都内のIT企業に務める神奈川県在住の高島壮介さん(仮名・30代)が最近出くわしてしまったのも、居酒屋でのこうした迷惑客だったそうだ。
行きつけの居酒屋に見慣れない客の姿が
「妻と毎週末のように通っている、近所の行きつけの店での出来事だったので、衝撃的でしたね。その居酒屋は、夫婦である大将と女将さんにくわえ、2人くらいのアルバイトスタッフで回しているような、こぢんまりとしたところ。アットホームな雰囲気がありつつ、全国から選りすぐった地酒があれば、東北出身の大将の地元料理も堪能できる。それでいて良心的な値付けで、本当にいいお店なんですよ」
こんな良店には高島さんのような常連客はもちろん、一見客も多く訪れる。
「なのでいつも『来週もこの時間にお願いします』と予約をとっているんです。この日も自分たち以外の席はすっかり埋まっていて、さすが賑わっているなあと思っていると、2人の子を連れた若い夫妻が目に止まりました」
さわぐ子供を放置して飲み続けていた
高島さん曰く、家庭的でありつつも「大人の憩い場」といったお店らしい。だからか、ファミリー客がいるのは初めてだった。「ヤンキー感があったのでなおさらではありましたが、早めの時間だったこともあって、『息抜きも大事だもんなあ』くらいにしか思っていませんでした。ですが、小一時間ほど経ってからのことでしょうか。ほろ酔い気分も出てきたあたりから、子供たちが駄々をこねているような声が聞こえてきたんです。夫婦は慣れた様子でスマホから動画を流し、子供に手渡すと、我関せずと晩酌を継続していました。スピーカーで音を垂れ流していたのが引っかかりましたが、収集がつかなくなるよりはいいかと、スルーしました」
だが、子供たちの気は移ろいやすいもの。
「2人とも小学校低学年ほどのようでしたから、まだまだ落ち着きがない年頃ですよね。店内をウロつきはじめたかと思えば、次第にエスカレート。かくれんぼだか鬼ごっこだかわかりませんが、店のドアまで開けては外と中を行ったり来たり、走り回るようになってしまいました」
見かねた常連が注意するも、火に油を注いでしまう
この酷暑の夏のことだ。騒々しいだけでなく、熱風が店内を襲うようになる。「クーラーの風が逃げてしまい、店内はムワっと気持ちの悪い温度にもなって……。この期に及んでもなお、ヤンキー夫婦はどこ吹く風。自分たちはお酒を飲んでは大声で盛り上がっていました。注意しろよと思いつつも、酔っ払いのヤンキーを相手にするのは面倒が勝ちますよね。われわれも含め、みんな見て見ぬ振りをしていました。チラチラと『帰れ』の念を込めた視線を浴びせながらも」
図に乗ったか、さらに酔いが回ったか。夫がなにやらスマホを取り出すと、机の上に置いた。スピーカーホンでの通話を夫婦ではじめたのだ。
「大声で話していたので内容は筒抜け。どうも“ツレ”を呼び出すための電話だったようですが……」
ついに一人の常連客の堪忍袋の緒が切れる。
「40代くらいの常連さんが『いい加減にしろ!』と、果敢にもそのヤンキー夫婦の席に行って注意したんです。ほかの客同士はというと、応援の連帯感がにわかに生まれさえしていました。けれど、ある意味さすがはヤンキーです。そんな空気はものともせず、夫のほうが『金を払ってんだから、テメエに言われる筋合いはねえだろ!』と、今にも手が出そうな勢いで怒鳴り返しました。慌てて女将さんとバイトが止めに入りましたが、むしろ怒りをヒートアップさせてしまったんです」
その場を収めた常連男性の意外な正体
ついに殴り合いか――。高島さんがそう思った矢先、店主が客席に来てピシャリ。「日頃は職人肌かつ穏やかな、物静かな方なんです。そんな店主が、『食事代はいらないので、出て行ってください。金輪際、出禁です』と、一喝。荒らげた声を聞いたのは5年以上通ってこの日が最初で最後ですが、かなり迫力があって、外野の私のほうが縮こまるほどでした。
なのに……“伊達じゃない”ヤンキー夫妻は、『今からツレも来んだからな! “お客様”に向かって舐めた口きいたことを後悔させてやるよ』と、さらに激昂。
結論からいうと、その考えは「正解」だった。
「カウンターでいつもしっぽり嗜まれている、素敵な70代後半くらいの常連さんがいるのですが、その人がやおらに立ち上がったんです。いつ拳が飛んでくるかわからないなか無謀だと止めようかと思ったところ、『俺は元警察官だが、現職に連絡してこの場で連行してもらうか、今すぐお金を払って自ら帰るか。ただちに選びなさい!』と言ったのです。
虫も殺さぬような好々爺然としたイメージだったので、店主と同じく想定外のドスにびっくりしつつ……効果はてきめんでした。なにか後ろめたいことがほかにもあるんでしょうね。“警察”の語が出た途端、手のひらを返したように謝罪をし、お金もきっちり払って、逃げるようにして帰っていきました」
子連れでなくとも迷惑客だった…その姿を反面教師に
現在、高島さん夫妻は妊活に励んでいる真っ最中でもあるらしい。そのため、同族になってしまわぬようにと、身が引き締まる思いをしたとも。「彼らは子連れでなくとも迷惑客でしたけどね。ただ、大人だけで行動するのと子供がいるときとでは勝手が違ってくることに対し、意識的にならないといけないんだなと、妻と話しました。大人だけでの息抜きと、子供も含めた家族団欒とでは、たとえいずれも外食だとしても、店選びの基準が変わるよねということをあらためて。子供といつか行きたい店を探しつつも、今のうちに夫婦で大人ならではのお店に行こうねとも盛り上がりました。
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結局ノロケか(!)というのは冗談で、「子連れ様」の言葉を挟んで対立が生まれているのが現代日本だ。
高島さんのような鷹揚さこそが、少子化対策の観点からも求められるものなのかもしれない。
<TEXT/高橋マナブ>
【高橋マナブ】
1979年生まれ。雑誌編集者→IT企業でニュースサイトの立ち上げ→民放テレビ局で番組制作と様々なエンタメ業界を渡り歩く。その後、フリーとなりエンタメ関連の記事執筆、映像編集など行っている