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 国際政治において「狂気」は時に強力な武器となる。トランプ米大統領はその強みを巧みに使いながら、地球規模の盤面で緻密な外交戦略を展開する。
8月、トランプ米大統領とプーチン露大統領の会談は世界に衝撃を与え、プーチン氏に「トランプ大統領の登場でトンネルの先に光が見え始めた」といわしめた。しかし、トランプ米大統領の外交で特に注目すべきは、ロシア・ウクライナ和平に向けた布石として、中央アジアのアゼルバイジャンとアルメニアの仲裁に成功したことだ。憲政史研究家の倉山満氏がトランプの外交戦略の真意と、その背景にある現実主義的な国際政治観を読み解く。(以下、憲政史研究家・倉山満氏による寄稿)
「狂気」は弱点ではない!ロシア・ウクライナ和平交渉に向けたト...の画像はこちら >>

「狂っていると思われること」は弱点ではない

 ドナルド・トランプ米国大統領、とかく評判が悪い。そもそも「頭がおかしい人」と扱われ、世界各国で行っている和平交渉も「ノーベル賞が欲しいだけだろ」と揶揄される。

 確かに、大統領一期目末期に、熱狂的な支持者が国会議事堂に乱入、それを煽動するような言動を行った。確かにトンデモない人物だ。しかし、人間の評価に百点も零点もない。時に大きなマイナスがあったとしても、大きなプラスを否定できることにはならない。

 そもそもの前提である。国際政治において「狂っていると思われること」は、決して弱点ではない。時に強力な武器となる。たとえば金正日である。
アメリカに逆らった数多の独裁者が非業の死を遂げる中、独裁者としてベッドの上で死ねた。「こいつは本当に核兵器を撃つかもしれない」と思わせる一点を武器に。

 ではトランプはどうか。言葉は人を騙す。特に色眼鏡で言葉を読み解く人は、勝手に騙される。しかし、行動は嘘をつかない。本誌7月22日発売号でも詳述したが、イスラエルとイランの十二日間戦争に関するトランプの手腕は見事だった。トランプは「戦争設計」ができる。つまり紛争に関して、最終的な落としどころを決めておいて、慎重かつ計画的に事を運べる。しかも、ああ見えて粘り強い。そして大局観がある。

会う前に布石を打っていたトランプ

 今の世界の注目は、トランプが仲介している、ロシアとウクライナの和平だ。首脳会談が相次いでいるが、トランプはウラジーミル・プーチン露大統領と会う前に、布石を打っている。


 中央アジアの、アゼルバイジャンとアルメニアは、数百年の怨念を抱える仇敵だ。ここに介入した。

 両国は旧ソ連邦の一部だったが、独立国となった今も仲が悪い。お互いの領土内に飛び地を抱えており、特にアゼルバイジャン内のアルメニアの飛び地のナゴルノ・カラバフは常に紛議が絶えない。

 アゼルバイジャンはトルコから見て、唇と歯の関係にある。ロシアとトルコは宿敵。さらにトルコとアルメニアの関係は最悪。畢竟(ひっきょう)、ロシア・アルメニア vs.トルコ・アゼルバイジャンの構図となる。

 ところが近年、劇的な変化が起きていた。

アゼルバイジャンとアルメニアの和平

 NATOの嫌われ者のトルコはロシアに圧迫されていたが、屈服していた。するとアルメニアのNATO寄りの姿勢が鮮明になった。そこでウクライナ紛争を機に、トルコはアゼルバイジャンにナゴルノ・カラバフへ進攻させた。ただし、ロシアの了解の上で。
アルメニアは、なすすべがなかった。ところがロシアがアゼルバイジャンの航空機を誤爆したにもかかわらず、逆切れ。多くのアゼルバイジャン人をスパイ容疑で検束するに至って、関係が悪化。

 この機をとらえて、トランプがアゼルバイジャンとアルメニアに和平を結ばせたのだ。見事と言う他ない。プーチンが親分として対立する子分の双方を見捨てたのだから、トランプが入り込んでも縄張り荒らしと批判される所以は無い。

 ちなみにトランプ、ロシアの影響力が強い西アフリカでも同じようなことをやっているとか。詳しくは、私が理事長兼所長を務める救国シンクタンクでレポートと月報を発行しているので、内藤陽介研究員の分析をご参考に。

最低限の名誉を尊重し、耐えがたい屈辱を与えない

 トランプは、ただプーチンとサシで交渉するのではなく、地球上を盤面に見立てて、布石を打っている。いざとなれば、ロシアの勢力をいくらでも削れると示しつつ、最低限の名誉を尊重し、耐えがたい屈辱を与えない。

 さて、ウクライナ和議である。ウクライナを支援する欧州各国はウラジーミル・ゼレンスキー大統領に対し、「ロシアの侵攻を許すな」「力による現状変更を認めない」と、筋論を押し立てる。要するに、ロシアが奪った領土を認めないとの立場だ。


 それに対してトランプは、現実の力と利害を重視しているようだ。確かに欧州とウクライナの主張に正義があるとして、その正義を実現しようとしたら、今後どれほどの血が流れるのか。

 それに当たり前だが、トランプは米国の国益が第一だ。さっさと中国の台頭に対処したい。だから世界中の紛争を解決しているつもりだ。ウクライナ紛争も然り。

慎重に事を運んでいるトランプの外交

 そもそも、国際社会には、警察も裁判所も、何より政府が無い。紛争が起きたら、主権国家どうしで解決しなければならない。話し合いで解決しなければ、武力で解決する。その時点で占領している土地は、占領している側のモノだ。

 もっとも、本当に占領地を我が物とするには外交交渉が必要で、勝った側が何らかの条件と引き換えに占領地を負けた側に返還した例など、歴史上いくらでもある。

 ただ、今の欧州各国は、現実の力を無視して、正義を押し立てるだけで占領地返還が可能だと考えている節もある。むしろ、正義を押し立てて、ウクライナをロシアへ立ち向かう走狗として駆り立てているのが本音か。


 当事者以外の関係各国の利害も錯綜する。そんな中、トランプは慎重に事を運んでいると言える。

トランプは決められたことだけやる行政ではない

 外交では、一方が百点なら、もう一方の怨念を生む。だから、双方が我慢するのが外交である。よって、外交の本質は、関係者に我慢させる当事者能力が必要である。仮にウクライナが全面占領されなかったのに満足して、ロシア占領地を諦めるのが妥当だとして、それを簡単に認めては収まりがつかない。戦争指導者が国内の跳ねっ返りを抑えられて初めて和平は可能だ。

 そして戦の仲介をするのは、戦と同じ労力がかかる。トランプはゼレンスキーと何度も会って、プーチンに会い、三者会談への地ならしをしている。

 いつまでに、どの順番で、誰に何の話を通さなければならないかを理解し、実行している。

 トランプは自分で決める政治をしている。決められたことだけやる行政ではない。


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【倉山 満】
憲政史研究家 1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本中世史』(扶桑社新書)が発売後即重版に
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