市井のスーパーでもマグロは鮮魚コーナーの主役とも言えるが、いかにも美味しそうな中トロや大トロは、気軽に買うのを躊躇する価格のこともしばしば。比較的買いやすい赤身などを美味しく食べるコツや、マグロの目利きなどのノウハウを、マグロの扱いに詳しい東京都豊島区の居酒屋「おぐろのまぐろ」店長・志村光太郎さんに尋ねてみた。
意外と目利きしづらいスーパーのマグロ
まずはマグロの定番・赤身の良し悪しについて聞いてみた。志村さんは食べやすさや食感を考慮して「なるべくスジ(繊維質)の薄いものを選ぶという。ほかには、赤身にも脂身が交じることがあり、その割合で赤身の味わいは大きく変わるようだ。「透明なゼリーみたいに透き通った赤身や、ちょっと脂身の混ざった赤身など、『赤身』の中にもいろいろな種類があります。マグロの赤身は胴体の中心にいくほど赤色が増し、脂がなくなってスジも減っていき、特に中心部は『天身(てんみ)』と呼ばれて重宝されていますよ。ただ、逆に脂身の多い中トロ寄りな赤身が好きという人もいますし、そこは個々人の好み次第ですね」
一方、小売店で半解凍のまま切り分けられ、ラッピングされた赤身部分となると、志村さんにとっても質の判断は意外と難しいらしい。
「冷凍後に半解凍でカットされたマグロって、実は冷凍なしの生マグロより発色が強いんですよ。カドも綺麗に立っていて見た目は良いんですけど、色味やスジの入り具合を見定めるのは、実は市場で見るマグロより分かりづらいんです」
こうした解凍マグロは時間が経つと生マグロより早く色が変わり、鮮度や風味も劣化しやすいので、必ずしも色が良い≒良質なマグロという訳ではないのだ。また、天然マグロは脂控えめで赤身全体のバランスが良いのに対し、養殖マグロは運動量が少ないため赤身の脂量が多いという点も、ラベルやシールを見て考慮しておくと良い。
赤い液体「ドリップ」にご用心!
では、スーパーでマグロを選ぶ時の具体的なコツは何か。志村さんに尋ねると、まずは「金額面を考慮しないなら、生の天然本マグロなら間違いは起こりにくい」とのことであった。「他にはメバチ、キハダ、ビンチョウ、メカジキなど(マグロの種類は)ありますけど、僕はメバチをおすすめしています。水っぽくなく、色が濃いものを選ぶとよいですね
他に比較的簡単な見分け方として、刺身や魚肉のパック内に溜まっている赤い液体「ドリップ」がある。これはマグロが時間を置いて丁寧に解凍されていれば少なく、逆に急いで雑に解凍されると出やすい。つまりドリップの有無が、その小売店でマグロがどう扱われているかの指標になるのだ。
「ドリップが発生するのは『浸透圧(濃度が低い塩水と高い塩水を膜で隔てた時、濃度の低い方から高い方へ塩水が移動しようとする圧力)』の問題です。冷凍マグロ(塩分濃度約1%)を流水解凍する時、海水と同濃度の塩水(〃約4%)で行えば、浸透圧のおかげで流水がマグロ側に染み込まなくなります。さらに半解凍状態の身をペーパーにくるんで寝かせば、きれいに全解凍できますね」
反対に、塩分のない真水などで焦って解凍すると、マグロの方が塩分濃度が高くなるため、これも浸透圧の関係でどんどんマグロが吸水してしまう。これがパック後ににじみ出してドリップになる。ドリップは液体として溜まっている場合のほか、身の下に敷かれた吸水パッドや大根のツマを赤く染めていることもあるので、そうした所も要チェックだ。
赤身、トロ以外の部位については…
他部位の見分け方についても志村さんに尋ねると、例えばネギトロは「パッケージ表記をよく見るべき」とのこと。安価なネギトロはトロ味やコクを増すために、植物油などマグロ以外の油脂が添加されていることもあるのだ。「あと『中落ち』をネギトロと混同する人も多いですが、中落ちは骨周りの肉を切り落としたものなので別物ですね。ネギトロはマグロの皮に付いた肉をこそぎ落としたもので、その工程が『ねぎ取る』と呼ばれていたことが名前の由来。
また、「血合い」という安価でボリューミーながら、赤黒い見た目と生臭さのせいで敬遠されがちな部位をご存知だろうか。この血合いについては、少しでも抵抗感なく食べられるものを選ぶなら「他の部位より色味に品質が出やすいので、なるべく色味が良いものを選ぶべき」とのことであった。
「血合いは食感も魚肉と言うより牛や豚など動物の肉に近いので、焼肉屋で見かけるようなレバーの、状態が良好なものをイメージすると良いです。生の状態でプルンとしているものですね」
このほかにマグロの部位があるか質問してみた。実はマグロには『ハツ(心臓)』や『白子(精巣)』など多くのレア部位があるのだが、これらの殆どは漁港水揚げの時点で除去され、豊洲市場や都市部の小売にはめったに回ってこないという。これらを味わうには、漁港へ行って現地消費分に触れるしかない。
赤身は醤油もワサビも「ちょっと」がベスト

