ライター歴25年の山田さんは、根拠のない言説(例・ニセ医療やトンデモ健康法など)が広まる現象を観察し続けてきた。小学校女児の母でもあり、親の立場からも健康情報に敏感だ。2025年7月10日に発売となる本書は、彼女が取材してきた実話をベースにしたフィクションである。
実母が宗教&マルチの影響で過激自然派
次の話は、山田さんが取材中に聞いたエピソードだ。「自然派商材を扱うマルチ商法や、医療をよしとしない新宗教に影響を受けた実母が『薬は劇薬』という主張を家族に強いるパターンが複数ありました。治療を必要とする状態になっても、西洋医学は一切禁止。民間療法的なカウンセリングや、自然素材を使ったお手当を強要。取材者が結婚して家を出て妊娠出産……となっても『病院は危険だから自宅出産で』と、口を出してくる。当然、ご本人のストレスはすさまじく、常に悩みを抱えています」
無事出産はしたものの、孫への干渉も激しく、処方薬などが見つかろうものなら大騒ぎ。母の暴走から身を守るため、結局はある程度従うしかなくなったという。
このような西洋医学を否定するケースは、よくある。
「治療そのものを拒否するのも代替療法を選ぶのも、基本的には本人の自由です。しかしそれを家族、ましてや他人に押し付ければ当然、人間関係はおかしくなります。特に親の場合は、愛情ゆえなのが、やっかいですよね。そうなると選んだものの是非ではなく、家族関係の話となってきますが、その問題をこじらせるきかっかけをつくったのは間違いなく、根拠のない不安商法の存在でしょう」
近所のママが”自然な免疫”という考えの集団
近所のママ友が自然派で…というケースではこんな話もある。「自然派界隈では『ワクチンより、病気に感染して得た免疫のほうが強い』という考えがあります。そこから発生したのが、『水疱瘡パーティ』。水疱瘡にかかった子どもにロリポップ(棒付きキャンディ)をなめさせ、それを子供らに回し舐めさせて感染させるというイベントがコミュニティ内で行われています。ある方は、お子さんが水疱瘡を患い看病に追われる中、近所の自然派ママチームに家に押しかけられ、対応に苦心されたと話してくれました」
「一瞬舐めるだけだから!!」と子どもが舐めたキャンディをくれと集団で押しかけてきたという。
「まるで、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ……なハロウィンのごとく、なかなかカオスな状況だったそう。同じ考えを持つ人が集まるコミュニティ内でやるべきことを、境界線を越えるとトラブルになる典型的な実例です」
「エコ」という大義名分をかかげて、おさがりを強引に「クレクレ」と近所をめぐる別グループもいるという。これもまた、良かれと思ったことが暴走した例だろう。
根拠は薄いが、インパクトは絶大。
「大調和の波動を転写した大調和波動米を、未来の食糧危機の時に買える権利」最高350万円

「波動」といったスピリチュアル的な要素に付加価値を見出してそれを買うのは、個人の自由である。では、どういう場合に問題になるのだろうか?
「それを選ばないと不幸になると脅したり、根拠のない健康効果を断言したりする場合です。肛門日光浴のケースも、肛門日光浴をすること自体は公然わいせつ罪にあたらない範囲でやるなら、個人の自由でしょう。ストレッチやヨガのように、非日常なポーズを維持することで、使われにくい筋肉が刺激されたりするかもしれません。また、常軌を逸したチャレンジで、メンタルに変化が起こる可能性も捨てきれません。でも”鬱が治った”などの話になれば、それはあくまで個人の体験談。不特定多数の人にはあてはまりません。そうした体験をもとに、それぞれに必要な医療を否定したり、ましてや脅す言説を広めるのなら、もはや暴力と言えるでしょう」
他にも最近のSNSでは瀉血、ルート治療、膣マッサージ、四毒、「NoFap(ノーファップ)」運動(要は“オナ禁”)、など 、科学的根拠の怪しい健康法はいくらでも見つけることができる。
閉鎖的な環境で情報が偏った人たちがハマりがち
「『孤育て』していて、リアルで交流する相手が少ない親たち。在宅勤務の常態化などで、つながっている人が限られる環境。独居の高齢者。勤めに出ている人でも、人間関係が狭い人は危ないかもしれません。そうした人たちが社会とのつながりややりがいをもとめ、キャッチーで意欲的なものにひっかかる。そうして SNSでそういった発信をしたり見たりしているうちに、エコーチェンバー(主にインターネット上で、自分と同じ意見や価値観を持つ人たちだけが集まる閉鎖的なコミュニティで、同じような意見や情報ばかりが繰り返し伝えられる現象)によって情報が偏っていき、やがてハマっていきます」山田さんはそういった情報の偏りを防ぐために、多少浅くとも、広い人間関係を持つことをおススメする。
「やはり同じ価値観の人で固まると、方向転換は難しくなりがちです。それまでに費やした労力、回収できない費用をサンクコストと言いますが、特に健康法の場合はその点からも、感情的に引き返しにくいと思います。例えば今まで膨大な費用をつぎ込んで腸活してきたのに、医学的に根拠がないと言われても、いまさらやめにくい……というような話もよく聞きます。周囲と盛り上がっていたり、公的な情報を“真実を隠している”とみなす陰謀論になれば、なおさらでしょう」
その健康法が医学的に間違っていたとしても、一度ハマると抜け出すのは難しい。
当事者は良くとも子どもや家族を巻き込むリスク

実際に、定期接種のワクチンすらも危険視する母が、子どもにワクチンを打たせず、子どもが健康被害を被ることもある。身近な人がハマったら、どう対処したらいいのか。
「関係を残すために、全否定しないことが大切です。ハマる人は、医療に不信感を持つような体験をしていたり 、医療を権威とみなし、そのカウンターとして医療は危険だと言っているケースもあります。今回の漫画原作では、そういった情報に振り回される母子たちの姿を書きました。誰しもがどこかで見たことがある光景なんじゃないでしょうか。自分には関係のない話と切り捨てず、どこかでつながる身近な話として、読んでいただけると嬉しいです」
いったい誰が根拠の怪しい情報の被害者なのか、考えたい。
















