全国的に急拡大する給食費無償化政策。いまやわざわざ無償化地域に移り住むファミリーもいるほど。タダで嬉しいはずなのに子供や親からはなぜか不満の声も出ている。“無償化ブーム”がもたらす負の側面とは?
「給食が足らないよ!」お腹をすかせる子供たち
「子供が以前より学校給食が少なくなったとお腹をすかせていて、困っています」実は、給食費無償化を果たした自治体に住む保護者から、そんな悩める声が漏れている。
近年、小中学校の給食費無償化は東京都を筆頭に全国の自治体の3割が導入するなど、一大ブームのように拡大してきた。今期衆議院でも野党3党が給食費無償化法案を共同提出している。
まるで朝ごはん?見本との乖離が進む献立

「特におかずの品数が減って、こまごまとした副菜が消えたんです。野菜炒めも以前は4~5種類の野菜を使っていましたが、今は人参とキャベツ、かまぼこ程度。ママ友とは、『校内展示されている給食の見本とは別物だ』と話しています」
また、別の区で娘が今春に公立小学校を卒業する母親はこう振り返る。
「パンとクリームシチュー、コールスローのような“朝ごはんに近い献立”が増えました。子供は『揚げ物や揚げパンが少ない』と、物足りなさを訴えていましたね」
それでも、無償化によって毎月5000円ほどの負担が減る。「質が落ちても仕方がない」と受け入れつつ、進学する予定の同じ区内の公立中学校の給食を心配していた。
メインがわからない 「まるで戦時中の食卓」

しかし、’23年度から無償化をスタートした大阪市の公立中学校に息子を通わせる40代の母親は、市のホームページで公開している給食献立の写真を指さしながら、「ダイエット中のOLのようなメニューじゃないですか。本当に十分な栄養がとれるのでしょうか?」と疑いの目を向ける。
「ボリュームも少ないし、正直みすぼらしい感じ。ある日の献立はメインの食材が、“ご飯とめざし”でした。まるで戦時中の食卓のようだなと……」
給食の量が足りなくなったことで、サッカー部の息子にはよくない習慣がついてしまったとか。
「授業が終わったら部活前にコンビニに行って、“買い食い”をするんです。選ぶのも菓子パンやポテトチップスなど。体に悪いのでやめさせたいが仲間外れにされてしまうのも困る。結果的に一日500円ほどを渡していて、月1万円以上の余計な出費。無償化されたはずなのに、かえって出費していて負担が増えるという逆転現象が起きています」
そんな保護者からの不満を大阪市役所に問い合わせると、「盛りつけや献立により見え方に差があるものの、必要な栄養素を計算しています。物価高でも変わらず給食を提供できるよう予算も対応しています」との回答だった。
帰宅後の“ドカ食い”で1年で体重が10㎏増
“未来の投資”に力を入れ、兵庫県でも率先して中学校の給食費無償化に踏み切った伊丹市。「無償化されてから『汁物の味が薄い』と残すようになった」とため息をつくのは、子供が市内の公立中学校に通う父親だ。「カレーで肉やじゃがいも、たまねぎ、人参などの野菜は使っているようですが、それぞれの分量が少なくルウが多くて水っぽいとか。献立を見ると、具材はほぼ同じで味つけだけ変えて使い回しているように思えます」
空腹時間が長い反動なのか、帰宅後には台所を漁って脂っこいものや濃い味の食品を“ドカ食い”するように。
「カップラーメン2個や500gの冷凍チャーハンをひと袋など、かき込むように食べて部屋に引きこもってしまう。なので、19時ぐらいの夕飯には部屋から出てこず、一切食べません。ただ、朝起きると台所の流しに汚れた食器が置いてあるので、夜中にも食べているんだと思います。無償化から食生活が乱れたことで、1年で10㎏以上も太って肥満体形になっていて健康面が心配です」
取材した保護者の中には、「無償だから“文句を言うな”という雰囲気があって、不満があっても意見を言い出しづらい」と話す人も多かった。
さらに、「食材費の高騰で質が保てないのであれば、給食費の一部負担に戻してもいいからまともな給食にしてほしい」という要望も。
このような保護者と行政の認識の違いは、何が背景にあるのか。いずれにせよ、しわ寄せを被るのは子供たちだ。
ブームに逆行?値上げに踏み切る自治体の苦悩

愛知県日進市は、今年4月から9年ぶりに値上げする方針を決定。令和7年度の保護者負担の給食費増加額は、実質1食あたり小学生が30円、中学生が35円となる。
「これまでは給食の質や量を維持するために、値上げ分を公費で負担してきました。
同時に給食を“見える化”するという試みもスタートした。

子供たちにふさわしい給食のためにやむを得ず値上げを
また、福岡県久留米市は’23年にも値上げを行ったが、今年2月13日にさらなる値上げを発表。市の担当者が苦しい台所事情を話す。「全国的に無償化が進むなかでの値上げは、非常に心苦しい。ただ、無償化できるのは、人口規模が小さい自治体や、財源が豊富な自治体が多い。久留米市で無償化するとなると、新たに10億円以上の財源が必要になります。東京都などでは、都から各自治体への補助金があるため無償化が進んでいますが、それを全国の都道府県が同じようにやるのは難しいと思います」(市の担当者)
発表内容によれば、’25年度は値上げ分を市が全額負担する方針だが、’26年度からは市の負担分を減額。保護者の負担が増える見通しだ。
「簡単に値上げを決定しているのではなく、安い食材に変更するなど献立に工夫を凝らしたうえでのこと。値上げに関して厳しい目を向けられるのは承知のうえですが、成長期の子供たちにふさわしい給食を提供するために、必死に物価高騰と闘っていることもわかっていただけたら嬉しいです」(同)
負担を減らすための無償化か、質を担保するための値上げか。
「全国一律給食費無償化」は実現可能なのか?

「全国一律で完全無償化を実施するとなると、およそ4826億円の財源が必要です。これは文部科学省の予算の約1割にあたる額。給食費を『教育』の管轄として扱うとすれば省としても負担が大きく、各自治体の財源に頼らざるを得ないのが現状です」
しかし鳫氏は、全国一律給食費無償化は「夢の話ではない」とも語る。
「文部科学省より予算規模の大きい、農林水産省やJAと連携を図り、『食育』をより進めていけばいいんです。小中高の96%を給食費無償化を達成した韓国では、有機肥料を使った食材を給食に使うことで、農業予算の活用に成功しています。日本でも長野県松川町が町の農業振興予算を給食費の補助金に充て、地元の農家から食材を安く調達。町内の小中学校や保育園の給食費の無償化が実現しました」
無償化の財源は税金だからこそ「厳しい目を向けるべき」

「地元の農家にとって学校給食は安定した契約先となる存在。給食を“地域の食のインフラ”として機能させれば、地域全体の活性化も見込めます」
最後に鳫氏は、無償化地域に住む保護者に助言を送る。
「そもそも無償化の財源は、我々が支払っている税金からきているもの。
子供のための政策が大人の都合に使われていないか。無償に飛びつくのではなく、正しい見極めが重要である。
【研究者・鳫 咲子氏】
跡見学園女子大学マネジメント学部教授。著書に『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』(光文社新書)のほか、共著も多数
取材・文/週刊SPA!編集部
※初公開2025年3月17日 記事は取材時の状況、ご注意ください