汚職と腐敗政治が蔓延る同国の土壌が、この数年で急激に治安を悪化させ、その矛先は我が国にも向けられている。
万単位の犯罪集団が巣食う超大型特殊詐欺拠点が点在
カンボジアの北西部、タイとの国境に位置するポイペトは元来、カジノで知られる街だ。東京から約4500㎞も離れた東南アジアの田舎町で、日本人が29人も拘束されたのは5月下旬のことだった。現地を取材したルポライターの安田峰俊氏が解説する。
「捕まった日本人たちは特殊詐欺グループのメンバーとみられ、町の中心地から少し離れた『金河園区』と呼ばれるエリアに居住していました。『園区(パーク)』とはもともとは工業団地を指す中国語なのですが、転じて“大型詐欺拠点”を指す言葉として使われるようになり、同じような建物がずらっと並ぶ数万人規模の園区もカンボジア国内には存在します。出入りは厳しく制限され、高い塀や有刺鉄線などで“外の世界”とは隔離されているのが一般的です」
法もモラルも通用しない区画で拘束される
カンボジアで地下銀行を生業とするAは、園区の内情に明るい一人だ。中での暮らしぶりについて、こう語った。「一度園区に入ったら簡単には出られない。パスポートは没収、朝から晩まで休みなく詐欺に従事させられ、成績が悪ければ拷問だってある。このへんの事情は実話に基づいた中国製作の映画『No More Bets』が流行ったことで、国際的にも知れ渡った。だから、ポイペトで拘束された日本人たちの判決に興味がある。『(詐欺を)やらなければ殺されていた。仕方がなかった』って主張するだろうから」
中華系マフィアと切り離せない財閥がカンボジアに

彼らは現地警察や軍、さらに政府高官までを抱き込み犯罪シンジケートを組成しているというから、問題の根は深い。
「政権の中枢にいる要人が、中華系マフィアの大物経済人と一緒に特殊詐欺の複合施設を建設したとか。首相の親戚が不正なオンライン市場に関与したとか。カンボジアが国ぐるみで特殊詐欺に関与しているなんて話はもはや定説です。中華系マフィアと表裏一体の財閥がカンボジアにはあり、地権者から土地を借りて園区を建設し、KTV(連れ出しできるキャバクラ)やカジノホテルなど付帯施設を拡充したりもする。日本人詐欺グループはその大きな庭場の中でスペースを借りて営業するテナント、あるいは日本に向けた特殊詐欺で稼ぎたい中国人グループに人材を供給する派遣業者みたいな位置づけで、中華マフィアの下請けというのが実情です」(前出・A)
カンボジアの特殊詐欺が「中華系一強」の理由
ミャンマーやフィリピン、ラオスなど、東南アジアの多くの国は世界各国の特殊詐欺集団が根城を構えているが、カンボジアに限っては完全に中華系一強。その理由は「汚職がしやすい土壌」にあることは先にも触れたが、産業の構造的にも中華系マフィアの呪縛から逃れられない仕組みになっているという。カンボジアとタイで送金業務を行うAが続ける。
「福建省出身の中国人がカンボジアに帰化し、建設やカジノ、特殊詐欺で大儲け。今やアジア各国に支社を持つ財閥になっています。彼のような支配層はカンボジア国内にある大手通信会社ともつながっていて、国内の通信状況を監視しています。不自然なトラフィックが集中しているようなエリアがあれば調査に出向き、それが“筋”を通していない特殊詐欺グループならば叩き、時には殺害することも辞さない。このようにして中華系マフィアの独占状態を維持しているのです。コロナ後には東北や深圳などからも特殊詐欺グループが入ってきて、今では大きく分けて5~6の巨大集団がシアヌークビルやプノンペン郊外で全世界を相手に活動しています」
英語が堪能な人材を豊富に抱える
そんな中華系特殊詐欺グループの稼ぎ頭となっているスキームは、欧米をターゲットにしたサポート詐欺だという。「パソコンにウイルス感染したかのような偽の警告画面を表示させ、『ヘルプデスク』を騙った電話番号へ誘導。
虚偽の求人で集めた労働者から搾取し、さらに特殊詐欺に従事させる中国マフィアの手口はあまりにひどい。彼らの毒牙にかからないためにも、特殊詐欺グループ根絶のためにも、防犯意識を高めて備えるしかない。
カンボジアにおける特殊詐欺組織の変遷

’16年にシアヌークビルが経済特区に指定されると、中華資本が進出しカジノが勃興。’18年には習近平が犯罪組織の取り締まりを強化すると、中華マフィアがカンボジアに流入した
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•コロナ禍(2020~2023年)
コロナ禍でカジノが閉鎖されると失業者があふれるようになり、オンラインカジノに移行。転じて、さらに実入りのよい特殊詐欺を手掛けるように
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•コロナ後(2023年5月~現在)
特殊詐欺を実行する施設として園区が続々と建設される。中華資本による多国籍特殊詐欺集団が組織されロマンス詐欺や投資詐欺、サポート詐欺が流行
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•今後はどうなる?
中国国外に触手は伸び、特殊詐欺の多国籍化が一層進行。日本、韓国、アフリカなどからも詐欺要員は集められ、手口の巧妙化が進むと推測される
【ルポライター・安田峰俊氏】
立命館大学在学中に中国留学。’18年に天安門事件を取材した『八九六四』を上梓、城山三郎賞と大宅壮一ノンフィクション賞をW受賞
取材・文・/週刊SPA!編集部 写真/産経新聞社 時事通信社
―[カンボジア[詐欺拠点]の全貌]―