藤島光一さん(仮名・30代)は、立ち食いそば店で迷惑客に遭遇した経験がある。
「ネギ多め、ツユ熱めで」という注文に対して…
ある日、藤島さんは通勤中、駅構内の立ち食いそばに入店した。天ぷらそばを注文して待っていると、50代ぐらいの男性が入ってきたという。「券売機で買った食券を店員に渡すときに、『ネギ多め、ツユ熱めで』と言ったんです。まるでラーメン二郎の“コール”のように。『そんなサービスあるの?』と思いましたね。私は立ち食いそばが好きでよく利用しますが、『ツユ熱め』という注文は聞いたことがありませんでした」
藤島さんによると、店員は毅然とした口調で対応したそうだ。
「店員はややぶっきらぼうに、『うちは駅そばなのでツユの温度調整はやっていません。どこの駅そばでもそういうサービスはないと思いますよ。とにかくできません』と返したんです。私は、こういうやりとりも駅そばらしいなと思って見ていました」
「ネギ多めに金を取るなんて前代未聞」と騒ぎだす
ところが男は突然声を荒らげ、怒鳴り始めた。「『なんでできないんだ! 他の店ではやってもらえた、おかしいだろ』と叫んでいました。店員も『嫌なら返金しますよ。そもそも寸胴鍋で一定の温度を保っているツユを、個別に温め直せと言うんですか?』と毅然とした対応をしていて、さすがだなと思いましたね」
男性はイライラしながらも、空腹には抗えなかった様子。
「意外にも、『じゃあもう普通でいいよ』と、すんなり引き下がりました。この険悪な状況でよくそばを食べる気になるなと、笑ってしまいました」
ようやくそばが提供されると、今度は「ネギ多め」をめぐってトラブルが起きた。丼を受け取った男に対し、店員が「ネギ多めは追加で20円になります」と伝えたのだ。すると男は再び激怒した。
「『そんなことどこに書いてあるんだ! 俺は何度もここに来ているが、ネギ多めはサービスの一環だったはずだ。金を取るなんて浅ましい』といったことを盛んに主張していました。『ネギ多めに金を取るなんて前代未聞だ、それなら最初から言えよ』とも。『ネギ多め』はたまに注文している人を見かけますけど、それは店の善意ですよね。私からすれば、男のほうがよほど浅ましいというか、がめつい印象を受けました」
ついに店主の堪忍袋が切れる
怒る男性に対し、店員は冷静に返した。「『ネギ増し20円の食券、見ませんでした?』と言うんです。私も最初は気づきませんでしたが、あとで見たらたしかに券売機にボタンがありました。以前は無料対応していた時期もあったようですが……。男は『ネギを抜く人もいるし、そんなに高いものでもないだろ。
男性は最後まで納得せず、追加料金を払う様子もなかった。藤島さんによれば、その間に食券を手にした客が列を作り始め、店内の空気は険悪になっていたという。
やり取りが長引いた末、ついに店主の怒りが爆発した。
「『払えないなら帰ってください。他のお客さんも待っています。文句があるなら本社にでもクレームを入れてください。とにかくネギ多めもツユ熱めも、うちはやっていません』とバッサリ斬ったんです。少し強い言葉でしたけど、相手が相手ですから当然だと思いました」
駅そばに細かいこだわりを持ち込むべきではない
結局、男性はどうしたのだろうか。「舌打ちをして『そんなこともできない店に用はない』とつぶやきながら、返金だけはちゃっかり受け取って店を出ていきました。どうしてそこまでネギ多めとツユ熱めにこだわるのか、理解できません(笑)。ある意味、忘れられない体験でした。店員には災難そのものだったでしょうけど」
藤島さんは騒動をこう振り返る。
「駅そばに細かいこだわりを持ち込むべきではないと思います。店によってはネギ入れ放題のところもありますが、基本的にネギの量は店が決めるもの。食材はタダではないし、物価は上がっていて経営も苦しいはずです。個人的には『ネギ多め』という注文は、善意を当然のように要求している感じがして好きになれません。店にとっては迷惑でしかないと思います」
駅そばは飲食店のなかでも公共性が特に高い場所であり、利用客は改札を通過するかのように短時間で入れ替わっていく。
そうした空間で自分の要求を大声で押し通さんと時間と席を“占有”する人物は、周囲にとっても店舗にとっても、招かれざる存在でしかない。
<TEXT/佐藤俊治>
【佐藤俊治】
複数媒体で執筆中のサラリーマンライター。ファミレスでも美味しい鰻を出すライターを目指している。得意分野は社会、スポーツ、将棋など