「切腹するのはなぜ?」「武士道の実態は?」日本人も知らない戦...の画像はこちら >>

「江戸時代の武士は、いわば終身雇用があった時代のサラリーマン。一方、戦国時代の武士は転職を繰り返すジョブホッパーに似ています」と語るフレデリック・クレインス氏

2024年から放送・配信されている、戦国時代の日本が舞台の米テレビドラマ『SHOGUN 将軍』が、米国で優れたテレビドラマに贈られるエミー賞において史上最多となる18部門を受賞した。

主演・プロデューサーを務めた真田広之や時代劇専門スタッフが参加したことがリアルな演出につながったといわれる。

だが、国際日本文化研究センターのフレデリック・クレインス教授がプロジェクトに参加し、時代考証を担当していたことはご存じだろうか? そんな同氏の新刊『戦国武家の死生観 なぜ切腹するのか』の出版を受け、戦国時代の武士について話を聞いた。

* * *

――先生はベルギーご出身ですが、なぜ日本、特に戦国時代に興味を持たれたのでしょうか?

クレインス まったくの偶然でした! 幼稚園のクラスメイトに日本人がいたんです。その後、小学校4、5年生まで一緒に学び、彼の帰国後も文通を続ける中で、日本に興味を持ちました。

昔のことですから、本だけが日本を知る唯一のメディアです。街の本屋で日本についての本を買いあさって読むようになったのですが、私があまりに日本の本を買うので、しばらくすると店員さんに覚えられてしまいました(笑)。

あるとき、小学校で日本についての歴史ドラマが放送されると聞きつけました。それが、1980年に制作された三船敏郎主演の『将軍 SHOGUN』。このドラマは学校でも大人気でしたが、みんなはサムライたちの戦いに注目していた。

でも私は、辞世の句、茶の湯といった日本の文化に心引かれました。特に戦国の人々の心、その行動原理に興味が湧いたのです。

――それで日本に?

クレインス 日本について勉強したいと思い、大学を探しました。

すると偶然、私が進学する前年に、ベルギーの大学でも日本学科が新設されていたんです。「私のために開設された学科だ!」と入学しました。その後、19歳で日本に来てから、ずっと日本で過ごしています。

――そこで戦国時代の研究を始めたのでしょうか?

クレインス 京都大学の大学院に進学してからは、まず江戸時代の研究をしました。そこから戦国時代にさかのぼっていった。西洋人として、日本の歴史学にどのような貢献をできるかを考え、古文書とヨーロッパ側の史料の両方を検討しようと思いつきました。

――『SHOGUN 将軍』の時代考証への抜擢はそれで?

クレインス スタッフが名前を見て、「英語ができそうだ!」と思ったのかもしれませんね(笑)。でも、物語の主軸である、ジョン・ブラックソーン(三浦按針[あんじん]に着想)、吉井虎永([とらなが]徳川家康)、戸田鞠子([まりこ]細川ガラシャ)を研究していたので、結果としてぴったりでした。

――時代考証ではどのようなアドバイスを?

クレインス ハリウッドでは、日本の「サムライ」がステレオタイプ化していましたが、それを繰り返すのは嫌でした。第1話の脚本を読んでも同様の印象を受けたので、30ページぐらいかけて内容の批判を行なったんです。すると、それを読んだプロデューサーから「全面的にあなたに従って修正する」と返事が来て。驚きましたね。

物語の舞台になった関ヶ原の合戦の前後にあたる慶長期の衣裳や髪型、セット、動作、日本語のセリフなどについて要望を出したらどんどん採用してくれました。結果として、完璧ではないですが、かなり正確なものになったと思います。

――例えばどんな修正が?

クレインス 衣裳ですね。日本の時代劇でも、江戸時代の着物を戦国時代の人物が着ていることがあるんですよ。でも、ふたつの時代の服は違う。戦国時代の小袖の資料をハリウッドへ大量に送り、向こうのスタッフに作ってもらいました。

また、夜のシーンでは灯(とも)し油をたくさん置いてもらった。リアルな上に、美しい映像表現でした。

――先生の新刊でも扱われている切腹についても、ステレオタイプがある?

