大勢が利用する空間だからこそ、モラルとマナーを守ることは言うまでもありません。今回は、ある乗客の常識はずれな行為が招いた緊張の一部始終をレポートしました。
通勤バスの穏やかな空間で起きた驚きの光景
都内在住で食品関係の商社に勤務する杉浦さん(仮名・34歳)。彼の出社時間は少し遅めの午前10時で、通勤ラッシュは過ぎているものの、バスの中にはそこそこの乗客がいる状況でした。「車内は、座席が半分くらい埋まっていて、立っている人もちらほらいるくらいでした。ギュウギュウじゃないけど、気を使う程度には人がいる、って感じですかね。最近下の子が生まれたばかりで、なかなか自宅で自分の時間が取れなく、この束の間のバス通勤が私のほっとする時間なんです」
そんな穏やかな時間が流れるバスの車内で、目を疑う光景が広がったといいます。
湯気立つ弁当と車内に広がる異臭
いつものようにあらかじめダウンロードしておいた動画を楽しんでいた杉浦さん。その時、目の前の座席に座っていた中年男性がとった、ある“行動”に驚いたといいます。「なんかガサガサ音がして、ふと顔を上げたら、目の前の男性が弁当のふたを開けてるんですよ。しかも、湯気がすごくて、あきらかに今買ってきたばかりのアツアツのやつでした」
それだけでも驚きなのですが、次の瞬間、強烈な匂いが車内に広がります。
「おそらく、唐揚げか何かの揚げ物に、ちょっと酸味のある惣菜が入っていたんでしょうね。鼻をつくようなにおいで、思わず顔をしかめてしまいました。明らかに、バスの中で食べるべきものではなかったです」
高速バスや遠足の貸切バスならともかく、路線バスでの飲食は原則禁止なはずですが、この男性はお構いなしでもくもくと弁当を食べ続けていたそうです。
工場夜勤明けの乗客たちと“事情”への理解
杉浦さんは、その驚きの光景を目にしながらも、ふとあることを思い出したといいます。「このバス路線は、近くにある大きな工場からの夜勤明けの人たちがよく利用するんですよ。バス停のすぐそばに、早朝から開いてる弁当屋があって、よく列ができているのも見かけます。たぶん、その人も夜勤明けで、空腹に耐えられなかったんじゃないかって」
一瞬、”仕方ないのかもしれない”と同情の気持ちがよぎります。しかし、それでもなお、車内に広がる匂いは強烈で、周囲の空気は明らかにざわついていました。
「みんな、何も言わないけど、顔には出てるんです。眉をひそめたり、口元をハンカチで覆ったり…誰もが内心、戸惑っていたと思います」
金髪高校生の「一喝」が状況を一変させた
そのとき、車内の空気を一変させる出来事が起こります。前方の座席に座っていた、金髪の男子高校生が立ち上がり、男性に向かって声をあげたのです。「おっさん、臭ぇんだよ!」
一瞬、車内の空気が凍りつきました。静寂を破ったその一言に、誰もが息を呑みました。
「最初は、ちょっと乱暴すぎるかなと思いました。でも、その子の行動は続きました」
高校生は男性の手から弁当を取り上げ、さらにポケットから500円硬貨を取り出して男性に差し出しました。
「みんな迷惑してんだから、このお金で降りてからもう一回買って」
と言って、その高校生は男性の膝にあった弁当をゆっくり取り上げ、ふたを閉めて元のビニール袋に入れて硬く結んだといいます。その目は真剣で、決してふざけている様子はなかったそうです。
「すごく真っ直ぐで、怒ってるっていうより、困ってる周囲の人を思っての行動だって感じました。なんか、説得力ありましたね」
大人として何もできなかった自分に反省
少し気が弱そうな男性は、何も言い返すことができず次の停留所でバスを降りていきました。「車内の誰も、拍手とかはしませんでしたけど、その高校生に向けては、自然と賞賛の視線が集まっていました。口元に微笑みを浮かべる人、うなずく人、何となく空気が明るくなったんです」
杉浦さんも、心の中で思わず「よく言ってくれた」とつぶやいたそうです。
「正直、ああいう場面って、自分が注意する勇気はなかなか持てないんですよね。言い方を間違えたらトラブルにもなるし。でも、あの高校生は、ちゃんと問題を指摘して、しかも500円を渡すっていう“着地点”も作っていた。子ども扱いしちゃいけないけど、すごく大人だなって思いました」
金髪高校生の勇気ある行動に感銘を受けた杉浦さん。それと同時に、動画視聴に気を取られ何もできなかった自分が、大人として恥ずかしかったと反省したそうです。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営