていました。
一方、今回の世界陸上は、日常が戻った中で、みんなで思いっきり応援できる空気が整っていました。五輪ほどの規模ではない分、アスリートのひたむきさや競技の純粋な面白さが際立ち、多くの人が自然と感動し、楽しめた大会だったと思います。
そして何より、スポーツを応援し、足を運び、時にはボランティアとして支えてくれる方々が、こんなにもたくさんいるという事実に私は改めて勇気づけられました。
国立競技場に詰めかけた人、人、人。スポーツを愛し、応援してくれる人がこれほど多くいることに、いちアスリートとして改めて勇気づけられました
こうした期待にスポーツ界が応えるには、一過性の盛り上がりに頼るのではなく、単一競技の世界大会や国際大会の開催実績を積み重ねることが重要です。
今後も日本では、さまざまな国際大会が予定されています。たとえば、東京2025デフリンピック(11月)、アジア競技大会・アジアパラ競技大会(2026年、愛知・名古屋)、ワールドマスターズゲームズ関西(2027年)などです。これらを単なる"イベント"で終わらせず、スポーツの価値が日常に染み出していくような機会にできるかどうか。
それは競技団体や行政だけでなく、私たちアスリートのスポーツへの関わり方にもかかっています。応援し、支え、楽しみ、そして次世代へとつないでいく。その積み重ねこそが、日本のスポーツ文化をより豊かで、力強いものにしていくと、私は信じています。
日本のスポーツ文化をより豊かで力強いものにしていくために、自分にできることは何なのか。引き続きアスリートの立場からスポーツとのかかわり方を模索していきます
文/松田丈志 写真提供/Cloud9



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