NHKの不振は経営だけの問題か?

「民放っぽくなった」NHKが失ったもの。手放した“公共放送と...の画像はこちら >>
 NHKの不振は経営だけの問題なのでしょうか?

 NHKの赤字決算報告を分析した読売新聞の記事「深刻な収入減でもスクランブル化否定のNHK「番組の質・量は維持」…制作費の4分の1は人件費」が大きな話題を呼びました。受信料収入は過去最大の下げ幅を記録し、受信契約数も頭打ちの一方で、ドラマなどの番組制作費はかさみ、BS4K、8Kまであるチャンネル数との兼ね合いをどう保つのか。NHKの存在意義が問われる事態であると論じ、受信料システムの限界を示唆しています。


 この見方には筆者もおおむね同意します。たしかに一部のドラマや教育関連のコンテンツでは、時代を映し出す斬新なトピックや演出を展開し、“さすがNHK”とうならせることもあります。

 しかし、Netflixなどのサブスク全盛の多コンテンツ時代であり、観たい番組にだけ課金するペイパービュー的な価値観も根付いてきたことにより、どうしてもNHKの受信料には割高感が出てきてしまう。

 ニュースや天気、災害情報などの速報性、正確性に対する価値は評価しつつも、そこまで興味のわかないバラエティ番組のために余計な金額を払わなければいけない、しかもそれが法制化されていることへの疑問は、年々高まってきていると言えるでしょう。

“民放っぽい”番組をNHKでやる必要はあるのか?

 そうしたなかで、近年NHKを敬遠する理由として“民放っぽい”という批判が多く聞かれます。確かに、人気のアイドルやお笑い芸人を多く起用したり、ワイプで出演者の表情を抜き取る演出など、これをわざわざNHKでやる必要があるのかな、と思うことがあります。

 つまり、他局で事足りていることを公共放送で重複させることに何の意味があるのか、と国民の多くが疑問に思っているわけですね。かつてのNHKに対しては起きなかったタイプの批判です。

 では、昔のNHKとはどんなものだったのか。そして、“民放っぽさ”とともにNHKは何を失ったのか、考えたいと思います。

 2017年にNHKで初めてMCを務めたマツコ・デラックスが、自虐をこめて「人間って居場所がある。オカマを出して無理にTVショーをやることはない」と語ったことがありました。

 これ以上に昨今の“民放っぽい”NHKを表現した言葉はないでしょう。
そう、紅白にせよ、コント番組にせよ、“あのNHKがこんな面白いことをやりますよ”という頑張り感が見えてしまっているのですね。

かつてのNHKには“視聴者を突き放した冷たさ”があった

 かつてのNHKには、そういう一生懸命さよりも、むしろ視聴者を突き放した冷たさがありました。たとえば、BSの人気番組『新日本風土記』の前身番組『日本風土記』などは、無名の市民の生活を淡々と記録したフィルムといった風情があり、BGMも必要最低限しか流れません。

 映像も音楽もスタイリッシュになったいまの『新日本風土記』と比較すると、洗いざらしのたくましさがあり、それが市井の人々の質素な暮らしぶりと通じている。そのように意図しない形で演出が成立する楽しみがあったのです。

 紅白歌合戦にしても、今みたいに隙あらば笑いを入れようとか、サプライズを用意するとかではなく、もっと事務的に、しかし整然と盛り上げるといった形で進行していました。

 そしてマニアックな番組では、かつて深夜3時台に放送していた『MUSIC BOX』が忘れられません。昭和や平成のヒット曲とともに、当時のニュース映像をランダムに流すだけの“穴埋め”番組なのですが、これがなんとも味わい深かった。

 余計なナレーションや演出がないおかげで、音楽と当時の社会風俗とのつながりを想像する余地が生まれる。意識も少しもうろうとした真夜中のお供として、こんなにふさわしい番組はありませんでした。

公共放送としてのアドバンテージを自ら放棄した形に

 これらと比べると、いまのNHKはどの番組、どのジャンルにおいても、少々説明しすぎなきらいがあります。その演出に至った背景や、このトピックを扱う理由を、手取り足取り教えてくれすぎるのです。

 もっとも、そうならざるを得なかったのも、受信料制度に対する厳しい風当たりを受けてのことと想像すると、なかなか世知辛くもあるのですがーー。


 時代が変われば視聴者の求めるものも変わるのは仕方のないことです。しかし、1995年に卵のロゴに変わったあたりから、NHKが自らの価値観を世間に投げかけるよりも、視聴者におもねった形の演出や表現に偏りだしたように感じます。

 しかし、これは一見、ユーザーフレンドリーに思えますが、逆に言えば公共放送として視聴率にしばられず予算の心配をする必要のない立場にあるアドバンテージを自ら放棄してしまったとも言えます。

 そんないまだからこそ、あえて高飛車に戻ってみる。『映像の世紀バタフライエフェクト』のような番組が好評を博していることも、そんな方針転換を後押ししてくれるはずです。

 これが意外とNHK復活のカギとなるのかもしれません。

文/石黒隆之

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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