7歳の時に出会った認知症の高齢者や脳性まひの人との楽しい思い出
安藤さんは東京都に生まれ育つ。小さい頃はどんな子どもだったのだろうか。
「男の子と秘密基地を作ったりする活発な子でした。小学校には、今でいう特別支援学級などはなく、障害のある方との接点はほとんどありませんでした」
そんな安藤さんが本格的に、障害者や認知症の高齢者と接したのは、都内にあるおじが運営する小規模なデイケア&ショートステイ事業所に遊びに行った、7歳の時だった。
「脳性まひの人と初めて接した時は、子どもなので、『どこか痛いのかな』『ケガをしているのかな?』と思いました。2~3人の利用者がいましたが、一緒にお菓子を食べたり散歩をしたり楽しかったです」
それ以来、おじさんの事業所に遊びに行くことが増えていった。
「小学校高学年になる頃には、一緒に、マラソンやプールなどの合宿に行くようになりました。みんなでワイワイ騒ぐのが好きだったんです」
安藤さんはその体験もあり、中学校では柔道部とボランティア部に所属する。
認知症のおばあちゃんを食堂に連れていけた

「利用者さんの中に、当時は『痴ほう(現在の認知症)』と呼ばれていた物忘れのあるおばあちゃんがいたんです。着替えられない・食堂に行くことを渋る人でした。そのおばあちゃんのお世話をして、何か月目かの時、食堂に連れて行くことができた。自分のことを認めてくれたんだって、やりがいを感じました」
そのかたわら、お笑い番組が好きだった安藤さんは、中2の時に、『タモリのスーパーボキャブラ天国』に出演していた「アンラッキー後藤」のファンになる。
「ピン芸人さんだったんですが、相方を募集していたんです。すぐに、相方になりたいと手紙を書きました」
その時は、アンラッキー後藤さんが大学進学を理由に断られるが、その丁寧な返信に心を打たれた。そのことが、後にお笑い芸人としての活躍につながっていく。
お笑い芸人とヘルパーの2足の草鞋
中学卒業後、安藤さんは、定時制高校に進学する。「中学校3年の頃には、好きなバンドのスタッフもしていたし、高校の時には、太田プロダクションのセミナーに通っていた男性2人とトリオを組んで活動していた時期もあります。お笑いや介護に限らず、やりたいことを全てやっていました」
お笑い芸人たちによるお笑いプロレス団体「西口プロレス」にも参加し、26歳で、東京23区に引っ越した。
引っ越しを機に、おじの家が近くなったことで、週2~3日は、14時~翌10時まで、介護のバイトをした。その頃は、芸人としての収入より、介護のアルバイト代のほうが高かったという。
安藤さんが19歳の時、介護保険制度がスタートする。それに伴い、ヘルパー2級(今の介護初任者研修)の資格も取得した。
「山から降りてきたバケモノです」

夜間におむつ交換をしていた認知症のおばあちゃんがいた。昼間のケアにも入っていたので、普段は、楽しく話している人だったという。
「夜間は、起こさないように、薄暗い電気の下でオムツ交換します。そっと布団をめくると、起きてしまいました。私を見て、『バケモンだー!!』と拒否したんです。バケモノと言われて、笑ってしまいました(笑) 『そりゃそうだよな』って。だから、とっさに『山から降りてきたバケモンなんですけど、オムツ交換の練習をしないといけないんです。させてもらえますか?』と言ったら、抵抗も和らぎ、交換できました」
寝ているところに、体の大きな安藤さんが立っていたら、確かに怖い。
「お笑い芸人としての素養なのか、介護スキルなのか分からないですね(笑) 現場で、利用者さんに罵倒されることはよくあるんですが、それには背景があります。お笑いを通じて、利用者さんの気持ちを和らげることもあります」
認知症の高齢者には、様々な症状が現れる。意識がはっきりしない「せん妄」、妄想、物忘れ、トイレに頻繁に行きたがる、オムツ交換を拒否するなど、その行動には、本人なりの理由がある。その背景に思いを巡らせるのが介護という仕事だと安藤さんは言う。
安藤さんは、2015年のM-1グランプリ決勝進出でブレイクした後も、介護の仕事はやめていない。2023年には、重度訪問介護で全国的に有名な㈱土屋 が運営する「土屋ケアカレッジ」で、実務者研修の資格を取得した。

離職率の高い介護の世界で
厚労省の「令和5年(2023年)雇用動向調査結果の概要」 によると、令和5年1年間の入職者数は 850万1200人、離職者数は 798万1000人で、入職者が離職者を52万2000人上回っている。だが、依然として、介護職の離職率は高いままだ。安藤さん自身は、介護の仕事を嫌になったことはないのか?
「私は介護の仕事は楽しいので、嫌になったことはありません。ただ、それは、精神的にキツイと思った時に、おじの会社のスタッフさんたちに相談できたり、チームワークがいいからかもしれません。スタッフ同士で支え合える職場作りが大切なのかも知れないですね」
安藤さん自身は、親に介護が必要になったら、迷わず、第三者に託すという。
「自分の身内が相手だと、感情の切り離しができなくなり、お互いに気を使いますよね。だから、介護離職をするよりも、介護休暇をうまく活用して欲しいと情報発信していきたいです」
現行の介護保険制度には、従事者の賃金が安い・人手不足など、課題も多い。安藤さんのような、「芸人なのに介護職」という人の発信で、誰もが安心して介護を受けられる日が来るのも近いのではないか。

【田口ゆう】
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。