2011年に『下町ロケット』(小学館/刊)で直木賞を受賞した池井戸さんが『七つの会議』で描いているのは、よくある大企業の子会社「東京建電」で起きた一件の不祥事に揺れる人間たちの姿。
好成績を挙げていた営業課の課長が突然パワハラで社内委員会に訴えられた。一体何が起きたのか? 謎が膨らむ前半と、平社員から親会社の社長まで点が線で結ばれていきながら謎が解けていく後半。全8話から成る本作は、手に汗握る一冊になっています。
では、池井戸さんはこの物語にどのような想いを込めているのでしょうか?
■ 物語のきっかけは「そば屋でのサラリーマンの会話」
―この『七つの会議』ですが、私も会社の中で働いている身として、リアルに感じられる部分が多くて面白かったです。事前に取材などはなさっているのですか?
池井戸さん(以下敬称略) 「取材はあまりしないですね。必要最低限のこと、絶対確認しておかなければいけないことについては取材しますが、それ以上はしないです」
―元々、池井戸さんは銀行員をされていたそうですが、その頃の経験をモチーフとされていらっしゃるということですか?
池井戸 「何百社も見ていれば、似ているところもあれば違う部分もあるので、その経験は反映させています。今回の舞台である『東京建電』も特にモデルはないけれど、『こんな会社はない』という印象は与えないと思いますね」
―ストーリーの展開も、物語が進むにつれて事件が大きくなっていきますし、登場人物も平社員や係長、課長クラスたちの物語から始まり、最後には部長や社長クラスまで巻き込んでいきます。この物語のプロットは書き始めた当初からあったものなのですか?
池井戸 「いや、特にプロットは作らないで書いています。この『七つの会議』はそんなに難しい話ではないので、プロットは必要なかったです」
―この『七つの会議』はもともと日本経済新聞電子版に連載されていた作品ですが、8話構成の連作短編になったのはそのためですか?
池井戸 「特にそういうわけではありませんが、そもそも連載は長く続けるとついてこられなくなる読者が多いので、長編でも、一つずつ話が積み上がっていくような構造にしたんです。
実は連載では第7話までしか書いてなくて、自分の中では事件は終わってしまっていたのですが、よくよく考えてみると、この会社、もう少し何かありそうだなという気がしてきたので単行本化するにあたり残りの一話を加筆することにしました」
―『七つの会議』に出てくる登場人物たちは、単純な勧善懲悪では割り切れない、人間臭さがありました。傍から見ると悪いことでも、その中では正しいということもあるし、立場によって思惑や選択も変わってきます。そして、彼らの足元には会社という組織がある。
池井戸 「僕は、順番的に言えば、まず人間ありきで次に組織だと考えています。この作品は、不祥事が発覚していなければ、何事もない普通の会社の光景ですよね。本当は最初、書こうとしたのは、会社の日常風景のようなものでした。
以前、僕の仕事場は原宿にあったのですが、近所のそば屋に昼食を食べに行ったとき、隣のカウンター席に座っていた40代くらいのサラリーマン2人組が『知ってる?あいつ、パワハラ委員会にかけられるんだって』という噂話をしていたんです。
これはちょっと聞き捨てならないなと思って、そばを食べながらその話を聞いていたのですが、この2人がした分析がすごく良かったんです。パワハラ委員会にかけられる人の仕事ぶりを冷静に評価していて、『あいつはこういう考えでやったんだろうけど、それじゃ部下には伝わらないよな』と。この会話を耳にしたことが、この話を書いたきっかけです」
―つまりこの作品の冒頭の、営業一課の坂戸がパワハラ委員会にかけられて異動になるという部分ですね。
池井戸 「日経新聞さんから話があった際に、そういった会社の日常風景を淡々と描く小説もいいと思ったのですが、書きはじめたら大きな話になってしまいました。でも、元々はそこからはじまっています。
小説の面白さというのは、日常生活の中で見過ごしてしまっている多くの謎が解けるということです。例えば、言っていることとやっていることが違う人っていますよね」
―口だけ動かして自分は何もしないとか。
池井戸 「普通そういう人がいても、会社の人たちは『あいつはなんなんだよ』と呆れたり腹を立てて終わりですよね。でも、小説の中では、どうして言っていることとやっていることが違うのか、その謎が解けるわけです。その人がどういう風に育ってきて、どういう考えでそういったことを言っているのか、と。
この本では、一つの大きな不祥事が話に乗っかっているため、クライムノベルという形になっていますが、サラリーマンの日常生活の中にある小さな謎を解き明かすミステリーというつもりで書いてきました」
(中編に続く)