信州大学特任教授の山口真由氏は、トム・クルーズ主演の映画『マイノリティ・リポート』(2002年公開)を現実と重ね合わせ、近年のストーカー殺人事件を分析する。(以下、山口氏の寄稿)
犯罪者というマイノリティにも公平さは必要なのか?
『マイノリティ・リポート』という映画をご存じだろうか。近未来を描くこの作品は、犯してもいない犯罪を“予知”し、逮捕するシステムの倫理性への批判にもなっている。8月20日、見知らぬ男性に仕事帰りに後をつけられた女性が、自宅のエレベーター内で刺殺される事件が神戸で起こった。続いて9月1日にも、女性が元交際相手の男性に世田谷区の路上で刺殺された。相次ぐストーカー絡みの刺殺事件に、この映画を思い出したのだ。悲劇を防ぐための方法論は両者で異なる。世田谷の事件は、元交際相手というストーカー事案でもっとも多いパターンである。この手の加害者の大半は、警察が介入して警告や禁止命令を受けた時点で我に返ってやめる。他方、裏切られたと感じて傷害や殺人にエスカレートする場合もある。もし、このごく一部をあらかじめ割り出して警察のリソースを集中できれば、世田谷の事件は防げた公算が高い。
次に神戸の事件は、被害者との間に面識がないという点で、ストーカー事案の中では珍しい。だが谷本将志というこの事件の容疑者は、見知らぬ女性を追いかけまわした前歴が複数あるようだ。
もちろん、GPS監視は万能ではない。小児性犯罪者が学校に近づけばアラートを出す仕組みなどもあるが、好みの女性の後をつける神戸のような事件をどれだけ防げるかには疑問符が付く。だが、谷本容疑者が被害者の勤務先である保険会社の周囲に佇んでいたように、性犯罪者の日常的な行動パターンを解析し、そこから逸脱した不自然な動きを探知できれば、再犯が防げる可能性もあろう。
GPSやAI解析の是非

『マイノリティ・リポート』の答えは「否」だ。加害者とされる側の視点に立てば、そんな制度はとんでもないだろう。事実、主人公を演じるトム・クルーズは、自身が犯罪者として追われる身になって初めて、信頼していたシステムの不完全性に気づく。逆に、そういう経験を持たない多くは、加害者ではなく、被害者側に思いを寄せる。
多数者のコミュニティにとって、犯罪者という少数者を排除する誘因は逆らいがたいものだ。社会が“マイノリティ”にフェアでいられるか──映画のタイトルは、そういう意味でも示唆に富む。
<文/山口真由>
【山口真由】
1983年、北海道生まれ。’06年、大学卒業後に財務省入省。法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。帰国後、東京大学大学院博士課程を修了し、’21年、信州大学特任教授に就任