生まれつき右手の指がない「先天性四肢障害」、それを“ぐーちゃん”と呼び、SNSで日常を発信している、むろいのぞみさん(29歳・会社員)。
彼女はアルバイトの面接で落ち続け、夢だった女優への道も険しいものだ。
——ご自身で「これは人と違う」と自覚したのはいつ頃でしたか。
むろいのぞみさん(以下・同):幼稚園の頃にはもうわかってました。親が「困ったときは“助けて”って言いなさい」って教えてくれていて、先生や周りの子にも自然に説明してくれてたので。
からかわれるような経験も、特になかったです。「見せて~」「触っていい?」って無邪気に言われることはよくありましたけど、嫌っていうより「またか~」って感じでした(笑)。
——ご家族との関係性はいかがでしたか?
9歳下の弟がいて、今でも一緒にディズニーランドや映画に行くくらい仲が良いです。
彼から手のことについて聞かれたことはないですね。「これ持って」と言われて「指ないから持てないんだけど」と返すと「あ、忘れてた」と言われるくらい、当たり前みたいです。
——思春期になると、変化はありましたか。
家族は特に変化がありませんが、中学校では、誰も手のことに触れてこなかったですね。
ー番しんどかったのは大学1年生で、アルバイトの面接を受けた時です。大学の授業の合間に、1日2社以上受けたりして、40社くらい落ち続けました。
——受かったのは、どんなアルバイトでしたか?
スーパーの品出しです。段ボールから商品を出して並べたり、シールを貼ったり。台車に乗せて運べば一人でもできるし、「ここなら私でもやれるかも」って思えました。
——どうして受かったのでしょうか?
面接では、最初は“できないこと”を一生懸命説明してたんですけど、途中から“できること”をアピールするように変えたんです。
これは今の活動にもつながっています。SNSでも、女優としても、「どう見せるか」「どう伝えるか」は大事ですよね。振り返ると、バイトを落ち続けたことは、良い練習でした。
——ポジティブに転換できてすごいですね。落ち込むことはありますか?
しょっちゅうあります。
私は元々悩みやすい性格なので、そういう時は切り替えるようにしています。ドラマや映画を観たり、推しのライブに行ったり、音楽を聴いたり。当時の欅坂46(現:櫻坂46)が歌う「サイレントマジョリティー」のような、かっこよくて、社会に訴えるような作品が好きです。
あとは、とにかく寝る。だいたい寝れば忘れちゃいます(笑)。
——女優を目指したきっかけは、何でしたか。
小学校1年生の時の学芸会です。オーディションに受かり、主役に選ばれました。その時に、“違う誰かになれる”ことの楽しさを知りました。テレビドラマや映画を観るのが好きで、「自分もあの世界に行ってみたいな」と思うようになりました。
でも、中学生になると、“私には無理だろうな”と思うようになってしまって。
——いつから、再び目指すようになったのですか。
大学生1年生の時です。友達に誘われて、学園ものの映画のエキストラに参加しました。制服を着て歩いたり、学生役でワイワイしてるのが楽しくて、「やっぱりこういう世界に行きたいな」と思うようになったんです。
それから何度か撮影に行くようになりましたが、現場で助監督さんに 「手が映りすぎると“何かの伏線”に見えちゃうから、後ろに下がってもらっていい?」と言われてしまうことが増えてきてしまって。「役がない」っていうより、「存在を前提とされてない」って、思い知らされました。
後ろにまわされるうちに、「私は映っちゃいけないんだな」って気持ちになっていきました。だからエキストラで出れるだけでいい、と言い聞かせていました。
——その後、転機はありましたか。
Xでたまたま見かけた2021年度の「障がい者モデルオーディション」に応募して、グランプリをいただいたことです。自分の写真を撮ってもらったり、ファッションブランドの障がい者向けファッションのアドバイスをしたり、1年間ほど活動しました。
——恋愛の経験はどうでしたか。
初めてお付き合いしたのは大学1年生の頃で、同じバイト先の人でした。友達の延長みたいな感じで付き合い始めました。 指の話とかはしないままで、特に何かを変に意識されることもなかったです。
——“付き合う”ことへのハードルはありましたか?
女子校出身で、男子と話す機会があまりなかったんです。高校は共学だったんですけど、男子と全然喋ってなくて。女子とワイワイしてる方が楽しかったし、男性とどう接していいかわからなくて。マッチング アプリを大学生の時にやってみたんですけど、初めて待ち合わせ場所に行ったら、おじさんが立っていました。
相手は「大学生です」って言ってたのに全然違ってて。怖くなって、すぐに帰りました。大学の写真とかも送ってきて、すごく作り込まれていました。
——その時、手のことは伝えていたんですか?
はい、会う前にメッセージで伝えました。
——今後、どんなふうに活動を広げていきたいですか?
オーディションは20回くらい落ちているけど、「こういう人も役者を目指してるんだ」って知ってもらえるだけで、何かが変わるかもしれないと思って挑戦しています。いつか「この人に演じてもらいたい」って声をかけてもらえる日が来たら嬉しいですね。
あとはSNSでも発信を続けていきたいです。SNSで色んな人から応援されることで、隠すのをやめて、向き合えるようになっていったので。
——発信することに不安はありませんでしたか?
めちゃくちゃありました。実際にアンチコメントもきましたし。「気持ち悪い」「フィルターかけたら?」「今から手がうつりますので見たくない人は見ないでくださいとクッションかけたら」と言われたこともあります。
でも、不思議と傷つかなかったんです。もう、自分の手は変わらないし、これでずっと生きてきたし。
——その強さは、どこから来ていると思いますか?
自分の手に自信があることです。この手で色んなことを乗り越えてきた自信があるので、他人から何か言われる筋合いはないです。
それに、いざ発信してみたら、思ったより優しい人も多かったんです。中学生の頃の友達から「見たよ!」と連絡をもらって、再会して「ずっと触ってみたかったんだよね」と握手したり(笑)
私はずっと、悩んじゃダメだと思ってました。悩んでると、自分がダメな人間に思えてくるから。でも、悩むって悪いことじゃないんです。悩んだからこそ、見えてくるものもあるし、たどり着く場所もある。だから、これからも自分に向き合って、「悩んでも大丈夫だよ」って他人に伝えていきたいですね。
<取材・文/綾部まと>
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother
彼女はアルバイトの面接で落ち続け、夢だった女優への道も険しいものだ。
エキストラ出演で“後ろ”にまわされ、「そもそも障がい者の役がない」という現実に直面している。それでも挑戦することが、いつか誰かの希望になると信じて……。SNS時代に生きる“等身大のヒロイン”が、悩みながらも見つけた「障がいとの向き合い方」とは。
「触っていい?」と聞かれ続ける幼少期

