仕事が生きがいも、祖母の一言で結婚を決意
――武嶋さんはいわゆるキャリアウーマンだったと伺っています。そこから“結婚”に着目した経緯を教えてください。武嶋愛:私は中央大学法学部を卒業し、ベンチャー企業に2年間勤めました。当時は夢中で働いて、そんなふうに思わなかったのですが、そこはいわゆるブラック企業。新人のときは年間の休みが2日しかなくて、日に18時間働くこともざらにありました。当然、身体を壊して退職に至り、新規事業の立ち上げを行うベンチャー企業などに転職したのち、ホットヨガスタジオLAVAを立ち上げました。
ずっと仕事が生きがいだったのですが、35歳のときに祖母に呼び出されて、「あなた、このままずっと仕事ばかりしていたら、女性としての幸せを掴み損ねるわよ。自分のことを考えないと」と言われて(笑)。思い返せば昔、私は子どもを持つのが夢だったなと思って。それで家族を持ちたいと思い、38歳で結婚しました。
ただ、周囲を見渡すと、特にコロナ禍で在宅勤務などが増加して夫婦が顔を合わせることによって、かえって夫婦仲が悪くなったケースが散見されたんです。私は特に夫に不満がなかったので、その状況をみて、「せっかく結婚して家庭を築いた人たちが愚痴を言う状況を変えたい」と思ったんです。
パートナーに対する不満がある人は…

武嶋愛:それはおそらく、お互いに不満を溜め込まないノウハウが確立されていたからかもしれません。より正確に言えば、これまでのビジネスにおけるコミュニケーションを応用することによって、相手が考えていることに思いを巡らせたり、自分の思いをきちんと伝える方法を心得ていたことが大きいと思います。逆に言えば、パートナーに対する不満がある人は、そうしたコミュニケーションがうまく機能していなかったことになるので、そこを改善するだけで随分変わると思ったんです。
――早速、それを事業化したわけですか。
武嶋愛:最初は、ごく親しい友人に自分のやり方を伝えていただけでした。より汎用性を持つために文章にしたこともあります。ただ、結論からいえば、蓄積されたお互いの不満を解決するのは非常に困難でした。ホテルのラウンジで話し合っていても、妻が泣いて、夫がおしぼりを投げつけて終わる――なんて修羅場も経験したんです。
すでに人間関係が固定化されてしまったところに介入するのではなく、結婚相談所として設立しつつ、定期的に夫婦関係をメンテナンスするやり方のほうが、私が考えるものに近いと思って現在の形態に落ち着きました。
学歴と婚期に相関関係はないものの…
――aisaitoでは、かつての武嶋さんと同じように一流大学を卒業して仕事に熱中した結果、結婚が遠のいてしまった女性であっても、多く成婚していると伺っています。いわゆる高学歴女性と結婚という組み合わせに注目した理由を聞かせてください。武嶋愛:もちろん、学歴と婚期に相関関係はないと思います。ただ、私や周囲の体験からいえるのは、高学歴女性は精神的にいくつもの鎧を身にまとっているということです。
そうした女性が結婚するまでには、いくつかの超えなければならないハードルがありますが、逆に言えばそれを克服できれば結婚は可能なのだと思います。その手助けをしたいと考えたのが根源的な理由です。
「減点方式で男性を見る女性」と「年収1000万以上を求める女性」
――印象的だった利用者さんのお話を伺いたいのですが。武嶋愛:お父様が士業の方で、ご本人も有名大学を卒業され、一部上場企業に勤めておられる方がいます。幼いころから欲しいものは買い与えられるし、海外旅行にも毎年連れて行ってもらえるなど、何不自由ない生活をしてきた方です。彼女が困っていたのは、どんな男性を見てもお父様と比較して不足するところが目についてしまうところ。ご自身もキャリアウーマンであり年収も高いことから、ジャッジが厳しくなっている可能性もありますが、減点方式で男性を見ているうちは、なかなか成婚に至りません。現在、幅広い視野を持っていただくカウンセリングをしている最中です。
他方で、カウンセリングが奏効した例もあります。その方は国立大の理系のご出身、40歳を目の前に入会されました。ご両親も有名企業の研究職だった方です。
夫婦関係は歯の健康とよく似ている
――武嶋さんの代名詞でもあるファミリーコーチングですが、どのようなことを伝えているのでしょうか。武嶋愛:私は夫婦関係は歯の健康とよく似ていると思っています。歯磨きは毎日しますし、夫婦も基本的に毎日コミュニケーションを取るでしょう。しかしそれだけではすれ違い、つまり磨き残しが生じる場合が往々にしてあります。そこでプロフェッショナルケア――歯科医院へ行ってきちんとプロに診てもらう必要がありますよね。その役割を引き受けようと考えているんです。
ワシントン大学の心理学の名誉教授に、John Gottmanという方がいます。その方がおっしゃっていることで、私の肌感覚とも合致するのは、「夫婦の意志決定をおこなうとき、夫が妻の意見、提案、感情を取り入れない夫婦の8割以上は数年以内に離婚する」というものです。
良好な夫婦関係を継続していくうえで、お互いのことをよく知らずにコミュニケーションをしていてうまくいくはずがありません。人間は自分の意見を蔑ろにされれば大切にされていないと感じますし、そのことを頭ではわかっていても行動できるかは別の問題です。私が外部の立場から、夫婦をサポートしていくことによって、少しでも健全なコミュニケーションに近づけるようにしていくことができます。
「夫の愚痴」を聞く時間がつらかった

武嶋愛:簡単に言うと、夫婦関係がよくなることによって、将来的に子どもたちが「結婚っていいな、大人になるのって楽しそうだな」と思えるようになってほしいんです。
私自身、ママ友が集まれば夫に対する愚痴ばかりで、「私は夫に不満がないから、ひたすら愚痴を聞いている時間がつらい」とずっと思っていました(笑)。せっかく結婚したのだから、不満を言うのではなく、お互いのことをずっと愛し続けられるようにいられる方法を考えるべきだと思うんです。そして、子どもに対して「私たちが愛し合っているから、あなたが生まれた」と伝えられたら素敵ですよね。
残念ながら今の日本は明るいニュースが少ないですが、最小単位である家族から変えていけたら、希望に満ちた未来が描ける。そんな風に本気で思っています。
=====
家族を作るのに免許はいらない。一定の年齢に達すれば誰でも作れるものだからこそ、それが幸せな場所であるための努力を怠ってはいけないのだろう。家族から社会を変えていくために、家族という密室に分け入るコミュニケーションの専門家が必要になる。そんな武嶋さんの指摘は鋭くも、愛情に満ちている。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki