“夫婦喧嘩は犬も食わない”とよく言うように、当事者にとっては真剣な揉め事かもしれませんが、周囲の人間からすると全くの無関心な行為にすぎません。ただ、場所によってはそうも言っていられない場合もあります。

今回は、乗り合わせたバスの車内で乗客の夫婦喧嘩に巻き込まれた不運な男性のエピソードです。
 
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前の座席の夫婦が突然ケンカし始めた

 取材に応じてくれたのは、目黒駅の近くにある税理士事務所に勤務する宮内さん(仮名・31歳)です。自宅は世田谷にあり、以前は通勤に電車を利用していたそうですが、最近はバスを利用しているそうです。

「出勤する時は主に電車を利用しているのですが、帰りはほとんどバスですね。電車よりもは30分以上も時間がかかりますが、バスの場合は停留所が自宅の近くにあるので、時間さえ気にしなければのんびり本でも読んで帰れるので好きなんです」

 聞くところによると、宮内さんの特等席は最後尾のシートだそうです。バスは目黒駅が始発なので、ほぼ確実に定位置が確保できるのだとか。

 最近お気に入りの女性作家の最新長編小説を読んでいると、しばらくして前の席から言い争うような会話が聞こえてきたといいます。

「なんだか前の席が騒がしいんですよ。しかも、何やら揉めているような雰囲気なんです。最初は小さな声でしたが、女性の声が次第に大きくなっていきました。それも、『てめぇ』とか、『もう一度言ってみろよ』とか、すごく下品な口調でかなり迫力がありましたね」

 気にせずに読書に没頭しようとしたそうですが、次第にそれが不可能になるくらい、激しい言い争いになっていきました。

突然、額に鋭い痛みが走った

 しょせん他人の夫婦喧嘩だと自分に言い聞かせ、宮内さんはカバンからイヤホンを取り出して、音楽を聴きながら読書を続けることにしました。

「バスや電車でイヤホンをするのはあまり好きではないのですが、今日は読書に集中したかったのでイヤホンの力を借りることにしました。

 さっきまでの夫婦喧嘩の言い争いは、最近お気に入りのK-POPアーティストの楽曲でほとんど聴こえなくなりました。
ところが、その数分後、突然おでこの辺りに鋭い痛みが走ったんです」

 激昂する女性が振り回したショルダーバックの金属部分が宮内さんの額に当たったそうです。それを見た女性の夫と思しき男性は、女性が振り回していた手をねじ伏せたのでした。

さらなる悲劇に襲われた

「もう一度言ってみろ!」帰宅ラッシュ時のバスで夫婦喧嘩に遭遇。突然、額に鋭い痛みが走り…車内は地獄絵図に
さらなる悲劇に襲われた
 片方の手をねじ伏せられた女性は、もう片方の手で男性をたたこうとしたのでした。しかし、その瞬間さらなる悲劇が宮内さんを襲います。

「女性はペットボトルを握っていた手を振り回したたため、ふたが外れて中身の飲み物が飛び出して私にかかったんです。冷たい飲み物だったため、やけどは免れたのですが、顔面から胸の辺りにかけて液体まみれになりました」

 周囲の乗客が近寄らなくなるほど、修羅場と化していた後部座席周辺。冷静だった男性は、宮内さんの被害を確認し「大変申し訳ございません。すみませんが、次の停留所で一緒に下車してもらえませんか?」と、恐縮しながら聞いてきたといいます。

「こんなにひどい経験をしたのは生まれて初めてでした。額は痛いし、シャツは濡れるし……。とにかく唯一冷静だった男性の提案で私も一緒に次の停留所で下車しました」

結局途中下車してタクシー帰宅

 さっきまで激昂していた女性も、下車したころにはすっかり我に返っていたみたいで、夫婦揃って平謝りだったそうです。その後すぐに男性は、たまたま近くにあった衣料店に走っていき、着替えのシャツを買ってきて、さらに財布から5,000円札を出して詫びたそうです。

「さっきまで目の前で起こっていた夫婦喧嘩の過激なシーンがトラウマになって、なんだかまたバスに乗って家に帰ることがこわくなったので、タクシーで帰ることにしました」

 その日以降、宮内さんは大好きなバスで帰ることをやめて、電車を利用することにしたそうです。


<TEXT/八木正樹>

【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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