尹錫悦(ユンソンニョル)前大統領は夫人の収賄疑惑などで支持率が急落するなか、昨年12月に非常戒厳を宣布。今年1月に内乱罪で起訴され、4月4日に弾劾訴追案が可決されて、即日、大統領を罷免された。
その結果、急遽行われた大統領選挙で当選したのが、野党「共に民主党」の李在明氏だ。
少年工から弁護士、そして大統領という苦労人の側面が強調されるが、過去には「日本は敵性国家」など過激な物言いに“韓国のトランプ”とも揶揄されていた李大統領。一体、どんな人物なのか?
韓国出身の作家・シンシアリー氏の新著『韓国リベラルの暴走』(扶桑社刊)から抜粋し、今後の日韓関係の行方を占う。
親北政策が無理なら「日米のためにやるべきことをやらない」も

いまさらな話ではありますが、金大中(キムデジュン)政権のときには、左派側の学者などから「一部の韓国の資産を南北で共同管理するのはどうだろうか」という話まで出ていました。
あのときの「太陽政策(韓国で言う『日差し政策』、北朝鮮への宥和政策の総称)」も、文在寅(ムンジェイン)政権のときの「(仲介役として非核化をけん引する)運転者論」、「朝鮮半島平和プロセス」なども、結局はこれといった成果が出せずに終わりました。
支持率的に安心できるわけでもない李政権が、今、強烈な親北政策を行うとは、ちょっと思えません。ただ、別の方法があります。
「北朝鮮のためになにかやることができない」なら、「日米のためにやるべきことをやらない」という選択があります。
これは、ずいぶん前からブログなどで用いる表現ですが、「状況の一部」としてやるべきことを、あえてしないという作戦です。
2年連続で「中国にシェシェ」
2025年5月12日のことです。当時、大統領選挙に立候補していた李在明氏が、「中国にはシェシェ、日本にはカムサハムニダといえばいい」と話し、韓国では実用外交の事例としてかなり話題になりました。中国、台湾などに関する、いわゆる地政学的な問題についての発言で、シェシェは中国語「謝謝」のことです。日本語表記だと、一般的には「シェイシェイ」になります。
本書では李在明大統領の発言としての意味で主に取り上げているので、韓国語表記に合わせて「シェシェ」にしました。そして、シェシェ発言はこれが初めてではありません。
2024年3月22日にも、当時の総選挙遊説のとき、李在明(当時)共に民主党代表は、「中国の人たちが、韓国が嫌いだと言いながら、韓国製品を買わないという。なんで中国にちょっかいを出すのか。ただ中国にも台湾にも、謝謝(シェシェ)言えばいいじゃないか。両岸問題(※台湾問題)に、ウリ(※私たち)がなぜ介入するというのか。台湾海峡がどうなろうと、台湾、中国の国内問題がどうなろうと、ウリとなんの関係があるというのか。ウリはウリだけで豊かに暮らせばいいだけじゃないか」と話したことがあります。
李代表の発言は、2024年3月26日『聯合(れんごう)ニュース』の「李代表の『両岸問題は私たちと無関係』、中国各メディアが報道」という記事からの直訳です。
一部の専門家と保守系メディアが「台湾海峡は韓国にとってもライフラインだ」と反論しましたが、この発言がこれといって問題になることもなく、共に民主党は総選挙で勝利しました。
ちなみに2022年の韓国海軍の推定結果によれば、台湾海峡での有事の際、韓国は1日に4452億ウォン(約450億円)ずつ衝撃を受ける、とのことです。
ちなみに、李在明大統領(当時候補)は、「日米韓協力も大事だけど、中国、ロシアに背を向ける必要はない」としながら、去年の「中国にも台湾にもシェシェ」発言について、「私はそう言った。なにか少しでも問題があるのか」と話しました。
カムサハムニダは日本人による片言韓国語

カムサハムニダは、「感謝(カムサ)します」の意味で、日本の人たちが使う「片言の韓国語」として有名ですが、日常会話ならともかく、外交領域まで司る大統領候補が言っていいのか、さすがに失礼ではないか、という指摘です。
5月の発言は、同記事から発言部分だけ引用すると、こうしたものです。
「韓米同盟も重要で韓米日の安全保障協力もしなければならないが、だからといって、他の国に背を向ける必要などないではないか」、「国益中心に中国とロシアとの関係もうまく維持しながら、物品も売る。そうすべきではないのか」、「私は(※2024年にも)シェシェすればいいと言った。中国にもシェシェし、台湾にもシェシェして、他の国と仲良くすればいいし、台湾と中国が戦っても、それが私たちとなんの関係があるというのか」、「私が、なにか間違った話でもしたというのか」などです。
カムサハムニダ発言については、李氏はもともと日本大使に対してそう言ったことがあるとしながら、「私が日本大使にも『シェシェ』と言おうと思ったけれど、どういう意味か聞き取れないだろうと思って、『カムサハムニダ』と話した。私がなにを間違えたというのか」と話しました。
なんというか「米国にテンキュ(サンキューの韓国語読み)すればいい」とは言っていないところが、すべてを物語っているとも言えるでしょう。
実用=自分に都合がいい解釈
今の国際情勢において、このような流れが「国内だけ」に限定されるはずはありません。実用と言っていますが、実は在韓米軍が中国を相手することを防ごうとしているだけです。
どういうことかと言うと、「中国関連で在韓米軍を動かしてはいけない」というのは、かなり前から一貫した韓国側の主張でした。
韓国では、「在韓米軍を動かせば、北朝鮮が韓国に攻めてくるかもしれないから、もし他の国でなにかあっても在韓米軍は動かしてはならない」ということになっていました。
これは左派だけでなく、保守陣営でも少なくない人たちが同意しています。特に、台湾問題は韓国では意外なほど注目されていないこともあって、国民的な関心事になっていません。
台湾の有事の際というものを、「他人事」としか見ていません。だから国民世論的にも「在韓米軍は北朝鮮と戦う以外では動いてはいけない」、「在韓米軍は『韓国専守防衛』だけ(韓国だけを守る、先制攻撃などはしてはいけない)」というのが一般的です。
在韓米軍の動きは「中国陣営」次第?
