―[異端の常識]―

10年に一度の猛暑。寝苦しく、睡眠不足の人も多いだろう。
ヘルステックの進化とともに“正しい睡眠”を求める昨今の睡眠ブームの陰には、ゲノム解析や脳科学の新発見で「ノーベル賞に一番近い」と注目される研究所の存在がある。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構、通称IIIS(トリプルアイエス)だ。脳内物質から睡眠のメカニズム、覚醒の謎に挑む櫻井武教授を訪ねると、正しさを求めるあまり、眠れなくなっている現代人の姿が見えてきた。
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“正しい睡眠”が体を壊す! ×早起き、×90分サイクル……「眠り」研究の最前線

「眠りの重要性が認知されるなかで、“睡眠の質=深い眠り”だけが重要という誤った認識が広がっている気がします。深い眠りは重要ですが、タイパを重視するあまり『短時間でも深い眠りであれば良いのでは?』と曲解してしまう。残念ながら睡眠にチートはありません。睡眠不足を解消するには、十分に寝るしかない。質で量を補完することはできないのです」

OECD加盟国33か国(’21年調査時点)の平均睡眠時間で、日本は7時間22分。最下位だ。

「日本以外に8時間を切っているのは韓国だけ。同じアジアでも中国人は9時間以上寝ています。睡眠は個人差が大きく、最適な睡眠時間は人それぞれ違いますが、日本人の約8割は常時睡眠不足だと指摘されています」

古くは大学受験の“四当五落”、今もはびこる職場の“寝てない自慢”。不眠で頑張ることが美徳とされる日本独特の文化の影響は、根深い。


「中年の社会人の多くが慢性の寝不足『行動誘発性睡眠不足症候群』なのは間違いないでしょう。問題なのは、常態化してしまい寝不足に気づいていないこと。日中に眠気があれば、ほぼ睡眠不足だと思ってほしい。また、特にビジネスマンにはショートスリーパー自任が多いのですが、勘違いであることが多いです。短時間睡眠でパフォーマンスを維持できるショートスリーパー遺伝子を持つ人は、数万人にひとり程度しか存在しないからです」

間違いだらけ!? 睡眠の5つの大ウソ

早起き、90分サイクルは体を壊す!大ウソだらけの睡眠5つの常識
「筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)」の研究棟。世界トップレベルの睡眠医科学研究拠点だ
確かに睡眠時間は短いかもしれないが、日本は世界に誇る長寿国だ。健康に支障がない証左とは言えないのだろうか。

「健康寿命としてはどうでしょうか。それよりも、生産人口層の睡眠不足こそが日本の生産性の低さに直結しているのではないか?という懸念のほうが議論される段階に来ています」

長らく常識とされてきたが、今は否定されている睡眠のウソを5つ紹介しよう。まずは、「90分単位説」。“浅い眠りのタイミングで目覚めるのが良い”と、90分単位で翌朝のアラームを設定するのは実は大間違いだ。

「浅い眠り=レム睡眠と、深い眠り=ノンレム睡眠の周期が90分だからと広まりましたが、そもそもレム睡眠が浅い眠りというのは誤解。

私たちの脳は覚醒、ノンレム睡眠、レム睡眠とまったく違う3種のモードで活動しています。眠りにつくとまずノンレム睡眠に入り、ある程度時間がたつとレム睡眠に移行する。


これを睡眠サイクルといい、睡眠が良好な人はこれを一晩に4~6回繰り返します。

ただ、1セットの時間は個人差も大きく、必ずしも90分とは限りません。また、深いノンレム睡眠が大切なのは間違いありませんが、深いノンレム睡眠だけに意味があるわけではない。浅いノンレム睡眠やレム睡眠と適切に繰り返されることが重要です」

夜型の人にとっては迷惑な常識

2つ目は江戸時代からの常識、「早起きは三文の徳」。健康な人や成功者ほど早寝早起きというイメージも大きい。

「それは朝型の人に限った話。夕方以降に調子が良くなる夜型の人にとっては迷惑な常識です。朝型か夜型かといったクロノタイプ(体内時計の特性)は、年齢によっても変化しますが、ほぼ遺伝子によって決まっており努力や習慣では変えられません。早寝早起きは、万人にとって良いわけではないのです」

では「朝型のほうが効率的」というのも、ウソなのか?

