ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
そこで、著者が出会ったものとは……願いは今日も「すこしドラマになってくれ」。
続けたいし、愛されたい【立会川駅・もつ焼 信(居酒屋)】vol.7
なんだかもう飽きている。初めての週刊雑誌連載なのに、第10回を数える前に一度目の「飽き」が来た。想像していたよりもずっと早い。
思えば何事も、長く続いたことはなかった。大手企業のサラリーマンは5年で辞めて、編集プロダクションの会社員を3年で辞めて、年始から始めた日記は4日でやめた。
辞めがちな自分が尊敬するもの。それは、老舗、という勲章が付く店である。商売なのだから飽きの問題だけでなく、お客がいなければ成り立たないはずで、長く続いている飲食店は、それだけ長く愛されていることになる。もしくは、地主が節税を兼ねた趣味でやっているだけである。
品川区の大井競馬場の近くに、「もつ焼 信」という店がある。かつては「お山の大将」という名前だったが、店主が代わったタイミングで店名も新しくなった。メニューや内観に、変わりはない。1989年から守り抜いている味と店構えに、ファンが多いという。
「その店の目玉焼きが面白いので、食べてみてください」
いつものように担当編集が言った。当然、私はこの店に行ったことがなく、店の最寄り駅である立会川駅にも、降りたことがなかった。
担当編集も、立会川駅にゆかりはないらしい。この店で飲むために、わざわざ京浜急行から下車するのだという。
「そういうのって、静岡まで『さわやか』のハンバーグを食べにいく時にやるやつじゃないですか」とからかってみると、「ええ、『さわやか』と同じくらいのテンションで行ってますよ」と、当然のように返されてしまい、こっちが狼狽した。
平日の夕方に、お邪魔した。
店名が変わったばかりだからか、店先にはスタンド花がいくつも飾られているのだが、花の量からして、本当に愛されていることが伝わる。とくに「祝 御開店 6年4組同級生一同」と書かれた祝い花が、輝いて見えた。
店内は、座敷席とカウンター席に分かれていて、どちらもすでに先客の姿がある。
カウンター席に着くと、壁にぶら下がっていた「ビー酎、180円」の文字に惹かれた。
これまでお邪魔したお店で、最安値と思われる。
ビー酎と、串焼きをいくつかと、担当編集が薦めていた目玉焼きを頼んだ。すると店主が「目玉焼き、いくつにする?」と尋ねた。
「いくつ……?」
「あ、卵10個まで、同じ値段なんで」
ニワトリが一揆を起こすぞ。
これが担当編集の言っていた「面白さ」か、と納得しながら、お腹もすいていたので、4つお願いした。
数分後。出てきた目玉焼きを見て、体が固まる。キャベツやキュウリを切ったサラダの山の上に、4つの目玉焼きの白身が、溶けて融合している。その上から大量の魚粉と胡椒が撒かれているが、魚粉から覗いた4つの黄身は、まるで生き物の瞳のようで、『風の谷のナウシカ』に出てくる王蟲を想起してしまった。
掻き混ぜて、一口頬張る。美味い。噛むたびに変わる食感と、強い味付けが、酒の肴に向いていると思った。
しかし、3つ目の卵を食べ始めた時点で、やや飽き始めていることに気づいた。どうして4つなんかに挑戦したのか。こんなに美味いのに、胃袋まで飽きが早い。
この連載も、おそらくあと二度ほど飽きるだろうと思った。それでも続けていれば、いつかは小学校の同級生から花が届くだろうか。
気づけば店は、ほぼ満席で賑わっていて、一人客は自分だけだった。
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>
―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。