―[シューフィッター佐藤靖青]―

こんにちは、シューフィッター佐藤靖青(旧・こまつ)です。靴の設計、リペア、フィッティングの経験と知識を生かし、革靴からスニーカーまで、知られざる靴のイロハをみなさまにお伝えしていこうと思います。

健康のためになにか運動を始めたいと思ったときに、ランニングは体力的に厳しいのでまずはウォーキングから挑戦したいと考える人は多いでしょう。正解です。実際、トレーニングをすることなく、いきなりのロードランニングは関節へのダメージが大きく、思いのほか健康的とは言えません。

筆者も日常でランニングは一切せず、健康目的で歩くときは一日数千歩程度です。歩くときの靴も気分の上がるランニングシューズを履いたり、真夏は革サンダルといった感じであまり頓着していません。

気軽な散歩やウォーキングに高価な靴は必要ナシ

しかし、一般の方がショップでウォーキングがしたいと言えば、100%の確率で店員に「きちんとしたウォーキングシューズがお勧めです」と提案されるはずです。ウォーキングシューズの相場は1万円前後とまあまあお高めですが、気軽な散歩やウォーキングに高価な靴は必要ありません。

気軽な散歩やウォーキングに1万円の靴は必要ナシ。ワークマン2...の画像はこちら >>
靴屋やメーカーを敵に回しかねませんが、実体験をもとに解説します。まずショップで垢ぬけないシニア寄りのデザインの靴を「これがウォーキングシューズです」と見せられた時に、気分が萎えます。モチベーションにも大きく影響するでしょう。

ウォーキングシューズの代表格、アディダスの「クラウドフォームステップ」、9900円。機能は確かに満点だと思いますが、いやぁ……個人的には見た目がかなりキツいです。また、片足300グラム超えは、今の時代のハイテクスニーカーと比べるとかなり重い。
レザー使用を謳っていますが、肝心な屈曲部分が合皮なので、蒸れと加水分解が免れず、耐用年数も2~3年といったところでしょう。アディダス以外でも、本格的なウォーキングシューズの重さは300~500グラムとかなり重くなっています。これは約40年前のランニングシューズの重さや、革靴と同等です。

足は振り子じゃない──ウォーキングシューズに潜む時代遅れの思い込み

世の中のウォーキングシューズが重い理由は、「ある程度重いほうが歩きやすい」と説明されてきました。靴に重さを求める「足の振り子理論」は、19世紀後半から10数年前までに主流だったロジックで、個人的には、まったくの時代遅れだと考えています。

歩くときに腰から下が振り子のように動くから、というのが主な根拠ですが、歩くときの脚の動きはそんなに単純ではありません。歩くときに足は、股関節、ヒザ、足首が動く、複雑な運動です。足・脚だけでも十分に重いのに(成人男性の平均が片脚で5~6キロあります)、そこにわざわざ重さをプラスする必要はないのです。

そもそも、今の時代の靴に「重さ」は必要ありません。もちろん手抜きとしての軽さは論外ですが、令和にはどのメーカーも、あるいはどのスポーツの分野でも1グラムを軽くするために、巨額の資金を投じて開発にしのぎを削っています。

土踏まずやカカト周りをきちんとサポートするためのパーツは必要です。それなら安いランニングシューズでも標準装備されています。

気軽な散歩やウォーキングに1万円の靴は必要ナシ。ワークマン2900円の靴で十分といえる理由
アディダス「ランファルコン5ワイド」。写真は公式HPより
例として同じアディダスの廉価版ランニングシューズの代表作、「ランファルコン5ワイド」。
定価は6600円ですが、実勢価格は4000円台とお手頃価格です。ふまずの絞りもあり、カカト周りも安定していて、メッシュで通気性もよく、歩くだけなら十分すぎるスペックといっていいでしょう。ランニングシューズなので、もちろん走ることもできます。