幼少期
むろいのぞみさん(以下・同):幼稚園の頃にはもうわかってました。親が「困ったときは“助けて”って言いなさい」って教えてくれていて、先生や周りの子にも自然に説明してくれてたので。
からかわれるような経験も、特になかったです。「見せて~」「触っていい?」って無邪気に言われることはよくありましたけど、嫌っていうより「またか~」って感じでした(笑)。
——ご家族との関係性はいかがでしたか?
9歳下の弟がいて、今でも一緒にディズニーランドや映画に行くくらい仲が良いです。
彼から手のことについて聞かれたことはないですね。「これ持って」と言われて「指ないから持てないんだけど」と返すと「あ、忘れてた」と言われるくらい、当たり前みたいです。
——思春期になると、変化はありましたか。
家族は特に変化がありませんが、中学校では、誰も手のことに触れてこなかったですね。
逆に気になるようになって、「どう思ってるんだろう?」と一人で抱え込むようになっていきました。それでも、まだ高校までは周りに理解があって、困ったときも助けてもらえたし、どこかで「受け入れてもらえるだろう」と思ってました。
ー番しんどかったのは大学1年生で、アルバイトの面接を受けた時です。大学の授業の合間に、1日2社以上受けたりして、40社くらい落ち続けました。
バイトを40社落ち続けて学んだ「伝え方」

むろいのぞみ
スーパーの品出しです。段ボールから商品を出して並べたり、シールを貼ったり。台車に乗せて運べば一人でもできるし、「ここなら私でもやれるかも」って思えました。
——どうして受かったのでしょうか?
面接では、最初は“できないこと”を一生懸命説明してたんですけど、途中から“できること”をアピールするように変えたんです。
これは今の活動にもつながっています。SNSでも、女優としても、「どう見せるか」「どう伝えるか」は大事ですよね。振り返ると、バイトを落ち続けたことは、良い練習でした。
——ポジティブに転換できてすごいですね。落ち込むことはありますか?
しょっちゅうあります。
朝のヘアアレンジがうまくいかない時とか、食器を洗ってるとスポンジが飛んでしまって、泡が飛び散ってしまった時とか。「やっぱり私、手がないから」って落ち込みますよ。
私は元々悩みやすい性格なので、そういう時は切り替えるようにしています。ドラマや映画を観たり、推しのライブに行ったり、音楽を聴いたり。当時の欅坂46(現:櫻坂46)が歌う「サイレントマジョリティー」のような、かっこよくて、社会に訴えるような作品が好きです。
あとは、とにかく寝る。だいたい寝れば忘れちゃいます(笑)。
エキストラの仕事では「伏線に見えるから後ろに下がって」