クレインス はい。外国人が書いた日本人論である『菊と刀』などの本を通して西洋に伝わった「武士道」は、騎士道の概念を当てはめて、西洋人向けにわかりやすいようアレンジされているんです。

だから、西洋人は切腹を「本当はやりたくないが、上から命令されたら命を惜しまずにやる」行為であり、残酷な罰だと理解しています。ですが、戦国時代の武士はそうとらえておらず、切腹をより主体性がある行為ととらえていました。

つまり、切腹は名誉ある行為だった。それに、割と感情的に決断して腹を切っていたようです。

――へぇ~。武士というと感情を抑えて、主君に仕えるというイメージでした。

クレインス それは江戸時代に作られたイメージですね。徳川家が幕藩体制を固めると、儒教の一派である朱子学がイデオロギーとして採用され、それにより主君に忠実でなければならないという倫理観が提示された。

ですが、戦国時代は違います。主君と家臣の関係はもっと個人的で情緒的なもの。家臣は主君がダメだと思ったらすぐに乗り換えます。個人同士の信頼関係が大事でした。戦国の武士は転職を繰り返すジョブホッパー的、江戸時代の武士は終身雇用的と言えるかもしれません。

――江戸時代に入るとすぐに変わってしまったのでしょうか?

クレインス いえ。

慶長期から江戸文化が花開く元禄期まで、100年ぐらいかけて変わっていきました。戦国時代はいつ死ぬかわからない不安定な時代。人々は信心深く、仏教をはじめとした宗教に頼りました。

仏様や神様が守ってくれるという感覚と共に戦に入っていた。一方、江戸時代の武士は仏に祈ることより、行動規範を守り、自分を向上させることが大事です。仏教から儒教にイデオロギーの軸が移ったわけです。

――とすると、終身雇用制が崩れた日本は戦国的になる?

クレインス みんなが同じ人生を歩む時代じゃなくなり、自由に生き方を選べるようになってきています。戦国時代の生き方に少し似ていると思います。世の中が無秩序になれば、また信長や秀吉、家康のような英才が現れるでしょう。

特に信長の「天下布武」には、天下を自分のものにするのではなく、新しい社会をつくっていくという理念が込められています。今まさに、私たちもその岐路に立っているのかもしれません。

●フレデリック・クレインス
1970年生まれ、ベルギー出身。

ルーヴァン・カトリック大学文学部を卒業後、京都大学大学院人間・環境学研究科に進学。博士(人間・環境学)。国際日本文化研究センター副所長、教授。専門は戦国文化史、日欧交流史。著書に『オランダ商館長が見た 江戸の災害』(講談社現代新書)、『ウィリアム・アダムス 家康に愛された男・三浦按針』(ちくま新書)、『戦乱と民衆』(共著、講談社現代新書)、『明智光秀と細川ガラシャ 戦国を生きた父娘の虚像と実像』(共著、筑摩選書)などがある

■『戦国武家の死生観なぜ切腹するのか』
幻冬舎新書 1056円(税込)
死は"生の完成形"!? 常に戦と隣り合わせで生きた武士たちの死生観を中心に、ベルギー人研究者が戦国時代の実像に迫った一冊。歴史好きなら誰もが知る本能寺の変、比叡山焼き討ち、鳥取の飢え殺しなどなど......エミー賞受賞の戦国ドラマ『SHOGUN 将軍』の時代考証を担当した気鋭の歴史学者が新たな戦国の見方を解説。時代劇でよく見る官僚的で上に逆らわない江戸時代の武士とはひと味違う、戦国武士の世界をのぞき見ることができる

「切腹するのはなぜ?」「武士道の実態は?」日本人も知らない戦国時代のリアル

取材・文/室越龍之介 撮影/クレインス桂子

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