1万円の靴より、4000円のシューズとインソール

気軽な散歩やウォーキングに1万円の靴は必要ナシ。ワークマン2900円の靴で十分といえる理由
ワークマン「ハイバウンスレイン」。写真は公式HPより
1万円前後のウォーキングシューズは全般的に通気性が悪いです。合皮・天然革を主に使っているからですが、歩く以上は当たり前に蒸れます。「雨にも耐えられるから、足になじんでくるから」という理由で革や合皮が多く使われていますが、雨の日は生活防水のランニングシューズを履けば良いだけのこと。ワークマンでは2900円で売られています。その名も「ハイバウンスレイン」。

リーボックやアディダスが販売している1万円前後のモデルよりはるかに軽くて歩きやすい。でありながら、防水性はこちらが上。安定感、クッション性、すべりにくさも個人的にはワークマンに軍配を上げます。抜群に通気性が良いわけではありませんが、合皮や防水革よりはるかに軽く、素材が足になじむまで待つ必要もありません。

こう考えると高価なウォーキングシューズの存在意義がわからなくなります。
合皮のように安い材料、前時代的なデザイン、屈曲性の悪い底。正直な話、アマゾンで2000~3000円で買えるファッションスニーカーと機能は大差ありません。1万円のウォーキングシューズ単体を買うより、4000円の本体と2000~4000円の本格インソールを組み合わせたほうがはるかに足にも歩行にも良いと断言します。

気軽な散歩やウォーキングに1万円の靴は必要ナシ。ワークマン2900円の靴で十分といえる理由
シダス「マックスプロテクト・ウォーク」。写真は公式HPより
ワークマンスニーカーでさえ、インソールひとつで歩きやすさが大化けします。インソールはクッション性はもとより、カカト周りの安定と「シャンク」と呼ばれるプレートによる力の連動が必須なのですが、大手スポーツショップのゼビオなどに置かれている、フランス・シダス社の「マックスプロテクト・ウォーク」(製品はアジア製、2970円)を使えば、カカト周りから関節のブレを抑えて、靴のクッションと性能をフルに発揮させることができます。大型スポーツ店に置いていあるサンプルを試すと、その場で効果を体感することができるでしょう。

頑張りすぎが逆効果? 歩行も靴選びもゆるく構えてちょうどいい

ウォーキングシューズの擁護をあえてするなら、脚力の衰えたシニアにはたしかにやさしいとも言えます。底が曲がらず、ローリング機能が効くので「体重を乗せさえすれば」足が勝手に前に出ます。しかし、逆を言えば自力でガンガン歩けるなら高価な専門靴を買う必要はありません。過保護なローリング機能はかえって足の握力を落とします。

よく「一日一万歩運動」とショップやクリニックで聞いて、「一万歩も歩けない……」と勝手に落ち込んでいる方も見かけますが、これは万歩計メーカーの宣伝コピーで、科学的根拠はありません。2023年の京都大学の研究では、週に1~2日だけ1日あたり8000歩の歩数で全死亡リスクが14.9%低下することがわかっています。
また同様に、イギリスのケンブリッジ大学とクイーンズ大学ベルファストの研究チームによれば、「1日(=毎日換算)10~20分の早歩きでも、心疾患、脳卒中、がんなどのリスクを有意に低下させて早期死亡のリスクを10%減らす可能性がある」とされています。こう考えるとハードルがぐっと下がるでしょう。筆者の体感も同じです。

ウォーキングや散歩は適当に気の向くままでいいのです。クソ真面目に「まずは靴から!」と考えるのは、靴屋のいいカモです。肩ひじ張らずにお気に入りの靴で気軽に歩きましょう。

―[シューフィッター佐藤靖青]―

【シューフィッター佐藤靖青】
イギリスのノーサンプトンで靴を学び、20代で靴の設計、30代からリペアの世界へ。現在「全国どこでもシューフィッター」として活動中。YouTube『足と靴のスペシャリスト』。靴のブログを毎日書いてます『シューフィッター佐藤靖青(旧・こまつ)@毎日靴ブログ』
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