イメージとは違う、氷河期世代の実像
だが、このほど『「就職氷河期世代論」のウソ』を上梓した、雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は、そのイメージに異議を唱える。「確かに、氷河期の就職が非常に大変だったことは、私も当時取材していてよく知っています。でも、巷で言われるような『大半の人が就職できず、その後も非正規を転々』『低収入で年金も少なく、老後は生活保護しかない』といった氷河期世代像は、現実と全然違います」(海老原氏)

・大企業に就職した大卒は、バブル前より氷河期のほうが多い。
・氷河期大卒の無業・フリーターは、大半が35歳頃までに正社員就職している。
・低年金者(月額10万円未満)は、バブル世代より氷河期世代のほうが少ない。
以上はほんの一部だ。
『「就職氷河期世代論」のウソ』刊行にあわせて、著者・海老原氏と有識者3人の鼎談が京都で行われた。その一部をお届けする。
登壇者:
江夏幾多郎氏(神戸大学経済経営研究所 准教授)
山口理一氏(関西学院大学キャリアセンター)
田中美惠氏(神戸大学キャリアセンター)

「世代」で括った支援策はもう必要ない
海老原:政府は、氷河期世代の支援に膨大な予算を使ってるんですよ。2003年から当初10年で5000億円以上、最近だと2020~2023年で計600億円。でも、もう「世代」で括る支援は必要ない。どの世代にもいる、本当に困っている人――心身を病んで就職できない人とか、生活困窮者、女性や非大卒、こういう人たちに税金を使わなきゃいけない。
例えば立憲民主党の吉川沙織議員ね、氷河期のことばっかり話してる人なんです。で、「就職氷河期世代で、偶然に運良く、職に就けて働けている人は……」って、今年3月に発言してるんですよ(参院予算委員会で)。これどう思います?
山口:逆かな、と私は思います。「偶然、運悪く職に就けなかった人」がどれだけいるか、を見たほうがいいかと思います。
海老原:ですよね。じゃあ運悪く新卒で職に就けなかった人はどのぐらいいるか。氷河期が苦しかったのは確かなんですよ。2000年卒と2003年卒は異常なほど厳しくて、大卒の新卒無業・フリーターが14万人以上。とはいえ、この最悪期でも正社員就職した大卒は年30万人以上いるんです。
山口:氷河期の頃に、私は、いわゆるD・Fランクとされる大学で就職支援をした経験があります。有効求人倍率が1を切って本当に最悪の時期でしたけど、それでも多くの学生は正社員で就職できていたんですよね。
氷河期に起きた“1ランク下げドミノ”
海老原:氷河期でも、よく言われるように「大手の採用が全然なかった」なんてことはないですよね。今回の本に載せていますが、最悪期の2000年に大企業が大卒を何人採用したか、『就職四季報』で片っ端から調べたんです。そうしたら、名だたる大企業が数百人単位で採用していて驚きました。業界によって例年の4割減~例年並み、とバラつきはありますけど。山口:超大手企業は、いつだって就職は難しいんです。求人倍率0.4~0.6倍ぐらいの幅で、景気に関係なく厳しい。ですので、景気が悪い時は学生に対して「今でもちゃんと採用はあるから」と言いますし、逆に、景気が良くて就活を舐めてかかる学生が多い時期には「いつでも厳選採用は変わらないよ」と話すようにしています。
海老原:結局、氷河期でも、上位大学は就職先を1~2ランク落としたぐらいの話なんですよ。Sランク大学で、例年ならメガバンクだったのが、氷河期は地銀とか。そうやってランク下げのドミノが起きた結果、D~Fランク大学にしわ寄せがいって、大量の無業・フリーターが出た――というのが僕の実感です。
氷河期世代の大卒は、大半がもう正社員になっている
江夏:ただ、その“しわ寄せがいった”大学の学生も、なかなか中小企業には来てくれないんですよね。氷河期も含めて、大卒は常に求職数より求人数のほうが多くて、中小企業はいつも人手不足を感じている。企業と学生をもっとうまくマッチングして、キャリア初期の無業や非正規の状態を短くする余地はあったと思います。海老原:そうなんです。氷河期で就職できなかった人も、その後、正社員になった人が多い。2000年卒の大卒男女で計算したら、無業・フリーターのうち、約75%が30代前半までに正社員就職してるんです。40歳だと85%になります。それも、男性だとその割合は9割を超えるほどで、もう他世代と何ら変わりありません。
「氷河期世代は、非正規を転々として熟年フリーターが大量にいる」というイメージが煽られすぎですよ。なぜ、運動家の方たちはこのイメージばかり言うんですかね?
江夏:私に運動家の方たちの思惑はわかりませんが。日本の雇用市場は実はけっこう流動的で、昔から転職も多い。学卒の段階でのキャリアが、その後もずっと引きずられるわけではないです。現職への不満を理由にした、年収が下がる転職がそれなりに多いのが、辞める側と辞められる側双方にとっての課題ですが。
非正規問題は、女性と非大卒に行きつく
海老原:なのに「新卒でダメなら、ずっとダメ」だと誤解されている。ほぼ氷河期世代にあたる1971~75年生まれの男女(全学歴)で、40~44歳時点で非正規就労の人って220万人いるんです。「220万人も!やっぱり氷河期世代は悲惨」と早合点されますが、その内訳はどうか?

大半が女性ということについて、田中さん、いかがですか?
田中:女性の働き方の価値観も多様なので、「悲劇的な氷河期世代だから」と一括りにされるのは違うと思います。女性の就労継続について調査をしたことがあるんですが、非正規であることを悲観的に捉えてない方が多かったんです。正社員で縛られて働くよりも、自分で働き方を選んでいると。
その背景には、「結婚して育児をして家庭を守るのが、一番素敵な生き方」みたいな、ずっと刷り込まれてきた価値観があるわけですけれど。
海老原:氷河期世代だと、まだ、“男のために尽くせ”と刷り込まれてきた世代だから、かわいそうですよね。
政府の目線が「大卒男性」に偏っている
田中:ええ。女性が自発的に非正規をやっているからバラ色、というわけではなくて、環境に適応した結果だと思うんです。海老原:そこは、本当に深い闇があると思う。なぜ女性だけが、家事と子育てのために、パートを選ばざるを得ないのか?
非正規問題は、女性と、非大卒の男性がポイントなんです。それなのに、政府の支援策は、「大学を出たのに非正規の男性」を重視して税金をつぎ込む。そこに僕はずっと腹が立っているんです(以下、後編につづく)。
【海老原嗣生(えびはら・つぐお)】
雇用ジャーナリスト。サッチモ代表社員。大正大学表現学部客員教授。1964年東京生まれ。 大手メーカーを経て、リクルートエイブリック(現リクルートエージェント)入社。その後、リクルートワークス研究所にて雑誌「Works」編集長を務め、2008年にHRコンサルティング会社サッチモを立ち上げる。漫画 『エンゼルバンク――ドラゴン桜外伝』の主人公、海老沢康生のモデルでもある。
<文/日刊SPA!編集部>