出版界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。
第107回の今回は『ツナグ 想い人の心得』(新潮社刊)を刊行した辻村深月さんが登場してくれました。

辻村さんの『ツナグ』といえばシリーズ累計100万部に達した大ベストセラー。依頼人と依頼人が会いたい死者を再会させる「ツナグ」という役割を担う歩美の葛藤と成長、そして死者と生者を巡るドラマを描き、2012年に映画化もされました。

その続編となる今作ですが、当初辻村さんは続編を書くつもりはなかったとか。その思いが変わった背景にはどんなきっかけがあったのか。そして『ツナグ 想い人の心得』の物語をどう紡いでいったのか、ご本人にお聞きしました。注目のインタビュー、最終回です。


(聞き手・構成:山田洋介、写真:金井元貴)

■綾辻作品に出会っていなければ、今のような作家にはなっていなかった――「新刊JP」は出版や本について専門に扱うサイトなので、読書の楽しさについても伝えていきたいと思っています。辻村さんが最近読んで面白かった本のことを教えていただきたいです。

辻村:『十二国記』の最新刊『白銀の墟 玄の月』です。前の刊が出た時、私は大学生だったのですが、今回の新刊の報を聞いて、「お帰りをお待ちしていました!」という気持ちでずっと楽しみにしていました。

私が作家を職業にしたこともあって、昔からの友達は今はかえって私には普段、本の話をしてこないんです。けれど、『十二国記』の場合は、今の仕事や立場を忘れて新刊の話題で一つになれるんですよね。

学生時代と同じ熱量に戻って「十二国記の新刊出るよね!」と盛り上がれることが本当にすごい。

今回の新刊を読むにあたり、「どんな伏線も見逃したくない」という思いから、この夏はずっとシリーズの最初から全部読み返していたのですが、そうやって既刊を読みながら新刊を待てることに幸せを感じました。

――1991年から続いているシリーズですから膨大な量になりますね。

辻村:今年の夏は『十二国記』ばかり読んでいました。旅行先でも、仕事の合間にも。

最初に『十二国記』を読んだ10代の頃の自分を巡る状況や気持ちも一緒に蘇ってきて、時間を超えて好きでいつづけることができる作品があるということの幸せを堪能しました。

著者の小野不由美さんにも改めて感謝を覚えます。

――もう少し読書遍歴をさかのぼって、物心ついてからはじめて熱中した本を教えていただきたいです。

辻村:小さい頃から絵本は読んでいましたが、物心ついてからということだと江戸川乱歩やコナン・ドイル、アガサ・クリスティー、ガストン・ルルーなどの児童向けに翻訳されたミステリだと思います。

物心ついた時にはすでに本が大好きだったのですが、学校の図書室の本をやみくもに借りて読んでいくなかで、自分がある種類の本を読むとすごくワクワクすると気づいて、それがミステリだったんです。

――江戸川乱歩は私もはまりました。ポプラ社から出ていて、おどろおどろしい挿画が入っていましたね。

辻村:『少年探偵団』シリーズから入って、大人向けの乱歩の世界を読み始めた時の、背徳感と隣り合わせな読書の体験も、その後の自分に大きな影響を与えてくれたと感じています。

――辻村さんと同じように私もミステリが好きだったのですが、そのせいか「謎」や「事件」がない本のおもしろさを理解したのはだいぶ後になってからだったように思います。

辻村:わかります(笑)。私も謎や真相への驚きがなければ物足りない、と感じる種類の読者だったのですが、他のジャンルの本でも、夢中になれるものには誰かの秘密があったり、その作中での「真相」のようなものがある。ミステリでない本にも、ミステリとしての楽しみと読みどころを探せている気がして、ある意味、得な読み方ができているかもしれないです(笑)。

――辻村さんが人生で影響を受けた本を3冊ほどご紹介いただきたいです。

辻村:藤子・F・不二雄先生の『ドラえもん』と、綾辻行人さんの『十角館の殺人』、あとは岡崎京子さんの『リバーズ・エッジ』かな?

――劇場版の『ドラえもん』でどれが一番好きですか?

辻村:それは一つ選ぶのが難しい……。どれを答えても「ああっ、でもあの作品も!」となりそうで。でも子どもの頃に一番繰り返し見たということで『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』と答えたら悔いは残りません(笑)。

――先ほどのミステリのお話と似ているところがありますが、『ドラえもん』もいつの間にか見ていて、いつの間にか好きになっている類の作品かもしれません。

辻村:そうですね。だから、『ドラえもん』のひみつ道具で何が好きかとか、さっきみたいにどの映画が好きかという話題で初対面の人同士であっても盛り上がれる。

みんなが『ドラえもん』にまつわる何かの思い出を持っていて、そういうところにも国民的漫画の凄さを感じます。

『ツナグ』も実際にはあり得ない不思議な設定の話ですが、そうした設定を書くのに抵抗がないのも、自分が『ドラえもん』で育った影響が大きいと思っています。『ドラえもん』の中に出てくる「スコシ・フシギ」はあくまで日常と地続きな場所にある。非日常的な設定にきちんとルールがあって、私たちが自分の身近に不思議な世界を感じられるようになっているんですよね。

――『十角館の殺人』についてはいかがですか?

辻村:さっきお話ししたように、子どもの頃はジャンルに無自覚に本を読んでいたのですが、はっきりと自分がミステリ好きだと自覚したのはこの本がきっかけだったと思います。

小説でしかできない表現のミステリに出会ったことで、「なんてすごいものを読んだんだろう!」と興奮して、読後、自分の部屋の中をうろうろしたのを覚えています(笑)。綾辻さんの本に出会っていなければ、今のような形で自分が小説を書いていることはなかったでしょうね。

この本に出会ったことをきっかけに、綾辻さんが薦めているミステリを読むようになり、自分の中に『十角館の殺人』を中心にした読書の地図みたいなものが一気にできていった。今回の『ツナグ』にしても、何か大きな事件が起きるわけじゃなくても、どの話にも誰かの秘密や著者としての企みがあります。ミステリ以外のジャンルのものを書く時でも、これまで読んできたミステリで培われた文法で自分は小説を書いていると感じるんです。私がかろうじてミステリ作家を名乗れるのは、『十角館』と綾辻さんのおかげだと思っています。

――『リバーズ・エッジ』についてもお願いいたします。

辻村:高校生の時に読んだのですが、いつも寄り道するコンビニになぜか置いてあって、少し開いただけで、その圧倒的な表現や言語感覚に胸を撃ち抜かれました。当時の自分に刺さる言葉も多く、「私たちのための本」だと感じたんです。最後まで少しずつ立ち読みして、すべてを読み終えた頃にようやくレジに持って行ったのですが、そうした出会いの思い出まで含めて大好きな作品です。自分が少年少女を書くことが多いのは、『リバーズ・エッジ』の影響かもしれませんし、いつかこんな物語を書いてみたいと思いながら、今も小説を書いている気がします。

――最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。

辻村:前作から9年経って歩美が戻ってきました。『ツナグ』を読んでくださった方にも、また一味違うパターンの再会をあれこれご用意しましたので、『ツナグ 想い人の心得』もぜひ読んでいただけたら嬉しいです。

初めて読んでいただく方にも、自分だったら誰に会いたいか、自分だったらどうしたか、登場人物の気持ちになって一緒に考えていただけたら。読者の皆さんそれぞれが自分のこれまで生きてきた中での何かを思い出せるような小説になっていたらいいなと思っています。

(インタビュー・山田洋介/撮影・金井元貴)