フワちゃんは永遠に許されないのか――‐。

「いつでもお待ちしております」テロップに視聴者からは拒否反応

なぜフワちゃんはここまで嫌われ続ける?「いつでもお待ちしてい...の画像はこちら >>
 9月3日放送の『人間研究所 ~かわいいホモサピエンス大集合!!~』(日本テレビ)で、元テレビ東京プロデューサーの佐久間宣行氏のアドバイスを受け、伊集院光氏が番組の起爆剤としての「フワちゃん待望論」を提案しました。

 しかし、「フワちゃん、いつでもお待ちしております」とテロップが出たところ、視聴者から厳しい反応が。
“放送事故”、“わざとだろ”、“話題にするのも不愉快”などと、ネット上では批判的なコメントが相次いでいるのです。

 昨年8月にやす子に対するいじめのような発言を自身のX上に投稿したことが発覚し、芸能活動の休止に追い込まれたフワちゃん。最近では親友の指原莉乃などもフワちゃんに言及していることから、復帰に向けた動きが本格化していると思われた矢先でしたが、険しい道のりであることがうかがえます。

 なぜフワちゃんはここまで否定されてしまうのでしょうか? 不倫をしたわけでも違法薬物に手を染めたわけでもないのに、名前が出た瞬間にNOを突きつけられてしまう。

 いまも人々の神経を逆なでする彼女の芸風をおさらいしたいと思います。

フワちゃんは「波乱を起こせる数少ないタレント」だったが…

 フワちゃんといえば、“失礼キャラ”です。たとえば、小柳ルミ子に対して「ルミ子」呼ばわりをして本気の説教を食らうとか、プライベートでも乗務員の指示にしたがわずリクライニングシートを倒したままでいたところ、2人がかりで起こされるという騒動で炎上したとか、エピソードには事欠きません。

 本来であればその時点で干されていてもおかしくなかったわけですが、しかしながらこれが昨今のバラエティ番組の事情においては、レアな才能として輝いてしまった。コンプラ重視で安全運転の番組作りを強いられるなか、波乱を起こせる数少ないタレントこそが、フワちゃんだったのです。

 ただし、その唯一無二の才能は諸刃の剣でした。なぜなら、フワちゃんの失礼は計算された技芸ではなく、素の人格そのものだったからです。そこに、従来の「笑い」とは異なるエグみを感じたので視聴者はモヤモヤとしていたのです。

 “面白いけどこれを放置していていいんだろうか?”とか、“素直に笑えずに少しヒヤッとする”という瞬間が、フワちゃんの出演シーンには多く見受けられました。
失礼をかえりみず、容赦なく人の心に土足でズカズカと踏み込んでいく彼女に、多くの視聴者は無意識のうちに引いていたわけです。

「フワちゃんを見ると気分を害する」等式が視聴者の中で確定した瞬間

 同じ失礼を演じるタレントでも、そこには裏返しの良識を感じる場合がほとんどです。その保証があるから、出演者同士の“ここまでならいいよ”という暗黙の了解が生まれて、無礼な口をきいて笑いを取るというシーンは成立します。

 フワちゃんにはその安心感が全くありませんでした。その代わりにそんな彼女にキレる方が大人げないとか、つまらない奴だというようなルールがいつの間にか出来上がっていた。それがフワちゃんを活かせる唯一の条件だったからです。

 つまり、フワちゃんは治外法権として守られていたのですね。

 しかし、今回の復帰待望論への圧倒的な拒否反応を見ると、それも効力を失ったようです。画面上で失礼なだけならまだしも、SNSという極めてプライベートな空間で決定的な性格の悪さが露呈してしまった。

 “失礼芸”の根拠が性格の悪さだと判明したことのインパクトは甚大でした。それは、フワちゃんを見ること=気分を害する、という等式が視聴者の中で確定した瞬間でもありました。

 となると、問題は許されるかどうかではなくなります。
もはやフワちゃんのイメージは、ちょっとやそっとのことでは覆せないほどに固まってしまったからです。

文/石黒隆之

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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