―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回は、学芸大学駅近くにある人気のクレープ店。
ラーメン二郎を経験したばかりの気を大きくした著者は「店員が厳しい」とも噂の同店を訪れたのだった。
はたして、どのような出来事が起こるのか。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」


甘いのはクレープだけで【学芸大学駅・ポポット(ガレット&クレープ店)】vol.16

 学芸大学駅の近くに、とびきり美味しいガレットとクレープを出す人気店があるという。ただし店員さんが厳しいから、怒られるかもしれないとも聞く。

 こちらは「ラーメン二郎」を乗り越えたばかりなので、少し気が大きくなっている。クレープ店が二郎より怖いことはないでしょうよ、と見栄を張り、学芸大学駅で降りる。

 5分ほど歩く。広い歩道が、学芸大学という街の豊かさや余裕を感じさせる。住宅も増えていく途中に、ガレットとクレープの店「ポポット」はある。勝手にファンシーな外観を想像したが、どちらかといえば硬派なビストロのような空気を醸す。

 入り口の横にある、張り紙に気付く。店内での待ち合わせはNG。
中学生以下の来店はNG。会計は現金のみ。媚びない姿勢が勇ましい。

 ランチタイムも過ぎ、さすがにすいていると予想したが、店内は満席で、店の向かいの椅子で待つように言われる。

 椅子には、カップルが座っている。2人は同じボーダー柄の半袖シャツに、お揃いのベージュのキャップまでかぶっている。平日の昼下がりに若い男女がペアルックで人気のクレープ店に並ぶ。いかにもデート過ぎて、焦る。

 カップルはすぐに店内に消えて、続いて私も中に案内された。少しだけネットで予習をしていたが、開店の30分前から並んで、2時間半待った人もいると書かれていたので、すぐに中に入れただけでかなり幸運である。

 店内は、ヨーロッパの田舎町にありそうな、どこか牧歌的な懐かしさが漂う。しかし、私はヨーロッパの田舎町なんかに行ったことはないし、こういう印象は一体どんな要素から引っ張られているのだろうか。


 案内された席に着く。隣の席との距離が近い。壁際の椅子に座るためには、店員さんが一度テーブルをどかす必要があるほどの狭さ。先ほどのカップルが私の隣にいる。ほとんど同じテーブルと言っても過言ではない。ペアルック・プラス1の状況に申し訳なく思いながら、メニューを開く。

 ガレットとクレープが何十種類と載っている。空腹に委ねて、ラタトゥイユのガレットと、デザートにクレープも頼む。ドリンクにはアイスコーヒーを選んだ。

 待っている間、キッチンに耳を傾ける。中華鍋でも扱っているかのような火の音と、店員さんの掛け声が聞こえる。白髪まじりの男性が力いっぱい料理をしていて、若い男性とインナーカラーを入れた女将さんが阿吽の呼吸で店内を動き回る。
クレープのように甘くファンシーな食べ物も、それを作るキッチンは戦場である。

 すぐに、ガレットが来た。

「携帯電話で料理の写真を撮るのはOKですが、それ以降は鞄にしまってください」

 男性店員が、皿を置きながら説明する。

 なるほど、こういう厳しさね? と、どこか安心する。美味しい料理を、きちんと味わってほしい。そう願うのは作り手として当然のことであって、私はこれに、にっこりと従う。隣のカップルも、いいね、と笑みを浮かべる。みんな、にっこりである。

 デザートのクレープも併せて、なんとか完食する。「過去最高」と言っても差し支えない美味さである。特にクレープは、バターと砂糖だけのシンプルなものを選んだのに、明らかにこれまでと一線を画す。と偉そうに言えるほどクレープをたくさん食べてきたわけではないが、美味いものは美味い。


 店員さんは最後まで温かく接客してくれた。この店で怒られたことがある人が本当にいるならば、きっと私は、その人と仲良くはなれない。

甘いのはクレープだけ!?学芸大学駅近くにあるガレット&クレー...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
編集部おすすめ