『会社四季報』を読み、消去法で大手企業に入社
「もともと、勉強は得意ではなかった」と謙遜する志尊さんだが、地元・名古屋の進学校を経て、現役で立命館大学理工学部に進学している。「将来の夢がまったくなくて。当時は、ただいい高校に行って、いい大学に入ればいいことがあると信じていました」
就職活動では『会社四季報』を読み込み、「大手企業」「平均年収が高い」「離職率が低い」といった条件に合う企業をリストアップ。選考フローが少ない企業を優先的にエントリーし、その中の一つである大手空調機器メーカーに入社した。
「内定をもらったときは親がすごく喜んでくれて、『これで安心だ』と思いました。でも自分自身は、特に思い入れがわるわけでもなく……。決められたレールの上をただ歩いているな、という感覚です」
グローバルに事業を展開している大手空調機器メーカーに入社し、大阪本社の技術営業部に配属された志尊さん。『会社四季報』に記されているとおり、社員に優しいホワイト企業だったそう。
「だからこそ、入社してすぐに物足りなさを感じてしまいました」
コロナ禍、友人の事故死……人生を見つめ直した

「ホワイト企業とはいえ、若くてエネルギーのある時期に、年齢相応の給料をもらって働いているだけでいいのか。そんな漠然とした疑問が湧くようになりました。安定を求めて入社したはずなのに、気づけばこの環境に対する不満が募っていったんです」
退職後は人材派遣会社に勤務したり、不動産仲介会社の経営に携わったりと、さまざまなキャリアを模索した。
「結局、自分は何がしたいのかという問いが常につきまとっていました。当時はまだ、本当にやりたいことが見えていなかったんです」
転機が訪れたのは、新型コロナウイルスの感染拡大による自粛期間中、そして親しかった友人の事故死が重なったときだった。
「その期間に、初めて自分と深く向き合いました。それまでは流されるように生きてきたのですが、人はいつ何が起こるか分からない。だからこそ、“今”を全力で生きることが大切だと強く感じ、『今しかできないことをやろう』という思いが明確に芽生えたんです」
将来の安定を最優先に考えてきた志尊さんにとって、それは大きな価値観の転換だった。
「不動産など、“いつでもできること”ばかり考えていた自分に気づいたんです。一度リセットして、“今しかできないことは何か”と考えたとき、頭に浮かんだのがホストという職業でした」
エリート会社員からホストへ「すべてを捨てた分、仕事に懸ける覚悟は人一倍」

「これまで積み上げてきた経歴や職歴をすべて捨てて飛び込んだ分、この仕事にかける覚悟は人一倍あったと思います。『なんであのとき、仕事を辞めたの?』と周囲に言われたくないし、むしろ『この道を選んで正解だった』と誰もが思えるような結果を出したいという強い気持ちが売上にも直結したと思います」
その後、拠点を東京に移し、歌舞伎町「TOPDANDY本店」に入店。「なぜ売れ続けているのか」の問いに対し、志尊さんは少し恥ずかしそうに笑いながら、こう答えてくれた。
「根拠はないけれど、自分なら『女性に対する接客業は、頑張れば結果を出せる』という強い確信がありました。
では、どのようにして生徒たちのモチベーションを高めていったのだろうか。
「まずは、塾に来ること自体のイメージを“苦”から“快”に変えることを意識しました。こそうなると、宿題や復習にも前向きに取り組んでくれるようになりますし、勉強そのものにも前向きになってくれます。そのために、たくさん褒めたり、一緒に楽しんだりすることを心がけました。また、目標と目的を明確にすることも重要です。ここがはっきりすると、生徒のやる気に一層拍車がかかるのです」
すると、志尊さんが受け持った生徒たちは自ら進んで塾に通い、宿題にも積極的に取り組むようになった。
「塾講師を通じ、人を惹きつけて動かすという点で、自信を持つことができました。振り返ってみると、あのときやっていたことはホストの仕事と重なる部分があったのかもしれません」
ホストを猛反対していた母親とは北海道旅行に行く仲に

「当時は本気で泣いて止められ、『東京に行かないで』とも言われました。しかし、ホストを始めて3年半が経って、いまだに認めてくれたとは言えませんが、以前より関係はずっと良くなっていると思います」
昨年、母親が60歳を迎えた際には、2人で北海道旅行へ行くなど、今では親子の時間を大切に過ごせているという。また、名古屋に帰省したときはおいしいご飯をごちそうするなど、できる範囲で親孝行を心がけている。
「母は今でも『新聞配達や工場で働いているあなたのほうが応援しやすい』と言うことがあります。でも、旅行に一緒に行けるくらいの関係になったこと自体、すごくありがたいなと思っています」
そんな志尊さんが、ずっと変わらず胸に抱いているのが「幸せな家庭を築くこと」という目標だ。
「仕事柄、公の場で語るべきことではないのかもしれませんが、この目標だけは変わることがありません。将来は、当たり前のようでいて、あたたかく、平和な家庭を築きたい。今は仕事に全力を注いでいますが、いつかそんな日々が訪れることを夢見ています」
<取材・文/橋本岬>
【橋本 岬】
IT企業の広報兼フリーライター。元レースクイーン。よく書くテーマはキャリアや女性の働き方など。好きなお酒はレモンサワーです