ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
犬も歩けば酒が進む【中目黒駅・大衆割烹 藤八(居酒屋)】vol.19
犬が放し飼いになっている居酒屋があるという。それは犬カフェの飲酒可能版ということだろうか。いろいろと、大丈夫だろうか。不安にもなるが、犬が好きなので、ふらりと向かってみる。
中目黒駅から歩いてすぐのところにある、とても綺麗なカフェの横の入り口から階段を上り、扉を開ける。「大衆割烹 藤八」。今回の目当ての店である。
月曜の16時。オープンと同時に入店したので、一番客である。
店員さんが厨房から出てきたので、一人です、と告げる。やはり、犬はいない。欠勤だろうか。そういう寂しい感じだろうか。
もう一度見回してみる。すると、視界の隅に、黒い何かが映った。厨房の入り口から、それが迫ってくる。グングン近づく。でかい。
おいで、おいで。おお、おお、よしよし。
軽く手を差し伸べると、頭を撫でさせてくれる。触れてみると、ますます大きい。
昔、実家で飼っていた犬はパピヨンという小型の犬種だった。とても細く、小柄な犬だった。死んでから10年以上たつが、「犬」といえばその大きさを思い浮かべるので、黒のシェパードは、私の中の犬という概念から外れて、大きな獣である。迫力が違う。
飽きるまで撫で回してやろうかと思ったが、こちらがそうするより早く、シェパードはくるりと方向転換して、任務を終えたように厨房の入り口に戻っていってしまう。
木製の椅子に座って、壁に貼られたメニューを見る。品数が、とにかく多い。腸詰めや冷やしトマトなどと、ハイボールを頼んだ。
他の客もやってくる。座敷席側が禁煙エリアらしく、そちらに通されている。私は自分が喫煙エリアにいることに気づく。仕切りはない。ゆるい分煙である。
黒いシェパードが、座敷まで上がっていく。
今度の客は、シェパードに手を差し伸べない。シェパードは一定の距離を取ったまま近づかず、任務を終えた顔で厨房に戻る。距離感を間違えない犬である。
また、客が来た。
すると、今度は速やかに、犬が歩み寄った。
少し様子がおかしい。撫でられている時間も、とても長い。気持ちよさそうにしている。さらに、そのまま客を、席まで案内しているように見える。
私と、扱いがまるで違う。
憤りそうになるが、お客はその犬のことを「こたまる」と、確かに呼んだ。
ふと、自分の座る椅子の脚を眺める。ボロボロに削れていて、先が細くなっている。
後から店員さんが教えてくれたが、こたまるは2代目の看板犬らしい。先代か、こたまる、どちらかが小さかった頃に噛んだ傷痕だろう。それすらも愛しい。
カウンター席と対面するように造られた厨房を見る。ニョキッと、こたまるが顔を出した。厨房の中にまで潜入できる犬である。その縦横無尽っぷりに笑ってしまう。いつまでもいられる気がしてくる。
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>
―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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