「実は割と変わりますね。ワサビの辛味って、食べ物の脂分で中和されて弱まるんですよ。なので中トロや大トロなど脂の多い部位は、そのぶん多めにワサビや塩を付けても辛く感じにくい。逆に脂身控え目な赤身部分なら、ワサビも控え目が良いです」
また、志村さんは醤油の使いすぎや、(やりがちではあるが)小皿の醤油にワサビを溶くのもNGを出している。実は、マグロは身自体に少量の塩分を含んでいる。

刺身用の赤身に使える“意外な調味料”とは?
その他の部位については、どのような食べ方があるのか。「例えば、マグロの頬肉なら繊維質が多く、牛肉に近い食感なので、表面にサッと火を通して、カツオのたたきやローストビーフのようにしてから、ポン酢やネギで食べると良いですよ」
また、先の文でも挙げた血合い部位については、元々のくさみを消すために醤油・生姜・酒などで漬け込んでみよう。そのうえで煮る・焼く・揚げるなどで火を通すと良い。とりわけ血合い部位を使った竜田揚げは非常に味わい濃厚で、「おぐろのまぐろ」でも人気メニューのひとつだ。

また、さほど良い品質でもない赤身は、マヨネーズと合わるのがおすすめ。マヨネーズが脂分を補って口当たりよく食べられるのだという。加熱処理したツナとマヨネーズのコンビはコンビニおにぎりなどで鉄板だが、刺身用マグロでも有効なのだ。
マグロの「コツ」は他にも

ほかにはごま油をあえてユッケのようにしたり、ポキ(マグロなどを油や調味料であえた、ハワイの郷土料理)にしたり、甘辛いタレと合わせてチャンジャ風にしたりと、マグロのアレンジ幅は多種多彩。
最後に、買ったマグロの保存方法を教えてもらおう。生鮮食品なので買ったその日にすぐ消費するのがベストではある。だが、そうもいかない時は、まず「湿度を保つこと」「常温に戻さないこと」が肝心とのことであった。
「加えて、キッチンペーパーなどを使った方が良い。マグロって他のものに接している面の色が変わって、劣化しちゃうんですよ。パックの底やラップ面や、それこそ他のマグロと触れていても劣化する。キッチンペーパーでくるめば、そうした劣化から守れます。再冷凍は、ドリップが二度出て風味が落ちるのでおすすめはできません」
マグロを「普段使いの魚」にしたい

見所は何と言っても、市場から毎日仕入れる新鮮マグロを使った料理の数々である。多くの客が最初に頼む名物「舛盛り本まぐろ(299円)」をはじめ、マグロの刺盛り・ユッケ・角煮・竜田揚げ・レアカツ・つくねなど、メニューは非常に多種多彩!しかもそのどれもがジューシーで美味しく、おまけに他店と比べて大幅安なのだから驚かざるをえない。

「おぐろのまぐろ」創業時から現在の立ち飲み居酒屋へ受け継がれている理念として、志村さんは「気取らずに、日常の一部としてマグロを食べる習慣が広まってほしい」ということを話していた。

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まだまだ続く暑い季節を乗り切るには、美味しく滋養ある料理を食べて気力をアップさせるのも肝心。手軽に購入できて、しかも工夫次第でさらに美味しくできるマグロという食材は、まさにうってつけである。
<取材・文/デヤブロウ>
【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2~3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。