盲目の芸人・濱田祐太郎「盲学校には、50代で突然目が見えなく...の画像はこちら >>

盲目のお笑い芸人・濱田祐太郎さん

『R-1ぐらんぷり』第16代王者にして、盲目のピン芸人・濱田祐太郎のコラムが週刊プレイボーイで好評連載中! その名も「盲目のお笑い芸人・濱田祐太郎の『死角からの一撃』」。

第19回は、盲学校に通っていた頃の記憶。

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僕は目の見えない芸人として活動していますが、この連載を読んでいる方の中には、「目が見えない」という状況を自分とは無関係なものだと思っている人も多いかもしれませんね。

ただ、年を取れば老眼や白内障、緑内障になることもありますし、事故や病気で、いつ目が見えなくなってもおかしくありません。僕が学生の頃に通っていた兵庫県の盲学校にも、そういう方が実際にいらっしゃいました。

僕の通っていた盲学校には、普通の勉強をする学部と、マッサージやはりの国家資格を取るための勉強をする学部のふたつがありました。

もともと目が見えていて普通に働いていたけど、事故や病気で突然見えなくなった人は、主に後者の国家資格の勉強をする学部に行きます。要するに専門学校みたいなもので、資格を取って手に職をつけるわけです。

僕も18歳から3年間、その専門学部に通いました。同じクラスには、靴屋で働いていたけど病気で目が見えにくくなり、「まだ少し見えている今のうちに資格を取っておきたい」と話す30代の男性がいました。

マッサージやはりの勉強は、西洋医学と東洋医学という、考え方が違うふたつの医学を同時に勉強するので、それについていくのがなかなか大変そうでしたね。

別のクラスにも同じような境遇の人が何人かいて、中には家庭を持つ50代の男性もいました。突然視力を失い、目の見えない生活にもまだ慣れない不安の中で、それでも働いてお金を稼ぐために資格の勉強をしていました。僕は「大人になると、いろいろ大変なんだなあ」なんてぼんやり能天気なことを考えてました。

ただ、当の本人たちはなかなか楽しそうで、社会人経験のあるおっちゃん同士仲良くなって、昼休みには学校の敷地外でたばこを吸いながら先生の愚痴を言い合ったりしていました。

そこを通りかかったときは正直、「たばこを吸いながら愚痴を言うおっちゃんって、なんてカッコ悪いんだろう」と思いましたよ。おかげで僕は一度もたばこを吸いたいと思ったことがありません。

ただ、やっぱり社会人を経験しているだけあって、言うことはシビアでした。僕は勉強が苦手で、このままの成績だと国家試験に受かりそうにないとなったとき、(靴屋さんとは別の)30代の男性から「才能のないやつは努力しないと何もできないで」って言われました。それを聞いたときにハッとしました、考えてみれば、自分はそんなに努力してなかったな、と。

同じ頃、担任の先生からも「水は低い所に流れていくよ」と言われました。自分の意識をしっかり高く持たないと、周りに流されたり怠けたりしてダメになるよ、という意味の言葉らしいです。そんなこともあって、僕は少し勉強を頑張るようになりました。すると成績も少しずつ上がっていって、無事にマッサージもはりも国家資格を取ることができました。

そしてなんやかんやあって、今はお笑い芸人をやってます。いやー、担任の先生もまさか僕という水がこんな流れ方をするなんて思ってなかったでしょうね。

しかも暑がりで下ネタを話すので、後輩の女芸人から「スケベ半袖」というあだ名をつけられてしまいました。さらにマットヘルスに行ったときには、嬢から「お兄さん、嬢よりマットの使い方うまいね」と言われたこともあります。

乙武(洋匡)さんみたいに、バリアフリーじゃなく〝バリア不倫〟なタレントにならないように気をつけなくっちゃ。

 ●濱田祐太郎(はまだ・ゆうたろう) 
1989年生まれ、兵庫県神戸市出身。2013年より芸人として活動を開始し、『R-1ぐらんぷり2018』(フジテレビ)で優勝。関西の劇場を中心に舞台に立つほか、テレビやラジオなどでも活躍。公式X【@7LnFxg25Wdnv8K5】

撮影/梅田幸太

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