「わたし」を守り、苦しめる「渡辺まお」という人格
「現役の頃は、“わたし”と“渡辺まお”というふたつの人格が共存しているような感覚でした。仕事をしてる時間のほうが長かったから、むしろ“まおちゃん”が本名なんじゃないかって思うぐらいでした。“渡辺まお”だからこそできた振る舞いもいっぱいあって、ある意味、わたしを守ってくれていた存在だと思っています。
ただ、引退したあともしばらく、“まおちゃん”という存在を自分の中で切り離せず、そのことに随分、苦しめられたのも事実です」
本書で神野は、こんな風にも綴っている。
<かつての半身は誰よりもわたしの弱みをぎゅっと握っていて、彼女が望めばいつだってわたしの精神の灯火(ともしび)は簡単に消すことができるのだ。どこにも逃げることができず、わたしの魂に彼女の鎖が巻きついて放そうとはしなかった>
「“まおちゃん”と“わたし”、このふたつの人格をうまく切り替えられるときもあれば、その境界線がぐちゃぐちゃになっちゃうこともあって。ある意味、そのぐちゃぐちゃの状態を“神野藍”という立場から俯瞰して書いたのがこの本だと思います。
今では“まおちゃん”はかなり影を潜めたと思いますが、今度は“わたし”と“神野藍”というふたつの人格が同居している状態ですね(笑)」
今もつきまとうセクシー女優の過去。それでも「身バレしてよかった」
たとえ「わたし」が「渡辺まお」を切り離したつもりでも、現実は一筋縄ではいかない。引退から3年経った今でも、ふとしたタイミングで「まおちゃん」が顔をのぞかせることがある。
「最近、新しい職場の方に『ごめん、過去の経歴、知っちゃった』と言われたんです。その瞬間、『え、待って!』と頭が真っ白になりましたね(苦笑)。
もちろんその人に他意はなくて、採用にあたって本名を検索をしたら、セクシー女優時代の記事が紐づいて出てきたということなんですが。
過去の経歴を知られたからといって、今の職場ではそれ以上、なにか言われるわけではないし、わたしが仕事をきちんとしていれば評価してもらえる環境なので大きな問題はないのですが」
神野の口調はあくまでも軽やかで、恨みがましさは感じられない。
「今思うと身バレしてよかったなと思います。デビュー作のセールスは大事だし、あのタイミングで身バレしていなかったら、泣かず飛ばずのセクシー女優で終わっていたと思うので」
「ホス狂いの三拍子が揃っていた」デビュー前夜

「デビュー前、数か月ですが、歌舞伎町のホストにハマった時期がありました。マッチングアプリで知り合った人が駆け出しのホストだったんです。ただ、今思うとあれは『体験したかっただけ』だったんだなと思います。
ホストって“頑張れば報われる”っていう構造じゃないですか。お金を使えば、推しのホストのランキングが上がったり、自分の頑張りが目に見える結果として返ってきたりする。
それまでは、推し活など他人のために課金することにまったく興味が持てなかったんですけど、負けず嫌いで責任感が強い、そしてまじめに働くという『ホス狂いの三拍子』が揃ってる自分には、この構造がすごく合っちゃって(笑)。
でも、よく考えたら当時は“頑張っている自分”が好きなだけで、相手のことなんて何も思ってなかったんですよね。だから、デビューするにあたって、けじめをつけるためにわずか数か月でスパッとやめられたのだと思います」
男と戦っている──神野藍がほどきはじめた「男性との関係」
最近あらたに始まった連載では、神野は男性との関係についても書き始めた。
「正直、私の人生って、男関係に関しては“とんでもないこと”になってるんですよ」と神野は笑う。
「今回の本ではあまり具体的には書かなかったですけど、わたしのなかでは常に“男と戦ってる”みたいな感覚があって。恋愛では、精神的な意味での“殴り合い”になることも少なくないですね(苦笑)。
少し話はそれるんですが、セクシー女優になってから、男性という存在に絶望したことが何度もあるんです。たとえば、SNSのコメントやDMには、平日の昼間から『なんでこんなこと書けるの?』って思う内容の文章が届くし、セクシー女優をやめた今でも知らない人から『最近いつした?』と性事情を平気で聞かれる。
『人としてコミュニケーションを取られていない』っていう感じがすごくあるし、まるで自分が実在しない存在として扱われているような気もします」
女性を欲望の対象と見るものの、ひとりの人間としては認めない、いわゆる「女嫌いの女体好き」の構造は、セクシー女優に限らず女性たちの自尊心を削っていく。
「だからこそ、プライベートでは好きになれる相手に対しては、のめり込んじゃう部分もあるのかも。
男好きなわけでもなければ、ことさら恋愛体質なわけでもなくて、たまたま知り合った相手と恋愛をしたら、最終的には殴り合いになって終わる……みたいな」
本を出したところで“世間のレッテル”は変わらない。それでも神野藍が「書き続ける」わけ

「もがき続けて正解だったよ、と言えるようになりたいですね。
本を一冊、出したところで、『元セクシー女優』という世間からのレッテルは何も変わらないんだな、と無力さを感じたのも事実です。でも、今はそんなやるせなさも含めて、自分の言葉と筆でひとつひとつ塗り替えていきたいと思っています。本を出したことで、自分の立ち位置がさらに明確になった気がします」
神野の口調には迷いがない。
「これまでずっと“自由になりたい”と思って、選択してきたんだと思います。セクシー女優になったのもそう、作家をしている今もそう。過去の“真面目で優等生だった自分”から自由になりたくて、そして今は、“脱いでいた自分”から自由になりたい。
これからも自分をほどき続ける、自由になるために、わたしは書き続けるんだろうなと思います」
人はどこまでも「自分」からは逃れることができない。自分を幸せにできるのは自分だけだ。生真面目なほど「わたし」を真正面に見据え、解体し、再生する神野の文章を、これからも読んでいきたい。
<取材・文/アケミン、撮影/藤井厚年>
―[神野藍]―
【アケミン】
週刊SPA!をはじめエンタメからビジネスまで執筆。Twitter :@AkeMin_desu