「これも朝型の人ならそうでしょう。でも、夜型の人が無理に朝型に合わせようとしても体に備わった生理と反するため、かえって非効率的。朝型優位の社会は、生まれつき夜型の人にとってはジェンダーを押し付けられるのと同列の、差別に近いのではないかと思うほどです」

睡眠の質の向上には22時~夜2時までの「ゴールデンタイム」に寝ろという説も定番だが……。

「これこそ睡眠都市伝説。入眠してすぐ訪れる深い眠りの際に成長ホルモンが最も分泌されることを指して言われはじめたのでしょうが、早く寝ようが明け方に寝ようが、ホルモンの分泌には関係ありません。
何時に寝ても、最初の睡眠周期に深い睡眠をとることが重要です」

寝苦しくて睡眠不足になるほうが、よほど体に悪い

親世代や冷えが気になる女性の中には、「エアコンは睡眠の敵」「エアコンをつけたまま寝ると起床時ダルい」という人も多いが、暑さに耐えて寝るメリットはない。

「寝苦しくて睡眠不足になるほうが、よほど体に悪い。ノンレム睡眠に入るためには、深部体温が下がることが必要です。快眠に最適な室温23~25℃、湿度40~60%を保つようエアコンは大いに活用すべき。ハーバード大学では、エアコンのない古い寮とエアコンのある新しい寮で寮生の成績に大きく隔たりがあることがわかり、古い寮にもエアコンが導入されました。スマホや明るすぎる照明と違い、エアコンは睡眠に有効な唯一の文明の利器です!」

睡眠に悩む人ほど寝具や最新ガジェットを駆使し、眠りを改善しようと躍起になってしまう。

「プラシーボ効果で“信じる者は救われる”という側面はありますが、睡眠は脳内でつくり出されるので、『眠れない体験』を繰り返すと、不安や焦りを脳が学習してしまい、ますます眠れない悪循環に陥ります。寝る直前までスマホを見て、起き抜けに睡眠スコアに一喜一憂するくらいなら、毎日1時間でも長く眠ることを目指すほうがよほど睡眠不足解消に効果的です」

思い込みの「正しさ」を捨て、自分の最適を見つけ出すのだ!

睡眠にまつわる5つの大ウソ

①「90分単位で寝るのが良い」
②「早寝早起きは三文の徳」
③「朝型のほうが効率的」
④「睡眠のゴールデンタイム」
⑤「エアコンは睡眠の敵」

早起き、90分サイクルは体を壊す!大ウソだらけの睡眠5つの常識
睡眠の状態は筋電図や脳波などを同時に計測する「ポリソムノグラフィー」という装置を使って判定され、覚醒・ノンレム睡眠・レム睡眠を時間に沿って記録した「時間経過図」によって可視化される。眠りの深度まで計測できるとうたう睡眠計測ガジェットやアプリも散見されるが、「脳波を計測しなければ正確な睡眠状態はわからない」と櫻井教授
取材・文/仲田舞衣 撮影/高橋宏幸

―[異端の常識]―

【櫻井 武】
さくらいたけし◎1964年生まれ、東京都出身。筑波大学大学院在学中に、血管収縮因子を研究。1998年にテキサス大学サウスウエスタンメディカルセンターで柳沢正史教授と共に睡眠・覚醒を制御するオレキシンを発見。冬眠に関わるQニューロンも発見した睡眠研究の第一人者。著書『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム~快眠のためのヒント20~
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