人類学の泰山北斗、長谷川眞理子氏と山極寿一氏
霊長類の研究からキャリアをスタートさせ、ヒト、ひいては社会へも鋭いまなざしを向ける人類学の碩学の特別対談が実現!! 山極寿一(やまぎわ・じゅいち)氏と長谷川眞理子氏、ふたりの長年にわたる研究テーマである「性」について、存分に語り尽くしてもらった!
* * *
【男尊女卑の時代】長谷川眞理子(以下、長谷川) 初めて山極さんを知ったのは、私が東京大学の修士1年のときでしたね。ほら、山極さんが、高宕(たかご)山(千葉県)のサルの形態を調べたいのだけれど......と言ってきたのよ。
山極寿一(以下、山極) そうそう、当時の僕は京都大学の修士2年でね、全国のサルの形態について調べていたんだ。その一環として高宕山に調査に行くことになったので、そこでサルの調査をしていた眞理子さんに、現地の事情を聞いてみたんですね。
長谷川 私は学部3年生の頃から、まだ結婚していなかった亭主(行動生態学者の長谷川寿一[としかず]氏)と一緒に高宕山に行っていましたからね。それで、山極さんに東大の調査小屋を使わせてあげたの(笑)。でも、山極さんは、どうしてサルの研究を始めたのでしたっけ。
山極 僕は、学部時代はスキー部でノルディックをやっていたんです。それで、長野県の志賀高原で練習していたら、サルを観察している人がいたんだな。
で、「サルを知ることは人間を知ることだ」なんて言うその人が京大理学部の先輩だったんですね。それで、そんな学問もあるのかと思って、スキーをやめてサルの観察を始めたんです。
長谷川 私は特にサルに関心があったわけではなくて、どこか人跡未踏の地で動物の研究をしたかった。ところが当時の東大では、個体としての動物の行動を研究できる場所がほとんどなかったんですね。遺伝子などのミクロな単位や数理的なことばかり。
それで私は辛うじて、ヒトに近い霊長類の行動研究をやっている人類学教室に入ったのだけれど、「ここは人類学だから、動物はサルしかできない」って。それで「サルでもいいか」と思って始めたわけです。
日本固有種であるニホンザル。長谷川氏は学部生時代から千葉県の高宕山に調査に入り、ニホンザルの育児行動の研究を行なった
山極 あの頃の眞理子さんはサルの母子関係の研究をされていましたよね。それはどうして?
長谷川 指導教官が、「女の子だから母子関係の研究でもやったら?」と言ったのよ! 私はどうしても山を歩きたかったから「はい、やります」と言ったけれど。あの頃は、学問全体が男の目線で動いていましたね。
山極さんと知り合った翌年に私は結婚したのだけれど、式にお招きした偉い先生が祝辞で「これで眞理子さんは引退するんでしょうが......」なんて言ったのね。それで私は怒ってしまって、披露宴はずっと仏頂面でした。そういう時代だったんです。
山極 女性は寿退社するのが当たり前だと思われていた時代でしたね。つまり、さっさと社内でいい旦那を見つけて結婚して退社して、あとは家庭で支えなさいと。
【メスが群れを動かす】山極 研究者の世界も男性中心でした。
長谷川 例えば「フィメールチョイス」がそうですね。メスによる、配偶者としてのオスの選び方が進化に影響する現象です。生物学者同士の夫婦が増えて、動物のメス側の視点も導入できたことで発見されたのではないかと言う研究者もいました。
山極 1980年代から、霊長類研究では群れのあり方が主要な研究テーマになってきたのですが、そもそも群れの必要性は、出産や子育てがあるメスのほうがオスより大きいわけです。そしてメスは寄ってくるオスを、子育てや食物採集、天敵からの防衛などに、いわば利用する。オランウータンを例外として、霊長類はこうした群れをつくっています。
ところが面白いことに、ほかの哺乳類のメスは、オスを必要としないんだな。メスだけで群れをつくる。
長谷川 そうそう。
山極 つまり霊長類のメスは、オスと一緒に暮らす道を選んだわけです。メスは、パートナー選びを通して群れのあり方を大きく左右する。
長谷川 テレビ番組や動物園の解説などで、特定のオスザルを指して「群れのリーダー」などと言いますよね。あれも良くないと思うな。オスが群れを統率しているような印象を与えますが、実際のニホンザルは、メスの群れに、メスによって選ばれたオスが加わっている形です。
オスのほうが体が大きいし、オス同士には優劣がありますから、あたかもトップのオスが群れ全体に命令を下しているような気がしてしまいますが、違います。どこに行くか、どこで食事を取るかを決めているのはメス集団です。