よって、保守側の人たちは、なかなか言いたいことが言えないという事情もあります。表面的には「在韓米軍がいない間に北朝鮮が動いたらどうする」ということになっていますが、今では、中国との関係を意識しての主張になっています。
特に、韓国の経済の中国依存度が強くなった2000年代に入ってからは、この主張はさらに強くなりました。今、米国は在韓米軍の駐屯目的を「多様化」しようとしています。
すなわち、在韓米軍を中国、正確には「中国陣営」に対処するために動かそうとしています。
これもまた、米軍側は前からずっと似たような趣旨の話をしていましたが、2025年5月、在韓米軍司令官がハワイで開かれた米陸軍太平洋地上軍シンポジウム(LANPAC)で、同様の主張をして、韓国で大きな話題になりました。
韓国側に配慮してか、直接的な話ではありませんが、「衛星写真などで見ると、朝鮮半島は中国と日本の間のまるで空母のようだ」と述べたのです。
地上波放送『SBS』はこの発言を、「『台湾で戦争が起これば韓国もきっと(参戦する、在韓米軍が動く)』という意味」としながら、「おそろしい言葉だ」と表現しています。
在韓米軍司令官を無視
また、この件に関係があるのかどうかまではわかりませんが、「中国関連でも在韓米軍を動かすべきだ」という趣旨を話した在韓米軍司令官は、2025年6月4日の李在明大統領の就任式に招待されませんでした。これは、韓国ではものすごく異例なことです。6月5日の『YTN』の「就任式でも異常気流?~」という記事によると、〈……就任式でも韓米関係にいつもと異なることがありました。4日、国会で開かれた就任式に、駐韓アメリカ大使と在韓米軍司令官が参加しなかったのです。
空間問題などで外交使節団を全面的に招待しなかったという説明がありますが、同じ場所で開かれた文元大統領の就任式には、駐韓米軍司令官が出席した前例があります(『YTN』)……〉、とのこと。
米韓同盟を外交の基本にするといつも言っている李大統領ですが、こういうところはむしろ前の左派政権より「わかりやすい」と言えるでしょう。
記事本文にもありますが、文在寅大統領も、在韓米軍側と仲が良かったとはとても言えません。
その前任の朴槿恵大統領が高高度ミサイル「THAAD」の在韓米軍配備を認めたことで、文大統領の就任の際は、国内の世論が「右はTHAAD賛成、左は反対」とハッキリとわかれていた頃です。
それでも、就任式に在韓米軍司令官はちゃんと参席していました。
2年連続で出てきた李大統領(大統領になる前のことですが)のシェシェも、こうした流れを意識したものでしょう。
そう、これが李政権、いや左派政権が言う実用主義であり、同時に日米陣営から離れることこそがバランスだとする(既存のバランスは公正ではないとする)本音でもあります。
〈文/シンシアリー〉
【シンシアリー】
1970年代、韓国生まれ、韓国育ちの生粋の韓国人。歯科医院を休業し、2017年春より日本へ移住。2023年帰化。母から日韓併合時代に学んだ 日本語を教えられ、子供のころから日本の雑誌やアニメで日本語に親しんできた。また、日本の地上波放送のテレビを録画したビデオなどから日本の姿を知り、日本の雑誌や書籍からも、韓国で敵視している日本はどこにも存在しないことを知る。韓国の反日思想への皮肉を綴った「シンシアリーのブログ」は1日10万PV。『韓国人による恥韓論』『韓国人の借金経済』など著書多数