―[その判決に異議あり!]―

39年前に起きた福井女子中学生殺人事件で懲役7年の実刑判決を受け服役した男性の再審公判が行われ、7月18日、名古屋高裁金沢支部は無罪判決を言い渡した。担当した裁判長は判決後に、再審に至らずとも無罪判決確定の可能性が十分にあったと述べている。

“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「福井女子中学生殺人事件」で再審無罪確定判決について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。

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39年越しの罪が炙り出した「裁判官ガチャ」という司法の闇

1986年に起きた福井女子中学生殺人事件は、殺人犯に仕立て上げられた無辜の民、前川彰司さん(60)の再審無罪がようやく確定した。この39年の間に前川さんの人生は台無しにされ、他方で、中学3年の女子を惨殺した真犯人は今なお何のお咎めもなく、のうのうと普通の生活を送っている。遺族にとっても耐えがたい顛末と言えよう。

今回の冤罪事件においては、警察と検察が前川さんの関与を否定する有力証拠を意図的に隠していたことが強く批判されているが、問題はそれだけではない。この事件には「裁判官ガチャ」という深刻な要因もあるからだ。

逮捕当初から前川さんは容疑を全面否認。被告を犯人とする証拠は目撃証言のみだったため、裁判では被告と目撃者のどちらの供述が信用できるかの勝負となった。そして、一審の福井地裁は前川さんを無罪とした。当時の裁判官の一人である林正彦さんは後に「目撃者証言には変遷があり、とても採用できるものではなかった」とマスコミに語っている。

実はこの林さん、俺がかつて合議体を組んだことのある裁判官だった。俺は若くして『要件事実マニュアル』という本をヒットさせたせいで先輩裁判官らに妬まれ、民事裁判官なのに1年間だけ本庁刑事部に飛ばされるという嫌がらせのような人事を受けたことがあるが、そのとき裁判長を務めていたのが林さんだったのだ。とても丁寧に事件処理をする方で、俺が刑事裁判官に抱いていた偏見を消し去るに十分だった。


無罪放免を阻止するという厄介な正義感

だが、当然のことながら、すべての刑事裁判官が彼のような仕事ぶりであるとは限らない。前川さんの裁判では一審の無罪判決は控訴され、名古屋高裁金沢支部でまさかの逆転有罪となった。刑事裁判官の中には、罪を犯した人間を無罪放免にすることを極度に嫌うタイプがいる。何が何でもそれだけは阻止する──それがその裁判官なりの正義感だから実に厄介なのだ。

不運にも前川さんにはシンナー吸引での少年院歴があった。そして、福井女子中学生殺人事件の裁判でもシンナー事件が併合審理されており、これが不利に働いたのだ。

あってはならないことだが、裁判官の中には供述者がどういう人間かを信用性の有力な判断要素にしてしまう者が少なからずいる。供述の中身ではなく、どういう人間が供述したかに重きを置き、前歴があるとそれだけで「そんな人間の供述は信用できない」となってしまうのだ。

しかも、高裁支部は所属裁判官が少ないため、刑事経験がほとんどない民事裁判官が刑事を担当することがある。実際、二審で前川さんを有罪にした3人の裁判官のうち、田中敦裁判官はバリバリの民事裁判官だ。こんな刑事素人裁判官も加わって、林さんらの正しい事実認定をいとも簡単に覆してしまったのだ。

今回、本欄で取り上げた冤罪事件は、「裁判官ガチャ」の怖さを思い知らされるケースと言えよう。
だが、警察や検察批判はあっても、不思議なことに裁判所に対して懐疑的な目が向けられることはそうない。なぜ、裁判官は判断を間違えたのか? 研究者やマスコミには、そんな視点も持ってもらいたい。

<文/岡口基一>

―[その判決に異議あり!]―

【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
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