山極 よくオス同士の抗争を「ボスザルの交代劇が......」などと解説していますが、あれも誤りですね。屋久島のサルで観察されたのですが、ほとんどのオスの個体は、同じ群れに5年以上とどまることができません。上位のオスであっても、メスに嫌われると出ていかざるをえないからです。メスがオスの地位を操作しているわけだ。
研究者も時に「リーダー性」といった言葉を使いますが、それはフィクションであることを知って言っています。でも世間では、オスのリーダーがメスたちを従えているようなイメージが独り歩きしていますね。
山極 ヒトの祖先も、オス・メスはかなり平等だったと思いますが、ある時期から男性同士が連帯してホモソーシャル(男性間の恋愛を伴わない結びつき)を築くようになり、女性を所有物として扱うようになった。思うに、これは狩猟採集生活から定住生活に移り変わったことと関係があるんじゃないかな。
長谷川 そう思います。定住と農耕・牧畜が始まった、約1万年前からの話ですよね。
私自身、今以上に男性社会だった研究の世界で経験してきたのだけれど、男の人って必ずセクトをつくるじゃない?
山極 そうそう(笑)。派閥ができるんだ。
長谷川 あれって、男の人の特徴だと思うんだ。女はあまりしないな。
私たちが学生だった頃は、いろいろな学説があって、みんなケンカしてたじゃないですか。特に京大は。ところが女である私と対峙(たいじ)すると、ケンカしている男たちがバチッと一枚岩に連帯するのよ。
山極 そうかな?(笑)。しかし実際、人間の男性は連帯して女性から自由を奪いつつ、「女は男に仕えるべし」というモラルをつくり上げましたね。フリードリヒ・エンゲルスは『家族・私有財産・国家の起源』で、「女性があるときから男性に権力を譲ったのが誤りだった」という意味のことを書いていますが、それがいつ、どのように起こったのか。
長谷川 実は、ヒト以外に、ヒトに近いチンパンジーもオス同士が連帯するんですね。ヒトとチンパンジーの共通祖先がいたのは600万~700万年前ですが、900万年前くらいに分岐したゴリラでは、オス同士の連帯は見られません。
だから、最も初期のオスの連帯は、ゴリラから分かれた少し後の、ヒトとチンパンジーの共通祖先で始まったのではないかと思うな。
山極 僕はちょっと異論があって、ゴリラには一夫多妻の家族があるけれど、チンパンジーにはなくて、メス同士・オス同士が連帯する大きな集団が離合集散するわけですね。人間の祖先は、ゴリラ的な家族を保持しながら、オス同士が連帯するようになったんじゃないかな。
山極氏が研究対象とするゴリラ。アフリカの熱帯雨林に生息し一夫多妻の家族集団を形成する
長谷川 ヒトだけ、社会の単位に二重構造がありますね。家族をつくる動物の社会は、家族という単位だけ。別の群れをつくる動物の社会は、その単位だけ。
しかしヒトは、一夫一妻的なオスとメスのペアと子供が家族をつくり、さらにその家族がいくつも連帯して社会を構成する。二重なんです。これはヒトの社会だけの特徴ですから、なんらかの説明が必要だと思うな。
山極 それには、ヒトの祖先が、安全な森から肉食獣が多くて危険なサバンナに移り住んだ影響が大きいと思う。森の中では小さな家族的な集団でよかったけれど、サバンナではもっと大きな単位で連帯して身を守らないといけない。その過程で、オス同士・メス同士の連帯が始まったのではないか。物的証拠がないので、難しい話ですけれどね。
【ヒトの奇妙な性と食】山極 連帯を築く上で非常に重要だったのが、直立二足歩行が可能になり、食べ物を持ち運べるようになったことだと思う。チンパンジーもほかのサルも、ヒトのように物を運ぶことはできません。しかしヒトはできるから、食べ物を安全な場所に運んで、みんなで食べることができました。
共食はヒトの特徴で、肉食動物を除いて、動物は基本的に共食しません。奪い合いになるからね。しかしヒトは食をオープンにすることで、連帯しやすくなった。
長谷川 そうかもしれません。
山極 面白いのは、ヒトでは、食のオープン化と真逆に性を隠蔽(いんぺい)するようになったこと。多くの動物の生殖行為はオープンだけど、ヒトは隠すでしょう? これは、メスを巡ってオス同士の競争が生じやすい性を隠蔽することで、争いを防ぐ効果があったんじゃないかな。
長谷川 それで男同士が連帯できるようになったんじゃない?