むろいのぞみ
小学校1年生の時の学芸会です。オーディションに受かり、主役に選ばれました。その時に、“違う誰かになれる”ことの楽しさを知りました。テレビドラマや映画を観るのが好きで、「自分もあの世界に行ってみたいな」と思うようになりました。
でも、中学生になると、“私には無理だろうな”と思うようになってしまって。
障がいがある人がテレビに出てるのを見たことがなかったし、自分も“観る側”でいよう、ってどこかで線を引いていました。
——いつから、再び目指すようになったのですか。
大学生1年生の時です。友達に誘われて、学園ものの映画のエキストラに参加しました。制服を着て歩いたり、学生役でワイワイしてるのが楽しくて、「やっぱりこういう世界に行きたいな」と思うようになったんです。
それから何度か撮影に行くようになりましたが、現場で助監督さんに 「手が映りすぎると“何かの伏線”に見えちゃうから、後ろに下がってもらっていい?」と言われてしまうことが増えてきてしまって。「役がない」っていうより、「存在を前提とされてない」って、思い知らされました。
後ろにまわされるうちに、「私は映っちゃいけないんだな」って気持ちになっていきました。だからエキストラで出れるだけでいい、と言い聞かせていました。
——その後、転機はありましたか。
Xでたまたま見かけた2021年度の「障がい者モデルオーディション」に応募して、グランプリをいただいたことです。自分の写真を撮ってもらったり、ファッションブランドの障がい者向けファッションのアドバイスをしたり、1年間ほど活動しました。
今は事務所を卒業して、個人で演技指導やオーディションのレッスンを受けています。
恋愛は「手のことをいつ伝えるか悩む」アプリで怖い思いも

手
初めてお付き合いしたのは大学1年生の頃で、同じバイト先の人でした。友達の延長みたいな感じで付き合い始めました。 指の話とかはしないままで、特に何かを変に意識されることもなかったです。
——“付き合う”ことへのハードルはありましたか?
女子校出身で、男子と話す機会があまりなかったんです。高校は共学だったんですけど、男子と全然喋ってなくて。女子とワイワイしてる方が楽しかったし、男性とどう接していいかわからなくて。マッチング アプリを大学生の時にやってみたんですけど、初めて待ち合わせ場所に行ったら、おじさんが立っていました。
相手は「大学生です」って言ってたのに全然違ってて。怖くなって、すぐに帰りました。大学の写真とかも送ってきて、すごく作り込まれていました。
——その時、手のことは伝えていたんですか?
はい、会う前にメッセージで伝えました。
「全然いいよ」って言ってくれてたんですけど、実際に会ったら「私の勇気、返してほしい」って思いました。あの経験がトラウマで、もうアプリはやっていません。今でも、「手のことを、どのタイミングで伝えるか」は悩みのひとつですね。
オーディションを20回くらい落ちても「自分の手に自信がある」

むろいのぞみ
オーディションは20回くらい落ちているけど、「こういう人も役者を目指してるんだ」って知ってもらえるだけで、何かが変わるかもしれないと思って挑戦しています。いつか「この人に演じてもらいたい」って声をかけてもらえる日が来たら嬉しいですね。
あとはSNSでも発信を続けていきたいです。SNSで色んな人から応援されることで、隠すのをやめて、向き合えるようになっていったので。
——発信することに不安はありませんでしたか?
めちゃくちゃありました。実際にアンチコメントもきましたし。「気持ち悪い」「フィルターかけたら?」「今から手がうつりますので見たくない人は見ないでくださいとクッションかけたら」と言われたこともあります。
でも、不思議と傷つかなかったんです。もう、自分の手は変わらないし、これでずっと生きてきたし。
「そう思う人もいるんだな」って受け止められるようになってました。
——その強さは、どこから来ていると思いますか?
自分の手に自信があることです。この手で色んなことを乗り越えてきた自信があるので、他人から何か言われる筋合いはないです。
それに、いざ発信してみたら、思ったより優しい人も多かったんです。中学生の頃の友達から「見たよ!」と連絡をもらって、再会して「ずっと触ってみたかったんだよね」と握手したり(笑)
私はずっと、悩んじゃダメだと思ってました。悩んでると、自分がダメな人間に思えてくるから。でも、悩むって悪いことじゃないんです。悩んだからこそ、見えてくるものもあるし、たどり着く場所もある。だから、これからも自分に向き合って、「悩んでも大丈夫だよ」って他人に伝えていきたいですね。
<取材・文/綾部まと>
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother
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