黒字にもかかわらずリストラを進めた理由は、年金問題と決して無関係ではなさそうです。株式市場において、現役世代が年金の犠牲者となる構図が浮かび上がります。
日本の年金基金は「65兆円分の日本株」を運用中
「資本市場のクジラ」と呼ばれる巨大ファンドをご存じでしょうか? 運用する資産が巨額で、株式市場に大きな影響を与えることで知られています。この異名を持つのが、日本の公的年金の資産運用を行う「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」。運用総額は258兆円で、世界最大の年金基金です。2001年度から2024年度第3四半期までの収益額は164兆円に及んでいます。そのうちの利子・配当収入(インカムゲイン)は55兆円。残りのおよそ110兆円は株式や債券などの資産の売買差益であるキャピタルゲインです。
GPIFの日本株の比率は12%程度でしたが、第2次安倍政権のアベノミクスによる株価の高騰を背景に、2014年を境に、25%程度まで引き上げました。GPIFは2025年度以降も日本株の比率を維持する方針を固め、基本的にこの先5年間は変わりません。
つまりこの先もGPIFという1つの組織で、65兆円もの巨額資金が日本株に投じられるのです。GPIFには「賃金上昇率+1.9%」という運用目標が課されています。これは公的年金の保険料収入と年金給付が賃金水準に応じて変動するからで、賃金上昇率を上回る成果を出さなければなりません。
日本の市場は海外と比べて魅力に乏しい
2023年、東京証券取引所は上場企業に対して、「株価を意識した経営改善」を行うよう要請しました。特にPBRが1倍を下回る企業に対して、具体的な株価対策を行うよう働きかけているのです。PBRとは株価純資産倍率のことで、株価が1株当たりの純資産の何倍であるのかを示しています。1倍を下回るということは、理論的には会社を解散した方が、価値が高いことを表しています。日本の株式市場における低PBR問題は深刻。プライム市場で約45%の企業がPBR1倍を下回る一方、アメリカのS&P500では3%ほど、ヨーロッパのストックス600では20%にも達していないと言われています。こうした状況から、日本の市場は海外と比べて魅力に乏しいとされています。
東証は2024年10月に「投資者の目線とギャップのあるポイントと事例」を公開。株価対策が不十分であることや、投資家との目線のズレが生じているケースを列挙しました。取り組みの甘い企業を痛烈に批判したことになります。
間接的に年金の犠牲者となっている
東証が株価対策に躍起になっているのは市場の活性化が目的。そしてその恩恵を一番に受けるのが、他でもないGPIFです。GPIFは2024年3月末時点で約1億8000万株のパナソニック株を保有しています。パナソニックのPBRは0.8倍。シャープが2.9倍でNECが2.6倍、富士通は3.5倍、日立製作所が3.2倍、三菱電機も1.5倍です。パナソニック以外の競合はすべて1倍を上回っています。
しかも、近年でパナソニックがPBR1倍を上回ったのは2023年の6月から7月にかけてと、9月のわずかな期間のみ。長らく低迷した状態が続いていました。
それに加えて、パナソニックは典型的な株価対策である自社株買いをほとんど行ってきませんでした。
パナソニックの1万人規模の大リストラにより、人事や経理などの間接部門を中心とした人員削減、赤字事業の撤退、拠点の統廃合などを進め、2027年3月期までに1220億円の損益改善効果を見込んでいます。
結局のところ、この損益改善こそが究極の株価対策であり、東証が求める経営改善そのものと言えるでしょう。そしてパナソニック株の上昇はGPIFに巨額の利益をもたらすはず。会社を去ることになった現役世代は、間接的に年金の犠牲者となっているのです。
「黒字だからリストラはない」とは限らない
黒字でもリストラを進めるのはパナソニックだけではありません。そして、GPIFはマツダを5000万株、マブチモーターは800万株を保有しています。リストラによって企業が十分な利益を出せるようになれば、株価は上昇します。それは翻って年金という形のリターンになり、国民に戻ることを意味しています。そしてそれは現役世代という犠牲者を出してのものなのです。
パナソニックのように名の知れた一流企業であっても、低PBRの会社は山ほどあります。売上が12兆円を超えるENEOSは0.6倍、メガバンクの一角であるみずほフィナンシャルグループも0.9倍、ゆうちょ銀行は0.6倍です。
「うちの会社は売上規模が大きく黒字だから安心だ」と考えている現役世代も多いかもしれません。しかし、資本効率や株価を意識した経営が当たり前になった今、決してそうとは限らないのです。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。