先日放送された『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系列)で密着されていたため、ご存じの方も多いかもしれない。
一般的には“ワケあり”とも思えてしまう個性的な人材を採用し、一人前に育つまで徹底して面倒を見るのが同店のスタイル。ゆえに阿部氏自身の負担が大きく、番組内でも東奔西走する姿が印象に残った。
何気ない言動がハラスメント認定される可能性もある昨今、職場での人間関係は一昔前よりさらに希薄になりつつある。そんな時代に苦労をいとわず、なぜ社員に寄り添い続けるのか。多忙な時間を縫ってくれた阿部氏に伺ってみた。
人間性は「2秒でわかる」
入社面接といえば、スーツを着て髪型を整えて……と、いわば“当たり障りのない姿”で臨むイメージが強い。ある時「意気な寿し所阿部」に面接に訪れたのは、パンチパーマのTシャツ、しかも飲食未経験の17歳男性だった。この時点で不採用とみなされても仕方がない。しかし、同店はすぐに採用を決定する。阿部氏はその理由を次のように話す。
「見た目は関係ありません。見ているのは『やる気』です。
技量は入店後に身に着けられるからこそ、やる気は重要なポイントだろう。とはいえ、面接の限られた時間で相手の人間性を見極められるのか。
「いえ、目を見れば2秒でわかりますから簡単ですよ。逆に、『なんとなく』とか『やることがないから』で来た人も顔を見ればすぐにわかるので、判断は難しくありません」
「500万円」を持ち逃げされたことも
過去に引きこもりの期間があった男性など、“履歴書に空白がある人材”を積極的に採用してきた阿部氏。全店あわせて50人ほどのスタッフが働いている同店だが、問題が起きることはないのか。「もちろん。『金を貸してください』と言ってきて、貸してやったら持ち逃げされたこともありますよ。一番大きい額で500万円くらいでした」
こうした苦い体験を経ても、「悪いところが目立つ奴にも、必ずいいところがあります。そこを見てやればいいだけですから」と断言する。
前述の引きこもり経験のある従業員が、数ヶ月にわたって無断欠勤を繰り返すようになった時期があった。普通の会社であれば、退職させる方針に舵を切ってしまうかもしれない。だが、阿部氏は一味違う。
「逃げグセがあるものの、店に来れば一生懸命働くヤツなんですよ。ただ、逃げグセをこれ以上許してしまうと、今後の人生で同じことを繰り返してしまいますから、どうにかしてやりたくて」
困っているヤツがいるから、話を聞いている
7店舗もの繁盛店を束ねる身でありながら、一人の従業員のために多くの時間を割くことは、いわば合理的ではないようにも思える。そのあたりはどのように考えているのか。「従業員が増えれば、比例してコミュニケーションのための時間が増えるのは必然。当然大変なことも少なくありません。そのうえで、コミュニケーションをとり続けないと、僕自身が不安で仕方がないんです」
ほかの従業員は“ひいき”だと感じないのだろうか。
「みんな、それが僕だとわかってくれていますから。ある期間だけを切り取れば、特定の従業員だけに時間を割いているように見えるかもしれませんが、それはそいつが困っているからですよ。困っているヤツがいるから、話を聞いてあげているだけです」
新約聖書に出てくる「羊飼いのエピソード」のようだ。100匹の羊を育てている羊飼いがおり、その中の1匹がいなくなったら、羊飼いは99匹を差し置いてでも1匹を探し歩くというもの。これは、神の働きを表現する逸話だが、まさに阿部氏は「その時困っている人」に全力を注ぐ男なのだ。
「今は、脳梗塞になった従業員を見ています。リハビリも頑張りましたが、お医者さんには『これ以上よくはならない』と言われました。だけど、なんと言われようが、少しでも元に戻して仕事ができるようにしてあげたいですね。だって、うちを辞めたら普通に生活していけませんからね」
“密”なコミュニケーションを取り続けるワケ
こうした取り組みは、合理性とは真逆の行動ではないか。ここまで従業員に寄り添える原動力はどこにあるのか。「僕には『何もない』からです。寿司を握るのがすごく上手なわけでもない。今の時代に、インターネットもうまく使えないし、メールアドレスさえ持ってませんからね。せめて従業員が『一緒に働いてもいいよ』と思ってくれるような場を作っているだけです」
そんな阿部氏だが、ここに来て大きな転換点を迎えていた。
「今までのやり方ではもう限界でしょうね。現在50人くらいのスタッフがいますが、これ以上増えるとなると、スタッフ全員を本当の意味で『見れている』とはいえませんからね。僕はまもなく社長を退く予定です」
次期社長なら「大丈夫」だと思っている

「人(スタッフ)に対しての気持ちは引き継いで欲しいとは思っています。といっても、あいつ(次期社長)なら大丈夫です。僕が、あるスタッフの暗い表情が気になって、声をかけに行こうとしたら、そこにあいつも来たんですよ。“ちゃんと分かっている”証拠です」
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店名の通り「意気」を掲げて人を雇い、一度入れば徹底的に守ろうとする姿勢。多くの現代人が忙しさにかまけて手放して来たことだと思う。一人ひとりが少しでも真似できれば、息のしやすい世の中になるのではないか。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。