ニュースなどで頻繁に取り上げられる「あおり運転」。被害者の精神的苦痛は深刻であり、トラウマにもなりかねない。

 自動車損害保険を扱うチューリッヒ保険の『2025年あおり運転実態調査』によれば、5年以内にあおり運転をされたことがあるドライバーは34.5%であった。また、遭遇したあおり運転は、「後方から激しく接近された」が最多の84.3%。あおり運転された際の対処方法は、「道を譲った(51.1%)」、「何もしなかった(28.8%)」が上位を占め、あおり運転に遭遇しても、冷静に対応するドライバーが目立つことがわかった。

 今回は、思わぬかたちで“あおり運転”の被害に遭いながらも、冷静に対処した2人のエピソードを紹介する。

執拗な“あおり運転”の恐怖


“あおり運転”された救急車の運転手が明かす恐怖体験。命に関わ...の画像はこちら >>
 橋本直也さん(仮名・40代)は、土曜日の夕方、いつものように車を走らせていた。天気もよく、のんびり走っていたという。

 その平和な時間を壊したのは、バックミラーに映る“白いセダン”。異常なほどに近すぎる車間距離、そして強烈なハイビームだったそうだ。

「“早く行け”という無言の圧力がすごくて、ゾッとしました」

 車間距離をあけようとスピードをあげてもセダンはピタリと張りつき、やがて右側から並びかけてきた。そして……。

「窓があいて、“バカヤロウ!”って怒鳴られました。よくわからない暴言まで飛んできて、もう限界でしたね」

 怒りを抑えながら運転を続けていると、前方の信号が赤に変わろうとしていたという。橋本さんは徐々に減速した。


「でも、セダンは減速せずに突っ込んでいったんです」

交差点でくだった当然の罰


 セダンが交差点へ突入しようとした、その瞬間だった……。

「1台のパトカーがサイレンも鳴らさず、静かに出てきたんです。まるでタイミングを計っていたかのようでした」

 驚いたセダンの運転手は急ハンドルを切った。しかし、バランスを崩してそのままガードレールに激突したのだ。

「“ドンッ”という音がして、車のパーツが飛び散ってました。映画みたいな光景でしたね」

 車から這い出てきた運転手は、さっきまでの威勢はなく呆然と立ち尽くしていたという。そして、警察官がすぐに対応していたようだ。

「運転手の膝が震えていて、今にも崩れそうでした。まさに“自業自得”という言葉がぴったりで、その様子を見届けてから、私はゆっくり車を走らせました」

 橋本さんは、いつもは冷静なタイプだというが、このときばかりは思わず心のなかで叫んでいた。

「ざまぁみろ!」

「正義は勝つってこういうことなんだなって思いました」

救急車にあおり運転!?


“あおり運転”された救急車の運転手が明かす恐怖体験。命に関わる場面で「手が震えていました」
日本の救急車
「その日、2回目の緊急出動でした。私は救急隊の1年目で、運転を任されたばかりでした」

 佐々木千佳さん(仮名・30代)は、救急隊に配属され、緊急走行にも少しずつ慣れ始めたころだったという。

「傷病者はかなり危険な状態で、後ろでは先輩2人が処置をしていました。『揺れを極力抑えて、安定した走行を……』と何度も言われていました」

 病院までは約10キロ。サイレンを鳴らし、赤灯をつけて慎重に搬送していた。
ルートは何度も通ったことがあり比較的わかりやすい道だったが、坂道が多く一本道が続く区間でもあったそうだ。

「一本道って、道を譲ってもらいにくいんですよね。それでも通常は、サイレンが聞こえればみなさん避けてくれるんです」

 しかし、その日は違った。前方にいた1台の車が、拡声器で「道をお譲りください」と呼びかけても、まったく道を譲る気配がなかったのだ。

「“なんで?”って戸惑っているうちに、しばらくそのまま走ることになりました。でも、赤信号でようやく追い抜けたんです」

 ホッとしたのも束の間、今度はその車が後ろからピッタリとついてきたという。

命に関わる場面で「手が震えていました」


「なにかの偶然かと思いました。でも明らかにおかしくて……。車間距離を詰めてくるし、まるで挑発しているような動きでした」

 まさかの救急車への“あおり運転”。佐々木さんは手に汗をにじませながら、ハンドルに意識を集中させた。

「後部では処置中ですから、急ブレーキなんてできません。緊急走行中でも、乱暴な運転は“ご法度”なんです」

 前方の信号が赤に変わり、佐々木さんは安全確認をしながら交差点へと侵入。
救急車ならではの緊張感を伴う場面だという。

「そしたら、後ろの車まで信号無視してついてきたんです。“噓でしょ”って思いました」

 その瞬間、あおっていた車は慌ててハンドルを切り損ね、縁石にタイヤをぶつけて停車。車体が大きく傾き、損傷していたようだ。

 佐々木さんが運転する救急車は、そのまま病院へ直行した。幸い、傷病者は医師による迅速な処置を受け、一命を取りとめることができた。

「さすがに手が震えていました。『運転って志願制なんですか?』ってたまに聞かれるんですけど、自治体によって異なります。救急車の運転は、基本的に若手が担当します。私は普通自動車免許と緊急走行の訓練を受けて、現場に出ていました」

 救急車の運転手には “落ち着いた判断”がなによりも求められる。

「この経験で学んだのは、“いつでも冷静に”。あのとき動揺していたら、傷病者の命はなかったのかもしれません。
今はその責任を、ちゃんと受け止められるようになりました」

<取材・文/chimi86>

【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。
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