夏山シーズン真っ盛りの今月14日、登山中の20代男性がヒグマに襲われ、その後、遺体で見つかった。その翌日にハンターらが親子グマ3頭を駆除。DNA鑑定の結果、母グマが男性を襲った個体であることが発表されている。
本州でもクマ被害が多発
クマの被害は本州でも……。秋田県では、7月に障害者施設でクマに襲われ意識不明だった入所者の女性が、そのケガが原因で死亡。23日には、東京・奥多摩町のキャンプ場近くで川釣りをしていた50代の男性がクマに襲われ、顔を負傷している。他にも岩手県の中学校では、クマが校舎に侵入。副校長が身をていして生徒を守ったというニュースが報じられた。さらに富山県の北アルプス・薬師岳の山道でもキャンプ場にクマが出没し、お菓子や飲み物などを持ち去ったという。
幸い岩手県と富山県の2つの事例は人的被害が発生しなかったが、クマが人間の生活圏に近づいていることは間違いないだろう。
このように特に今年は全国的にクマの被害が目立つ。実際、環境省のまとめによると、4月から7月末までにクマに襲われて負傷するなどの被害にあった人数は、全国で55人に上っているという。
ネットでも連日、クマの被害に関するニュースは注目を集めているが、目立つのが「(人里に下りてきた)クマは問答無用で駆除されるべきだ」という意見。
クマが市街地に出没するようになった理由
ではなぜ、人間の生活圏にクマが頻繁に出没するようになったのだろうか。「2010年頃までは市街地にクマが出てくることは、稀だったのですが……」
そう話してくれたのは、北海道野生動物研究所の所長であり、農学博士、獣医学修士の門崎允昭氏だ。門崎氏は北海道に生息するヒグマの生態を長年調査。ヒグマの研究をライフワークとする、この道50年以上のキャリアを誇る第一人者である。
門崎氏によると、明治時代から市街地や農地、放牧場などに出てきたクマは害獣として、ほぼ年中、銃で駆除されていた。それ以外にも日本では狩猟としてクマを銃で捕殺してきた歴史があるという。
「2010年頃までは、銃によるクマの捕獲が主流で、強烈な爆発音(銃声)を恐れたクマは、市街地に出てこなかったのです。ところが、その後、檻罠を仕掛けてクマを獲るようになった。その結果、罠にかからなかったクマが人里や市街地に出てくるようになり、今に至っています」
「クマよけスプレー」は意味がない?
門崎氏は「鉄砲だと、人が常にクマを探し回る必要があるが、罠だとそれが必要ない。そのため、銃によるクマの捕獲が減り、結果的にそれがクマ出没の増加につながっている」と推測している。
ただ知床のように、人とクマがうまく共存してきた地域があることも確かだ。行政はクマ対策としてクマよけスプレーを携行し、いざという時は噴射することを推奨している。しかし、その対策は本当に正しいのだろうか。
門崎氏によると「行政が携行を奨励している『クマよけスプレー』は、本気で人を襲ってくるクマには全く無力。クマはガスで吹きつけられても、人を襲い続けます」と断言する。
行政マニュアルへ専門家が痛烈批判

「北海道の担当部署が作成したパンフレットでは、クマの攻撃は30秒から1分で終わるため首の後ろを手で覆い、地面に伏して、頸部や後頭部への致命傷を防ぐという方法を勧めています。しかし、クマに襲われた場合、そんな対応は全く無意味です。北海道(行政)のヒグマに対する知識は素人以下といえます。私が過去に調査した事例を見ると、クマに襲われて生還した人の多くは刃物で反撃するなどしていたことがわかっています」
クマと遭遇しても“生き残るための必須装備”
それらを踏まえたうえで、門崎氏が推奨する必須アイテムが2つある。「ホイッスルとナタです。クマは人と不意に遭遇すると、人を排除する目的で襲ってくる事があります。それを避けるためにも、遠くまで音が鳴り響くホイッスルを吹きながら歩くべき。北海道は熊鈴の携行も推奨していますが、ラジオは風や流水の音が大きいと聞こえないため、適していません。ナタはもちろんクマに反撃するためのものです。クマは少しでも血が出るような傷を負うと、攻撃を止めることがわかっています」
つまり、クマと出くわしたら最後、死んだ振りやスプレーはほとんど意味をなさず、ナタという武器を手に本気で格闘する覚悟を持たないといけないということだろう。
ただ、登山や山菜取りに行ってクマと遭遇するならそれもわかるが、民家や市街地の道路などでクマに出くわすことも珍しくなくなってきている。
有刺鉄線の柵を急いで設置するべき

「クマは有刺鉄線の柵を越えて出てくることはありません。柵の設置は、現在すでに設置されている高速道路の動物侵入防止柵の状況を見れば可能なはずです」と門崎氏は提言する。
クマの出没が増えたのは、ここ数十年の間の気象条件の変化や、自然環境の破壊、観光客による“餌付け”などが要因になっていることは想像に難くない。人とクマを取り巻く環境は大きく変化しており、クマとの付き合い方も再考する時期にきているのは間違いないだろう。
「『この大地は全ての生き物の共有物』という考えから、我々にできることはたくさんある」という門崎氏。「(特に)有刺鉄線の柵の設置は急ぐべき。そうしない限り、クマが市街地に出てくるなどの問題は、今後何十年も続くでしょう」と締めくくった。
日本ではハンターの高齢化と後継者不足により、クマの駆除もそう簡単にできる時代ではなくなっていくだろう。行政には手遅れになる前に必要な対策を講じてもらいたい。
文/中川大河
【中川大河】
競馬歴30年以上の競馬ライター。