二刀流が本格的に復活へ
今季は春先に投手としての調整が難航すると、二刀流復帰による身体への負担増や、打撃への悪影響を懸念する評論家などから「今季も打者一本で行くべきだ」という意見も出た。そんな中、大谷は6月16日(現地時間、以下同)に、急転直下で二刀流復活を果たす。663日ぶりの登板は、1イニング限定だったが、28球を投じ、二刀流選手として完全復活へ大きな一歩を踏み出した。
その後は、いずれも中5日で2度登板。これまでの3登板で合計4イニング、73球と球数は限られているが、投手・大谷の新たな一面がすでに見え始めている。
トミー・ジョン手術後は球速が上がる?
アメリカでは、以前から「トミー・ジョン手術(以下、TJ手術)を受けた投手は球速が上がる」という都市伝説のような通説がある。実際、TJ手術後に球速を上げた投手もいれば、逆のパターンもあり、一概に肯定も否定もできない。大谷自身は2018年10月に1度目のTJ手術を受けたが、その時は18年に96.7マイル(約155.6キロ)だったフォーシームの平均球速が、20年に93.8マイル(約150.9キロ)に大きく下落。
その後、21年に95.6マイル(約153.8キロ)、22年に97.3マイル(約156.6キロ)と推移し、フォーシームの球速を回復させるのに、数年を要した過去がある。
そして、2度目のTJ手術を受けることになった23年は、96.8マイル(約155.7キロ)と、前年から平均球速を下げていた。キロ換算で1キロにも満たない些細なものだったが、改めて振り返れば、それは右肘が悲鳴を上げていた証拠だった可能性もある。
フォーシームが劇的に進化
そして今季、大谷は2シーズンぶりの登板で意外すぎるフォーシームの進化を見せた。それは数字にも表れていて、前回登板した28日のロイヤルズ戦でなんと自己最速となる101.7マイル(約163.6キロ)をマーク。今季まだフォーシームの球数自体は26球とサンプルは少ないが、平均球速は98.7マイル(約158.8キロ)に上っている。2度目のTJ手術を受けた23年と比べると、実に3.1キロもの上昇。
フォーシームのスピン量にも大きな変化
そして球速以上に目立ったのが、フォーシームのスピン量(MPH=1分当たりの回転数)である。大谷はメジャー1年目の2018年に2164RPMを記録。その後は登板がなかった年を挟みつつ、2155→2218→2218→2259と、横ばいか少しずつ増加する傾向を見せてきた。ところが今季はまだ26球だけではあるが、その数値は2391と大幅にアップ。フォーシームを含めて全体的に低めに球を集めている大谷だが、今後このスピン量と球速を維持したうえで、フォーシームを高めに、変化球を低めに投げ分けることができれば、その効果は間違いなく増幅していくに違いない。
二刀流復活で打撃も変化
「打者に専念してほしい」という声もあったが、やはり大谷は二刀流でこそ進化を発揮するタイプ。あれだけ不振といわれた6月の打撃成績だが、投手として復帰した16日以降は変化が見え始めている。打率こそ.229と低いが、13試合で4本塁打13打点を記録し、長打や打点は増加傾向にある。二刀流で調整が難しくなるというのが一般的な見方だが、大谷とすれば、これが本来の自分のリズムにあった調整法なのだろう。
アストロズ戦で今季4戦目の登板へ
さて、気になる大谷の次回登板は今週末のアストロズ戦が有力。中5日なら、4日の3連戦初戦、中6日なら自身31歳のバースデー登板になる可能性がある。アストロズといえば、大谷がエンゼルス時代に同地区のライバルとして対戦してきた相手。上位から下位まで抜け目のない打線は、投手・大谷に何度も立ちはだかってきた。
実際に、大谷は投手としてアストロズ戦に通算13試合に登板しているが、これはチーム別では最多である。強打のアストロズ打線にはつかまることも多く、3勝6敗、防御率4.01とやや打ち込まれている。
今季もアストロズはア・リーグ西地区の首位に立っており、当然ワールドシリーズで対戦する可能性もある。そんな相手だけに、おそらく2~3イニング限定の登板にはなるが、大谷としてもしっかり爪痕を残しておきたいところだ。
ポストシーズンで二刀流完全復活なるか
今後の二刀流の行方だが、徐々に球数を増やしていくことが予想される。2週間後にはオールスターがあるが、後半戦に突入する頃には1試合70~80球が一つのメドとなりそう。そして、10月のポストシーズンを迎える頃には、先発投手として100球前後を投げられるようになっていれば、いよいよ二刀流の完全復活が完遂を迎える。
ナ・リーグ西地区は、一時の混戦状態からドジャースが抜け出し、2位パドレスに7.5ゲーム差をつけている。ロバーツ監督とすれば、大谷の登板前後、特に翌日はできる限り休ませたいのが本音だろう。
エース兼主砲の状態を万全に保つためにも、チームはこのまま首位をキープし、余裕をもってポストシーズン進出を決めたいところ。二刀流物語はいよいよ新章に入ろうとしている。
文/八木遊(やぎ・ゆう)
【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。