山極 そう思いますね。
長谷川 チンパンジーはヒトの逆のやり方で、食と性の競合を防いでいますね。食事は、エサがよほどたくさんある場合を除いて、基本的に一頭一頭が別に取る。一方で、チンパンジーの性は完全な乱婚です。たくさんのオスが、次から次にメスと交尾しますから、競争が生じない。嫉妬が存在しない社会です。
山極 ヒト社会だと、どんな民族も食はオープンですね。しかし、やはりどんな民族も性に関しては逆です。
ほら、今も覚えているけれど、60、70年代にはヒッピー文化の中で、乱婚的なフリーセックスやヌーディスト文化がもてはやされたじゃない? でも、廃れてしまったね。
長谷川 私がヒッピー文化などを例に取って話すときによく言うのが、あの文化の中でさえも、嫉妬はなくならなかったということです。性をオープンにする建前がありながらも、性関係は一対一のペアに限られたんですね。
山極 一見、一夫一妻制ではないように見える社会もあります。例えば、アフリカ南部のカラハリ砂漠に住む狩猟採集民であるサン人は一生の間に何度もパートナーを替えるから、一夫一妻制ではないように見える。だけど、それぞれの瞬間を切り取ると、しっかり一夫一妻制になっていると聞いたな。
長谷川 一夫多妻制に見える文化でも、一度にほれることができるのはひとりだけなんですよ。
山極 昨今耳にする「オープンマリッジ」は、ちょっと難しいかもしれないね。
もしかすると、これからはAIやロボットをパートナーにする動きが出てくるかもしれない。少し話は変わるけれど、大阪・関西万博ではロボット工学者の石黒浩(ひろし)さんのパビリオンを見てきました。心をロボットに移して永遠に生きるか、それとも死を受け入れるべきか、という問いが投げかけられていたな。不死の体を手に入れるのは人間にはまだ早いと思うけれどね。
長谷川 「不老不死」とか「永遠の生命」とか言い出すのは男ばかりですね。同じようなテーマを掲げる女性研究者は見たことがない。歴史上の権力者にしても、不死を求めるのは男が多いじゃない。
山極 確かに。なんでだろう?
長谷川 女性は疲れるのよ。子供を持つとか持たないとか、閉経とか、もうたくさんだと思う。
しかし、なかなか日本社会は変わらないですね。少し前に調べたのだけれど、日本には86もの国立大学があるのに、女性の学長は、最も多いときでも5人しかいなかったの。
帝国データバンクの今年のデータでも、課長以上の地位を占める女性の割合はたった11.1%で、企業の過半数では役員の全員が男です。ずっと言い続けてきたけれど、女性の地位をもっと上げないと。
山極 ヒトの女性と男性は生物学的な条件や資質、戦略は違うけれど、平等になることはできるはず。でも、まだまだ道半ばだね。
●長谷川眞理子 Mariko HASEGAWA
進化生物学者、自然人類学者。1952年生まれ、東京都出身。東京大学大学院理学系研究科博士課程(人類学専攻)単位取得退学、理学博士。早稲田大学政治経済学部教授、総合研究大学院大学学長などを歴任し、2023年から日本芸術文化振興会理事長。著書に『美しく残酷なヒトの本性 遺伝子、言語、自意識の謎に迫る』(PHP新書)などがある
●山極寿一 Juichi YAMAGIWA
霊長類学者、人類学者。1952年生まれ、東京都出身。京都大学大学院理学研究科博士後期課程退学、理学博士。京都大学大学院理学研究科教授、同大学総長などを経て、2021年から総合地球環境学研究所所長。著書に『ゴリラの森で考える』(毎日新聞出版)などがある
取材・文/佐藤 喬 撮影/榊 智朗 写真/iStock
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