ひろゆき×進化生態学者・鈴木紀之のシン・進化論⑨「進化の過程...の画像はこちら >>

「『遺伝子という情報を、いかにして次世代に伝えるか』というのが生命現象の本質」と語る鈴木紀之先生

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。進化生態学者の鈴木紀之先生をゲストに迎えた9回目です。

進化生態学というと、生物のことだけを研究してると思っていたのですが、実はDNAのことも研究しているようです。ひろゆきさんの素朴な疑問を鈴木先生に聞きました。

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ひろゆき(以下、ひろ) 先生のお話によると「生物は進化の過程の中でDNAが長くなりがち」ということですよね。でも短いほうが効率良くないですか? 必要なエネルギーやコピーするときのミスも減りそうですけど。

鈴木紀之(以下、鈴木) 実は生物の進化の歴史は、突き詰めると「遺伝子がどうやって効率良く複製され、次世代に継承されていくか」の歴史とも言えるんです。

ひろ ということは「DNAがやたらと長くなる」問題にも何か意味があるんですか?

鈴木 はい。DNAは分子が長く連なった構造をしていて、その中に遺伝子が散らばって存在します。そして、遺伝子には「メラニンを作る」「目の色を決める」といった機能を持つものもありますが、大部分は何もしていません。役に立たないガラクタみたいなものだということで、かつてはそれを「ジャンクDNA」と呼んでいました。

ひろ じゃあ、なぜ、その〝ガラクタ〟の部分は消えずに残っているんですか?

鈴木 それは、機能を持つ重要な遺伝子のすぐそばにあることで、一緒に次世代にコピーされやすいからです。

ひろ でも、それって生物にとっては無意味じゃないですか。「効率悪いからやめよう」と制限するような力は働かないんですか?

鈴木 そこが進化の面白いところで「個体にとっての効率」と「遺伝子にとっての効率」が必ずしも一致しません。

「遺伝子という情報を、いかにして次世代に伝えるか」というのが生命現象の本質なので、その流れを止める強力なメカニズムは働きにくいんです。

ひろ パソコンのデフラグみたいに、断片化された情報は整理してクリーンアップしたほうが絶対に効率がいいだろうって素人考えでは思ってしまいますけどね。

鈴木 残念ながら生物の進化の過程では、そうしたメカニズムはあまり発達してきませんでした。

ひろ そこがすごく不思議なんですよ。「適者生存」という言葉から一般的にイメージするのは、生物が環境に適応するために激しい競争をずっと続けてる姿ですよね。

鈴木 そうですね。実は私たちが普段使う適者生存という言葉は、少し大ざっぱな表現なんです。生物が環境に適応して生き残ってきたのは自然淘汰の結果ですが、進化の本質は「遺伝子がきちんと次世代に伝わるか」です。そのために個体や種にとって効率がいいかどうかは二の次で、DNAにはムダが多く残ってしまった。

ひろ なんだか人間社会の構造と似ていますね。DNA様という一部の権力者がブクブクと肥えるために、庶民(生物)が必死に働いて税金を納めているみたいな(笑)。んで、庶民は権力者には逆らえず、権力者はますます肥大化していく。

なんとも皮肉で面白いです(笑)。

鈴木 その視点をわかりやすく伝えたのが、生物学者のリチャード・ドーキンスによる「利己的な遺伝子」という概念です(1976年に書籍『利己的な遺伝子』が発売)。彼は私たち生物の個体は遺伝子の乗り物に過ぎないと言っています。この遺伝子中心の考え方は、DNAの構造が解明され始めてからの話なので比較的新しい視点です。まあ、この視点を知って幸せになれるかどうかはまた別の話ですが。

ひろ 「自分が生まれた意味は、遺伝子を後世につなぐため」という身もふたもない感じになりますからね(笑)。

鈴木 でも、生物学的な事実をベースにすると、そういう解釈になるんです。

ひろ 僕はそういう話を面白いと思うタイプなんですよ。例えば、物理学や天文学の発見って、「宇宙の果てはこうなっているらしい」と聞いても、「へぇ、そうなんだ」で終わることが多いじゃないですか。自分の生活とは直接関係ない。

でも、生物学の発見は「あなたの存在理由は、遺伝子を運ぶためでした」とか「その努力は、実はあなたの生存にはあまり関係ありません」みたいに、自分の存在の無意味さまで証明しかねない。人が生きることに直接的なインパクトがありますよね。

そして、多くの人が信じている宗教の教えなども、学問的にはある意味で否定してしまう。

鈴木 そうなんです。だからこそセンシティブな分野でもあります。「なぜ自分は生きているのか」を進化や遺伝子の視点で考えると「え?」と思ってしまうこともある。ただ、それは単に生物学的なロジックに過ぎません。そこから、自分の価値をどう考えるかが大事なんです。

ひろ でも、反発も大きそうですよね。

鈴木 はい。この分野は非常に誤解されやすいんです。特にドーキンスの『利己的な遺伝子』は専門家である私が読んでも難しめで、高い科学リテラシーが求められます。ですから、一般の方が読んでその真意を理解するのは、かなり難しいかもしれません。

ひろ 一般的には「科学で世界の仕組みを解明するのはいいことだ」と多くの人が同意するじゃないですか。

でも、なぜか進化論に関しては、「それ以上、研究してはいけない」と圧力をかける国や、「そんなものは存在しない」と教える人たちがいますよね。

鈴木 はい。ドーキンスも本を出した後に世界中からすさまじい誹謗中傷を受けたそうです。日本は欧米ほど創造論の影響は強くはないので、そこまで激しい批判はありませんでしたが。

ひろ 創造論っていうのは、神がすべての生物の種類を現在の形で創造したとする考えですね。これをガチで信じている人も海外では多いですよね。

鈴木 そうですね。多くの人が生物学の知識を人間社会にそのまま当てはめたがりますが、それは非常に危険です。人間社会は生物学とは別の文脈で築き上げてきた法律や文化、倫理があります。例えば「人の能力や性格は遺伝で決まるのか。それとも環境で決まるのか」というテーマは、優生思想や差別につながりかねない。昔から非常にセンシティブな問題として扱われてきました。

ひろ 普通の学問って、「これを知りたい」という純粋な探究心で研究を進めて「わかった! やったー!」という喜びで完結するじゃないですか。でも進化生物学は、何かを発見するたびに、その発表の仕方について社会状況や文化にまで気を配らなければならない。

鈴木 おっしゃるとおりです。そのあたりのバランス感覚は非常に難しい。研究者も表現を誤ると炎上します。だから、ひろゆきさんのような人がいると心強いんですよ。

ひろ お、そうなんすか?

鈴木 正しい知識を持った上で、恐れずに切り込んでいける人がいれば、この分野の議論はさらに深まっていくのではないかと思います。そういった意味でも、ひろゆきさんのように影響力のある方が進化に関心を持ってくださり、こうしてメディアで発信する機会をいただけるのは、進化生物学の裾野を広げる上で非常に有意義なことだと感じています。

ひろ うへへ。ありがとうございます。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■鈴木紀之(Noriyuki SUZUKI) 
1984年生まれ。

進化生態学者。三重大学准教授。主な著書に「すごい進化『一見すると不合理』の謎を解く」「ダーウィン『進化論の父』の大いなる遺産」(共に中公新書)などがある。公式Xは「@fvgnoriyuki」

構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上隆保

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